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ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドへ電車移動)

4日目の今日はブハラからサマルカンドに移動。早朝2時に目覚めてしまった。3時まで寝ていても間に合ったらしいけどもそもそと支度し始めた。

ブハラ郊外の鉄道駅から4:55発。まだ月も星も出ている。フリースを着ていても寒い。

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列車は旅行前にネットで調べていたものと同じだった。チケットはエコノミーの指定席。定刻に出発した。むむむ。進行方向に逆向きの座席だ。日本の特急をイメージして向きを回せないか試してみた。近くに座ったおにいさんが「これは変えられないよ」と教えてくれる。どうやら車両半分半分で向かい合わせなのは固定のようだった。残念💧乗り物に弱いので、北海道でも移動は絶対に自分が運転する自動車なワタシ。どうか酔いませんように。シートは硬いけどそれなりに設備は整っている。

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出発前にホテルで貰ったランチボックスをいただく。
ぜいたくは言えないけど・・・もちろん全部冷たくてパンも硬くてほとんど食べられなかった😅

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モニターに移動経路の表示もあった。↑
眠ってしまった。乗務員に声をかけられた。切符を返してくれていた。あれ?どこで渡したっけ…?

6:27 サマルカンド着。朝焼けがきれいなホームが印象的。今日も暑くなるのかな。

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サマルカンド駅。

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ドライバーさんはウズベク人のおじいちゃん。なんとなく頼りない。けど私はもう鍛えられた。この第一印象が外れることなくこのサマルカンドでまたトラブルが起きたのはこのおじいちゃんが原因となるのを、この時の私はまだ知らない( ´艸`)

さて出発。サマルカンドには路面電車が走ってるようだ。


それにしても寒い。砂漠気候とでもいおうか、朝晩はとても冷えて日中暑い。街路樹は紅葉しかけているけど、日中はまだ秋という感じではないかも。私が北海道人だからかな?

6:40頃にホテルに到着。

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ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

到着したホテルの外観はネットで調べていた通りだったので到着したことはすぐにわかったんだ。ガイドちゃんが「チェックインしてきまーす」と車を降りていったきりなかなか戻ってこない。挙句にホテルの従業員らしい人が首をかしげながらうろついている。
「また予約されてないなんてことないよね」と車内で母と話す。「やめてよー、冗談にもならない」とか喋っていると戻ってきた。「確認してます。」とガイドちゃん。

少し待ったあと「どうぞー。あー良かった。」と降車を促すので二人で車を降りた。降りてみてやっと気づいた。私は片側しか見てなかったんにだけど、道路を挟んだ反対側に「B棟」があるじゃないの。まるで鏡に映したように同じデザインだった。で、ガイドちゃんが入って行ったA棟には予約が無くて、確認したらB棟で受けていた、とまぁそういう顛末だったらしい。(;´∀`)ハァ・・・


コンパクトなホテルだった。ロビーも何もかもこじんまりと。
でもアットホームな雰囲気はよかった。

とりあえず早朝到着なので荷物を預かってもらい観光に出るまではホテルの朝食コーナーを利用しても良いということだった。フロントのわきにあるかごの中には宿泊者専用のWi-fiのパスワードを書いた小さな紙がたくさん入っていたので、私の分と母の分をもらった。

ガイドちゃんがフロントでいろいろやってる間に、私と母はレストランの向かい合わせになるようにテーブルに座った。てっきり二人だと思っていたから。

私が飲み物を取りに行ってる間にガイドちゃんが私が座るはずだった席に座っている。もう食傷気味になってるガイドちゃんに「またここに居るの?ロビーで待てば?」と秘かに思ってしまった。心が狭いと思われるだろう。そう、もうこの旅行で私は終わりに向けてどんどん心が狭くなっていくのだよ(笑)

戻った私に母が「これくださいって言ったからあげたからね」という。何かと思えばさっきフロントで母の分もと思って持ってきたWi-Fiのパスワードよ。ガイドちゃんはここに泊まらないから本来なら使えないので客からもらってフリーWi-Fiを利用するというわけ。いやいや、まてまて。じゃ、私がまたもうひとつパスワードもらってこなきゃなんないんじゃん。客にそれさせるわけー?とどんどん心が荒んでいく(笑)

彼女はそんな私のモヤモヤも知らず、そのままそこに座って自分のSNSをUPしてる。そして「コレコレ、見てください」とポーズをとった自分の写真を見せてくる。友達じゃねーんだよぉぉぉ

もうブチ切れていいですか_| ̄|○

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ホテルの中庭。素敵です。
ってか、こんな写真でも撮って自分を癒してみますww

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光1)

サマルカンド観光に出発。

まずはグーリ・アミール廟(Go'r Amir Maqbarasi)へ。




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門の彫刻がとっても美しかった。

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朝から母の足の調子が悪くて母はここのベンチで待っていて、私はガイドちゃんと二人で中を見学に行った。

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霊廟なので棺がいくつか置いてある。ここで少し説明を受けていると、対面のベンチに座った男性がコーランを暗唱し始めた。みんな黙ってお祈りに参加。私もガイドちゃんに言われて真似た。郷に入ればかもしれないけど信仰していない人間が真似るってのちょっと抵抗があった。ただ黙って騒がずにいればよくないんだろうか、こういう時。



↑ちょっと長いけど雰囲気は伝わるかな?
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ここの建築物は美しい細工が多かった。ヒバ、ブハラから見ると装飾が多いような気がする。

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移動して次に向かったのはウルグ・ベク天文台(Ulugʻbek rasadxonasi)。


まずは観光の前にガイドちゃんおすすめのパン売りのおばさんのところに行った。サマルカンドのパンは「大きくて有名なんですよ」とのこと。

行ってみると確かに大きい。下の写真左側のボタンのような形のが、いわゆるサマルカンドならではのものらしい。けど、ガイドちゃんはその右側のパンをすすめてる。確かにいいにおいがするし見るからにおいしそう!ひとつだけ買って分けて食べてみた。

できたてをくるんで持ってきてるようで、とっても温かい。パイのようなデニッシュのようなクロワッサンのような…。そうだな、クロワッサンみたい、というのが一番近いかもしれない。塩味もありつつ小麦粉の甘さもある。

ひとつ7,000スム(約80円くらい)

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団体ツアーの人も集合時間に余裕があったら見てみたらどうでしょう。おすすめです。
(荷物にはなりますが)


さて、食べきれないパンを持ったまま天文台観光へ。
Wikipediaによれば↓
ウルグ・ベク天文台 (英語: Ulugh Beg Observatory) はウズベキスタンのサマルカンドにある天文台である。ウルグ・ベク天文台はティムール朝の君主であり、天文学者でもあったウルグ・ベクにより1420年代に建設され、中世イスラム世界において有数の天文台とされている[1]。ウルグ・ベク天文台にはジャムシード・カーシーやアリー・クシュズィー(英語版)、そしてウルグ・ベク本人といった、中世イスラム世界の有名な天文学者が多数勤務していた。ウルグ・ベク天文台はウルグ・ベクの死後1449年に大部分が破壊され、約450年後の1908年に地下部分が発見されることとなった。

ということで、地下部分と道具のいくつかと功績を展示している。
入り口は公園らしく階段がひろーく続いている。もちろん母はグロッキー。

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こちらは博物館。
建物自体は1970年と新しい。それでもやっぱりこのデザインにするんだね。

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説明は読んで理解できないのは英語すら理解できないからだろうけど(;´∀`)でも天文学ってのがそもそもあまり理解できないワタシ。

ただ、とにかくウルグ・ベクという人(同時代に共同研究した天文学者たち)の功績がものすごいということは分かった。近年利用されているデータの基になっているらしい。1年が何時間とかだって。

博物館を出て向かい側にある天文台地下部分の破壊されずに残った部分を見学。
こういう設備を使って天体観測していたんだって。

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館内はとても狭くて観光客がたくさんいたのでちょっと押し合いへし合い写真を撮った。
人ごみにうんざりして外に出た。公園はきれいに整備されていて薔薇が咲いてたりベンチがあったりでまだ気温も上がってないし気持ちよかった。
んで、パンの残りをつまんでベンチで少し休む。

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ここは中心部からかなり離れた場所にある。レギスタン広場から直線距離でも2kmで、車だと5kmくらいある。ツアーでもないと行くの大変かも。

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光2)

天文台の次はシャーヒ・ズィンダ廟群(Shohizinda)。


でもね、ここは私だけが入り口からの見学。
なぜならば…山寺のような階段があって、母は遠景を見ただけで「私は無理」という。私も正直言って登りたくなくてゴメンナサイした。でもせめて入り口からだけでも見ようかということで。

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気が萎えるでしょ。これ( ´艸`)
これが見えるとこ以上に続いてるんだって。何しろお墓""だからね。

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ここからは少し渋滞しつつグルグル走ったようだった。
次についたのはシヨブ・バザール(Siyob Bazaar)


車を入れたのはビビハニムモスク裏手にある駐車場。

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私たちが見学したのは、市場の一番南側の建物を西から東に抜けただけ。
だけどとっても広くて北側の建物などを全部見たらものすごく時間がかかりそう。

どこの国に行っても市場に連れて行ってもらう。マルシェ、バザール、メルカートなど呼び名はいろいろあるけれど、たとえ生鮮食料品は買えなくてもなんだかとってもワクワクするもんだ。

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父から頼まれていた物があった。それはレーズン。ウズベキスタンはレーズンが有名なんだって。旅の初めからガイドちゃんにお願いしていたら「レーズンはサマルカンドが一大生産地なのでそこに行ってからにしましょう」と言っていた。

野菜やお米、スパイスと分類わけされた売り場を過ぎたらやっとその「乾物系」がきた。どこの店も価格は大して変わらなかった。この店で買ったのはおばちゃんが呼び込みしてくれたから( ´艸`)

レーズンとアーモンドを買った。私はレーズンが苦手なので買わずに見ていたらアーモンドの試食をくれて食べてみるとカリカリでめっちゃ美味しい!そして殻付き。殻付きのアーモンドなんて初めてだったので、めずらしいなーと友達にお土産にすることにした。
全部で何キロ買ったのかなぁ。ここでも当然日本円もクレジットカードも使えない。35ドルも買ってしまった(笑)安くもないような…?

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上の写真はの黄色いのは砂糖の塊だそうだ。キャンディ売り場に売られていた。
で、出口(といっても入ってきたのが裏手なので正面近く)に近くなってくるとお菓子売り場だった。ヌガーみたいなものやなんだかわかんないけどモフモフした甘いものなどがあって試食させてもらった。そのなかで写真は撮らなかったけど、ヒマワリの種を香ばしくしたものにカラメルのように物でコーティングして固めたお菓子を買った。食べたらおいしいと感じたんだけど、後から思えば日本にも似たようなお菓子があるなー。カラメルナッツのような雷おこしみたいな?それが8粒くらい入って8,000スム。まぁ、これもあまり安くはないかも。

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市場は基本的に安いと思っているんだけど、わりと「土産物系」は高いように感じた。
さぁ、市場を見終わった。なかなか疲れた。それにまだ観光があるというのにキロ単位の買い物をしてしまったのがこの後なかなか負荷になった( ノД`)シクシク…

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見学を30分で終えて正門に出た。
次の観光地はすぐ隣のビビハニム・モスク。
ハイ、またモスクですけど、なにか(笑)

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光3)

バザールの正門からすぐのところにあるビビハニム・モスク(Bibi-Khanum Mosque)まで歩く。



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まさかこんなにすぐにあるとは。
観光客もたくさんいた。

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また、モスクかぁ、と思ってしまった。このモスクはもともとは1400年くらいに建て始められたものではあるんだけど、地震で崩れたり廃墟になってしまったりと廃れていたものを近代になって再建されたものだというし。現状ドームの上に草が生えていたりとあまり注力されてるような気もしない。

いや、こう考えると京都の清水寺とか建立後の「維持」のされ方はちゃんとしているんだなぁと思える。タイルと同じく瓦とかだって放っておけば草だって生えてくるはずだもんなー。

モスク前では土笛や飾り皿を売っていた。

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入国するのにビザが不要になってからまだ日は浅くて、ウズベキスタンはまだ観光国としては駆け出しなわけだけども、もっとモスク以外にもウリがあるんじゃないかなぁ、とか思った。ツアー中観光時間はほぼモスクで自由時間もなかったので、何があるかはわかんないけど(;´∀`)エヘヘ

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そのくらい「再建されたのが近代」のモスクが多くてそれらはきれいで当たり前だったりして、もっとこう「古いのに保存状態がいい」とか「古いまま」とかでもいいような気さえしてくる。

さて、ここはわりとサックリと観て終わった。短い時間とはいえ、朝からの移動でそろそろ足も疲れてきたのと、私の場合ちょっとお腹が痛くなってきていてトイレに行きたくなっていた。

バザールとモスクの間にカートの乗り場があったことに気づいてた。なんとなく「これがあるってことは歩くとこなのかな」と想像もしていた。でもガイドちゃんはビビハニムモスクを出ても「乗りますか?」と聞いてくれる様子はない。「ということは近いんだろうな」と考えた。

ビビハニムモスクあたりからまっすぐに道路が延びている。「向こうです」と促されて歩き始める。数メートル歩く間にもカートが行ったり来たり。これ以上歩いてくとカート乗り場から遠ざかってしまう、と思ってついに聞いてしまった。「近いの?大丈夫かな。カートに乗るほどじゃなくて?みんな乗ってるようだけど?」と。

ガイドちゃんはここまっすぐですぐですよ。というのでそのままついていった。ここでどのくらいか教えてくれたらアルク城の時のように乗ったのに…。

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15分くらい歩いたころ。私のお腹はほんと怪しくなってきた。トイレに行きたいというと「そこに銀行があるので行きましょう」という。スタートのモスクから500mくらい。たった500mと思われるかもしれないけど、杖をついた母とトイレに行きたい私にとっては暑いしギリギリだったので、喜んで銀行の中へ。

しかーし、警備員にガイドちゃんが話して入ったのは、銀行の中ではなくて別棟のトイレだった。「どうぞ」といわれてドアを開けて驚愕。今の日本には見ることはできなくなったボットントイレ。そして色、臭い、すべてが許容範囲外。開けて瞬間悩んで、でもとてもじゃないけど無理だったので「ごめんね、無理だわ」と断ってしまった。

トイレには入りたいし、探してくれたガイドちゃんに悪いし、だけど…と気持ちがグルグルでいい気持ではなかった(;´∀`) 「この後どうするの?」と聞くと「レギスタン広場の観光がある」という。後で調べたんだけど、ここからあと300mも頑張れば広場の端っこに着いたらしかった。だけどこの時は耐えられなくて母とこっそり話して決めた。

「レギスタン広場は夜も行くでしょ?」「ならさ、お昼ご飯にしよう。夜のライトアップの時に案内してもらえばいいよ」「今レストランに行ったらトイレも行けるしすべてOKなんだよね」

伝えるとガイドちゃんは少し不満げだった。会社に決められたスケジュールを変えられるのは困るってことだったのかもしれない。せいぜい「あそこなんですよ」と広場の端だという方向を指さした。ラスベガスでもそうだけどいろんなものが大きすぎると距離感はおかしくなる(笑) その極みがモスクからここまでの距離だった。この700mの距離はカートに乗りたかったよー( ;∀;)

ドライバーさんを呼んでくれない?どこにいるの?というと駐車場があるからそこに行きますといって向かった。わりと近いところに駐車場があった。もう足がいたーい。おなかもいたーい。


ところがよ。ここからが事件だった。ガイドちゃんが電話してもドライバーさんがつかまらない。10分の待っても電話が通じないという。そのうちに、ガイドちゃんが駐車場にたまっていた複数のドラバーたちとに話し始めた。何をしゃべってるのかわかんないけど談笑している場合じゃないことはわかるだろうに。…イライラしてきた。彼女に言った。「あのさ、こうして10分も暑い中にいるのも疲れるし、ドライバーさんが電話に出ないなら仕方ないからタクシーでレストランに行こうよ。ドライバーさんには連絡し続けて連絡ついたらレストランに迎えに来てもらわない?」

そういうと「そうですね。そうしますか。じゃあタクシー探さないと」とまた男性たちの中に戻る。二人にされた私と母がキョロキョロしている間にも数台のタクシーが流しているのが見えた。なにやってんの?なんであそこに戻るの?なんで笑ってしゃべってんの?

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彼女が戻ってきた。「今、喋っていたうちの一人が乗せていってくれるらしいです」
数分待ってて来た車は普通のセダンだった。タクシーじゃないの?どーゆーこと?もう疑問の嵐。促されて車に乗った。ガイドちゃんが乗れというなら大丈夫なんだろう、と。車に乗り込むと音楽を大きな音量でかけて助手席に乗り込んだガイドちゃんとドライバーが笑ってしゃべる。もう説明が足りなさすぎることにイライラマックスな私。イライラを抑えつつ知り合いなのかと聞くと、「びっくりなんですけど、偶然同郷だったんです。年も近くて」みたいなことを言う。大きな音楽の中で若い二人のドライブデートにつきあってるみたいな状況(笑)

町の中だと聞かされていたレストランになかなか着かない。どんどん車は郊外に走る。「どこいくの?レストランじゃないの?」と聞くと「このドライバーさんに聞いたら予定していた店より美味しいお店を知ってるからと言うので」という。
帰国後なんとかGPS値から調べてみた。店は「Nomdor choyxona」。乗ったところから3kmくらいだった。とっても長く感じたけど。


結局ガイドちゃんはこのドライバーに丸め込まれたわけだ。案の定ドライバーは店の人と握手して喋って帰っていった。ドライバーはこの店の知り合いで「客を運んできた」んだ。私たちを下ろしたら行ってしまった。

いろんなモヤモヤを抱えながらもとりあえずトイレに行くことに。それが肝心。店の人が外を指し出ると離れたところに扉があって、開けると…絶句。さっきの銀行の方がまだマシだった。鼻につく臭いと見た目に茶色い状態。潔癖なわけではないけどどうもこうもないくらい。ガイドちゃんが「どうです?」と聞く。「・・・マーちゃん、悪いけどまじで無理。これはもう…」というと母と二人で私が見ている光景をのぞきこんで、そして理解したようだった。

我慢の限界す。いろんなことに。

だめだ、こりゃ。マーちゃんはガイド初心者と思うしかない。だけど自分と母の旅行をちゃんと満足いく終わらせ方をしたい。と思って気合い入れてマーちゃんに話し始めた。

もともと会社で予定していたレストランがある中心部に戻る努力をすること。その間にもドライバーさんに連絡を取り続けて食後ピックアップしてもらうこと。これを実行して、と。

彼女は「すみません。わかりました」と店の人にタクシーを呼べないか聞きはじめた。店には悪いけどトイレがあーならもはやここで食べる義理が無かった。一刻も早くきれいなトイレに入りたい。

サマルカンド空港と中心部を結ぶ幹線沿いではあるものの流してる車なんてない。なかなかタクシーはいない。ふと見ると食事中の客にタクシーがいた。その人に頼めるかもってことになったころにドライバーさんに電話がつながったので待つことになった。

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彼が来るまでの間にガイドちゃんとサシで話した。

まず説明が足りないこと。客が忖度したり想像したりする前に現状と相談と報告があったほうが良い。私たちは旅の始まりからずっとそれを感じていて、いつも「たぶんマーちゃんはこういう方向で考えてるんだろうね」と想像して行動していた。今まで30回以上海外に行っていて、こんな旅行は初めてだった。これから日本人観光客はますます増える。その過渡期においてこれから旅行業に就きたいと考えるならもっと考え直さないといけないだろうと。マーちゃんは人間としては悪くない。明るいし、フットワークは軽いし。ウズベキスタン人が日本人と違う。それを踏まえたうえでもビジネスとして捉えたら足りなさすぎる。

もはや私は怒ってはいなかった。この子はいい子だけど仕事として考えたらクレームだらけだ。けど、我慢して日本に帰国してから「過ぎたこと」として代理店にクレームを入れるのは違うと思った。現地の問題は現地で解決しないと、現状がわからない日本の代理店から「よろしくない現地オペレーター」というレッテルを貼られる方がよっぽど良くないと思う。現地でしっかりクレームするところをして改善してもらえば日本帰って言うことはないし、実際今回私は帰国してから日本の代理店にこの件に関するクレームはしなかった。ざっと対応してもらったことは伝えたけれど。

彼女はちゃんと聞いていた「風」だった( ´艸`) 若いから「この客サイアク」と思って聞いていたかもしれないけど、それでもちゃんと聞くだけ聞いていたのでもう良しとすることにした。

ダラダラとした結論・判断待ちってのが私はキライなのだ。真剣に考えて出す答えなら待つけど、今回のようにどーしましょーとダラダラするのが嫌(笑) たぶんせっかちと思われただろうなぁ・・・(;´∀`)

ともあれ、待ちに待っていたらドライバーさんが登場した。車に乗り込むと母が置いておいたカーディガンが足元に落ちて、それに泥がついていた。母の顔が歪むのを感じた。ガイドちゃんは車の中で彼に怒ったらしい。ウズベク語が分からないワタシでも、ドライバーさんが「イイワケ」しているのが分かった。ベラベラと喋るドライバーさんに私は日本語で言った。「イイワケなんてどうでもいいけど、母のカーディガンが汚れて落ちていたんだけど」と強めに言った。ようやくドラバーさんが黙った。たぶん「客が怒ってる」ことは伝わったようだった。

その後は助手席のガイドちゃんと何か会話していた。もう私も言うことはなかったので黙って乗っていた。なんか気分が良くないもんだな。ウズベキスタンの民族性が私なりにわかった気がした。けっこう「緩い」のかもしれないな。

なんだかトイレが私の中から遠ざかっていたんだけど、とある場所でトイレに行かせてくれた。それはあの石段にビビッて入らなかったシャーヒ・ズィンダ廟群の駐車場わきにあるトイレだった。
ここもチップが必要なんだけど、なんでかガイドちゃんが払ってくれた。とてもキレイなトイレでほっと一息つくことができた。ようやくお昼ご飯のレストランへ向かう。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドの昼食・夕食)

あまりいい気分ではないままにレギスタン広場近くのレストランに到着。
でも!サマルカンド名物の「プロフ」を食べるのだし、気を取り直していこう( ´艸`)

Labi G'or


ここは大観光地でもあるレギスタン広場の目の前。
観光客が絶対に入る店だろうなぁ。私はガイドちゃんに連れて行ってもらったわけだから価格とかわかんないけど、次に自分で行くかと聞かれたら…無いかも(笑)

何しろプロフの油がたまってる。ダジャレをいうなら「たまったもんじゃない」というくらいの炒めた後の鍋底をさらえたのか?というくらいの油。たぶん、帰国後も数日間にわたって起きた下痢に至るまでの腸の不調は、ここに端を発してると思う(;´∀`)絶対。

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味はスパイスが効いていて、なんとなくカレー風味で肉から出ただしも聞いてるし塩気もきつくないから味としては「美味しい」だけど、それを凌駕する油。まったくと言っていいほど箸が進まない。私は旅が始まるまえに見た「世界ふしぎ発見!」の中のプロフはこんな感じじゃなかった…。でもあれだってもしかしたら油まみれだったのかもしれない。やっぱり実際に食べてみないことにはわかんないもんだなぁ。

13時半、食事を終えて駐車場へ。ドライバーさんがダッシュボードからチョコレートを出してきて渡してくれた。ガイドちゃんが「お詫びだそうです」という。ああ、さっきのお詫びかー。気にして買ってきてくれたことにお礼を言って車に乗り込みホテルに向かった。

朝荷物を預かってもらっていたホテルについてようやく部屋に入った。
ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

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13:50頃から部屋でやっくり休む。
スムがいくら残ってるかとかお金のこともね( ´艸`)

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17:30ころに夕食を食べるためにホテルを出発。
2-3分で着いたのは、Restaurant "KARIMBEK"。


ここでの夕食はまぁ…カオスだった(笑)
というのも、地元の方の結婚パーティーがあったらしく、それもお客さんはほぼ女性。どういうことなんだろう。貸し切りの会場の片隅に座らせてもらっているような気分( ´艸`)

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頼まれたジュースは紙パックから直接つがれる。その場で開けているから「変な物じゃありませんよ」的なアピールなのか?
ティアラをした女性がたぶん主役。すごく綺麗。ウズベキスタンの人たちはガイドちゃんのようなモンゴル系の顔もいるし、ロシア人系のタイプもいるし、この主役の女性のように黒髪だけど目鼻立ちもすっきりとした「超絶美人」も多い。

このパーティのゲストたち女性もいろいろに着飾っていて、子供たちもドレスを着てる。爆音がかかればダンス。まっっっっったく落ち着かない。けどまぁ、昼間にちょっと気まずくなったガイドちゃんとシーンとして過ごすのもアレなのでちょうどよかったのかも。

夕食はまたガイドちゃんが適当に注文してくれたんだけど・・・もはやウズベキスタン料理(なのかわかんないけど)に飽き飽きしてしまっててあまり進まなかった(-_-;)

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なんだか落ち着かない夕食で時間も持て余した感じになってしまったけど、地元のパーティを見られたのはよかったのかもしれないね。約1時間後の18:30頃店を後にした。

次はサマルカンド最後の観光レギスタン広場だ。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンド夜の観光)

このウズベキスタンで一番見てみたかったものかもしれなかったのが、サマルカンドのレギスタン広場のライトアップだった。入国してガイドちゃんに会ってすぐにこれだけは見たいと伝えてあった。なので、あの昼食前のゴタゴタの時も「夜見られるからいいや」と思っていたのだ。

レストランからはすぐに到着した。
広場正面の向かい側にある駐車場に車を止めて、レギスタン通りを渡って広場へ。道路は片側2車線だけど、路側帯がけっこう広いので3車線くらいある。けっこうな交通量。歩行者用の信号機がある。

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到着するとすぐに全体が見晴らせる。バッと目に飛び込んできた風景は感動的。
なだらかに階段状になっているので、そこここに座って眺めている人たちもいる。

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切符買ってきます、とガイドちゃんが走って行ったので私と母はしばし二人で眺めていた。ここまではチケットが要るような感じでもない。そのチケットは建物に近づくために必要らしい。ちゃんと柵で区切られていて、警備員が各所に立っていた。

レギスタン広野のこの3つの建物は別の時代に建てられて、そろってこの景色になったのは17世紀のことなんだって。右のが左のを模しているから一対のように美しいんだね。

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はぁぁぁ、感動的。近づいてもそう思う。ほんとに美しい。

↓ウルグベク神学校 Ulugh Beg Madrasah
1400年代に建てられたもの。
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眺めながら奥の建物Tillya-Kori Madrasahへ。日本語のカタカナ表現では読み方、発音でいろいろとあって、「ティラカリ」とか「ティリャー・コリー」とか。こちらも神学校。
中庭があって、とある入り口からモスクを案内された。

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一歩入って「疲れたから休んでる」と中庭のベンチに座っていた母を呼んだ。「ちょっと、これは見ないとだわ!」( ´艸`) もうビックリだよ。キンピカ。

ライトアップのせいもあるけれど、これは金箔を使って装飾されてるんだって。
↓iphoneのパノラマを縦で撮ってみた。

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しばらくただただ眺めてしまった。吸い込まれそうな景色。
1600年代に建てられたもの。

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出口から広場を眺めたら、欧米人がしゃがみこんで写真を撮っていた。同じ方向を見てみたらこんな風景で、美しかったので私も真似しちゃって( ´艸`)
シェルドルマドラサ。1600年代に向かい側のウルグ・ベクマドラサを模してデザインで造られた。

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この画像だけはクリックしたら大きくなります。

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画像を大きくしたところで感動は伝わらないけど少しでもなんとか伝えたい(笑)

もう見終わって大満足。もうウズベキスタンは満足です、というくらいここに来られて嬉しかった。
さて、明日も早い。予定では5時の列車。そう思っていたら、ガイドちゃんが1時間半遅い列車にしましたという。なんでも時間が余りそうな予感なんだそうな。
ゆっくり休めるから何にも異論はない(笑)

19:45にホテルに戻り、明日の準備をして就寝。なんだかお腹がぐずぐずだなぁ。

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kaduriye

Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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