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鶏肉も卵も大好きなので。

まずはこんな記事を読んだってところから。

現代ビジネスWEB
日本で「ニワトリ」はこんな風に殺されている…知られざる現実
日本人だけが知らない「食用卵」のアブない実態

ニュースソースが「真実である」と仮定したうえでの感じたことは、

これ程までとは。以前、外国産の鶏肉をスーパーで買ったら水っぽいような味気なさを感じたこと、そして病気発生のニュースを見たりしてから、なんとなく(いや真剣に)国産を選んでた。けど、これ読んだらそれにすら手がのびなくなりそうだ。

私が自分の小さな庭と呼ぶ花壇であったとしても家庭菜園をやろうと思った理由に「どうやって成長した物か分かると安心だから」ってことがある。この鶏肉や鶏卵は自分の環境では出来ないわけだし、スーパーに行けば当たり前に提供されている畜産のことは、豚や牛を含めて知ろうともしなかった。豚や牛は個体が大きいし酪農王国の十勝なので少なからず環境と見たことがあると思う。だけどニワトリの飼育状況を見たことがあるのは祖母の家でだけ。

私が小学生のころ十勝の山沿いの田舎町で兼業農家をしていた祖母の家に、私が小学生の低学年くらいまではそれほど大きくはない鶏舎があった。記憶が定かじゃないけれど、たぶん2段の2列くらいで3~40羽居たかいないか。隣の家が1kmとか離れているような過疎地だったので商店も離れたところに一軒。裕福な家でもなかっただろうしおそらく自宅消費だけではなく商店に卸すくらいはやっていたかもしれない。

祖母の家に泊まったら朝の卵かけごはんがとても楽しみで、朝食を食べる前に祖母に「卵採ってきて」と言われたことが何度かある。背丈の小さな子供にとって朝陽に鶏の羽ばたきで舞ったホコリが霞んでる鶏舎は不気味でもあったのでいつも姉か母か誰かについて行ってもらっていた。

ただ、ホコリは舞っていてもこのWEBのような劣悪な環境では決してなかった。確かにそれほど一羽あたりの場所が広いわけでもない。でも羽をばたつかせることはできる。一羽ごとに産んだ卵がカシャンと金網に降りていく。私はそこで祖母や祖父、時には親から、「産んだものをいただく」という気持ちを教わって必要な分だけ藤篭に入れて母屋に戻った。

現代になって生活を振り返ると卵は昔から価格が変わらず、我が家も母から卵はスーパーが安売りをする土日に買うということをなんとなく身につけていて、10個パックが税抜きで100円前後でばかり買っている。一人暮らしになって卵の消費ペースが落ちるとなかなか土日にちょうど無くなるわけでもなく、「普通の値段」の時に買うこともしばしば増えてきた。そうは言っても1パック160円となると高いから我慢しようかな、と思ってしまう現状。

記事を読んで、安いことだけを追い求めていくと必ずこうした物事が起きているということを想像しなきゃいけないと思った。鶏肉に関していえば、むかし美味しくなかったブラジルを避けて買う「国産」として売られている(北海道で言うなら「伊達鶏」とか)どういう飼育環境なのか知りたくなった。

卵だってそうだ。ただネットで調べてみると「平飼い」と称していてもケージに入れてないだけで劣悪な環境で飼育している場合もあるようだった。もはや何を信じていいのか。私が生まれる前の田舎のように庭先で自分たちが食べる分だけの鶏を飼うしかないのか。病気になったら治療をしてペットのように飼って自分の家庭菜園のように「どうやってできたものか」わかるようにするしかないのか?(;´・ω・)とりあえず現状では無理な話なのでやっぱりプロが提供してくれるものを買うわけで、いつか見学してみたいなぁと思った。

そして何よりやっぱり「ありがたく頂く」心も忘れちゃいけないな、と思った。自分で採りに行った「おばあちゃんちの鳥小屋」のように。

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風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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