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ウズベキスタン旅行記(2日目ブハラに到着)

ようやく砂漠を脱したようで、時々路傍ですいかや瓜が売られているのを見かけた。
ブハラの街に入ってきたのは17時を回っていた。朝9時にヒバを出発したので約8時間、半日かかって移動したことになる。

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ブハラという街はその昔は州都のような場所だったらしい。現在は何個目かの地方都市という位置付け。それでも大都市だった。
街を走ると病院、銀行、ショッピングモールなどどれもかなり巨大な建物を建築中。どうやら景気は上向きのようで、多分数年後には大きく変貌を遂げているんじゃないかな。

あるマンション建設予定地には古い小さなアパートがまだ住む人がいる状態でフェンスで囲まれていた。数年前の北京に行った時も胡同が同じような状況にあったのを見た。
"古き良き"というものが無くなって近代的なマンションが乱立して最後はみんな同じような都市になっていくんだなぁ😅

そして17時過ぎに夕食をとるということで中心部の駐車場に車を止めて「Chayxana Chinar(チャイハナ・チナル)」に移動した。するとこの後は18時からで準備中です、と店員に言われる。ガイドちゃんのいわゆる不手際だとこの時は思った。開店時間くらい確認してよーとか。(帰国してからお店のことを調べていたら営業時間は11時から23時で毎時訪問者がいるようだった。なんで断られたのー?今も疑問…。)
ガイドちゃんは少しオタついて考えたうえで「先にホテルに行きます」ということに。お腹すいていたので残念。また歩いて駐車場まで戻った。

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食べる気満々で玄関の写真を撮った(笑)

母も半日のドライブ、後部座席に揺られてへとへとになっていたので杖をついて歩くのもしんどそうだった。ホテルに行くなら頑張るわーと言いながら歩く。

さて、予定(スケジュールに記載された)していたホテルに到着。「Orient Star Varaxsha(オリエントスター・ブハラ)」だった。玄関先の駐車場からしてすでに立派なホテルで安堵した。昨夜は伝統優先で寒かったしなぁ。
さて、チェックイン。フロント前にはイタリア人のような団体が一足先についたばかりのようだった。私たちも同じくガイドちゃんのチェックイン作業を待ち、いつ言われてもいいようにパスポートを用意して待っていた。

でも待てど暮らせど来ない。すごく待たされてる。

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ここにきてトラブル。
なんとホテルが予約されてない😱てか、ダブルブッキングだったらしくホテル側の問題だとガイドちゃんは説明する。オタオタする彼女はホテルを悪く言うばかり。でも私たちにそれは関係ないわけで、どうするの?と聞くと困った顔で会社に電話。
いや、ここはパパッとトラブル対処してくれた方が客は安心するんだけどなぁと少しの不信感が芽生える。ってか、もうたった2日間で芽生える瞬間は多々あったのでちょっとイラつく(;'∀')

で、どうするのかと思ったら「買い物したいですよね?」と言いながら車を走らせる。ああ、確かにこのホテルの横にはショッピングセンターがくっついていたので、駐車場に入ったときに「どこかスーパーで買い物したいなーと思ってるんだ」とは言っていたけど。そしたらね、連れていかれたのが一軒のお酒屋さん。「ん??なんで?」もはや疑問の嵐。

どうやらブハラに住むドライバーさんが地元で安くお酒を買えるところに連れてきてくれたらしい。うーん、頼んでないんだけどなぁ。でも仕方ないし(悪いので)車を降りてチラ見することに。予想通り、店に入ると店主とドライバーさんが挨拶をしてお喋り。知り合いのお店かよー。

ここで、1本7000スムの缶ビールを3本買って、2本を父のお土産にすることにした。まぁこれはこれでいいか、と。1本はドライバーさんにあげた。「400kmもの運転をねぎらう」という意味があった。今夜はブハラでご家族が待つ家に帰るわけだし。そしたらなんかお礼を言いつつもモジモジしている。ガイドのマーちゃんが彼が何か言うのを通訳してくれた。「お酒飲めないから別のものに変えてもいいですか?」と。

これには言葉もなかった。「失礼しました」という感じ(笑)結局、彼は酒屋にダッシュして同じ価格帯のエナジードリンクのようなものに変えてきた。うーん、うーん・・・。

次のトラブルは食事場所だった。
彼女は食事しましょうという。「会社にホテルを調べてもらってる間に」という言葉が抜けているので「ホテルはどうするの?」という気持ちが残る。ここから以降、旅行中に巻き起こる不信感の嵐はこの一言の説明が足りなくて、客側が「たぶんこうなんだろうな」と想像して行動して、挙句イライラして質問しても「大丈夫大丈夫」と笑うだけ、という対応に起因する。

とりあえずこの2日目の時はまだ2日目だしって気持ちもあって黙っていた。
オマケにこの夕食、着いたのは「なぜか」さっきとは違う店だったし…。

Chinor Kafe(チノール・カフェ)



よりによって二階の席だという。旅行を予約した時からホテルの部屋もすべて1階に手配してくださいと指定したのは母の足が悪いから。それを知っててこの急階段の店。もうウズベキスタン料理にこだわらなくてもいいから平屋の店はないもんなのかしら。母に大丈夫…?と聞くと当然「頑張るよ、仕方ないから」と答える。一階にも客席があるのになんでー?なんか疲れてるせいかなー、イラつくわー…。

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食事は相変わらずの内容。2日目にして同じような内容に飽きてきてるのかも(笑)
食事中も特にホテルの説明は無くて、レストランを出てから「別のホテルにします。いいですか?」といい車に乗った。いいかと聞かれても見ないとわかんないんですけどー(;'∀')

その後ブハラの中心部に行った。駐車場に車を止めて5分くらい歩く。ここは単純に平地を移動するわけではなくて、公園内に車が入れないからホテルの前に車を付けられず、挙句に公園内は階段の上り下りを何度となく繰り返す構造。ドライバーさんが荷物を持ってくれてるとはいえ、母の表情を見るととても辛そうで頑張ってとしか言えない。

ようやくついたのが「Hotel Sultan(ホテル・スルタン)」
ブハラ中心部の池がある大きな公園のわきにある一見大きなホテル。
部屋を見せてもらった。もう言葉がない。これ、もしもオリエントスターに一旦行ってあのホテルのロビーを見てなかったら我慢するかもしれない。でも、古い。古すぎる。

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格段にレベルダウン。高いお金出して旅行にきてこのレベル?と思ってついにクレームを言った。彼女の対応できる内容ではなかったようで、会社の社長に電話するので変わってほしいとのことだった。電話口の社長は男性で流ちょうな日本語がまるで日本人と喋っているようだった。

私の気持ちは理解してもらったようだった。ただ、ブハラは古い町なので最初の予約を失敗したオリエントスターのような欧米タイプの立派なホテルが他に無いのだという。「ただ、最近オープンしたばかりのホテルがあります。わが社のいつも予約するリストに無いところなので行ってみないとわかりません。行って部屋を見ていただけますか」という。

いやもう気持ちと状況をわかっていただければいいし、ブハラの環境もわかりましたのでと伝えて電話を切った。いやー、私がいらつくのはその間のガイドちゃんよ。ドライバーさんと笑ってしゃべってる。オーイ、スマホ返すけど?って感じ(苦笑)

そしてなんとか見つけたホテルへと向かう。もうヘトヘトなんすけどー。まずは一階の部屋を見せてもらうと水道の調子が悪い。新築なのに(;'∀')あとは二階の部屋しかないというので、見に行った。大丈夫そうだ。しゃーないもうここでいい。食事は地階だそうで、たくさんの階段があるって事を脚の悪い母に諦めてもらってここにすることに決めた。

それにしてもツアーに乗っていながらこういう「ホテルが無い」なんてトラブルは、私は今回34回目の海外旅行で初めての経験。ニコニコ笑って仕方ないと頷く日本人はこの際「おいといて」(笑)しっかり意見を伝えて、のむとこは飲んで、ちゃんと解決したら明日からはまた楽しく旅を続ける、それしかないんだよねぇ。

でも正直、母も私も疲れまくった夜にこんなホテル難民になってブチ切れそうだったわ😅😅

EDEM PLAZA
Ulitsa Mustakillik 2, ブハラ ウズベキスタン


びっくりするくらい広い3ベッドルーム。でもバスルームは小さい。無駄な広さに見えてくる(笑)

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もうもう疲れた。心も体も休めなくては。母はシャワーを浴びたけど私はパス。とにかく眠りたい。
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Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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