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ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの朝)

朝の4時半くらいからおなかが痛くて目覚める。それほどひどくはないけどちょっと緩んでる。
5時半にシャワーを浴びる。母も目覚めてた。「昨日はちょっときつかったねー」「今日からまた楽しもう」的な会話。気を取り直すしかない(笑)

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7時半になり朝食に降りる。やっぱり母にはきつい階段…。今日はここにもう一泊。でも明日の朝食はお弁当なので、地階まで降りることはもう無いので頑張るしかないや。かわいそう…。

それでも朝食は品揃えよくて満足いくものだった。

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コーヒーや紅茶もそろっていた。それにしてもお客さんが少ない。私たち以外には一組だけ。しーんとして私たちの声と食器の音しかしない(笑)

そう思っていたら、そのうち若い従業員がきて足りない料理の追加などしていて、彼は自分のスマホを店のスピーカーにつないだ。ここ以降は逆に音楽が大音量(;'∀') 彼は好きでもない曲になるとスマホをいじってスキップする。お客さんもいないし好き放題(笑)

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下の写真は2階のロビー。
一階はわりとシンプルだったけど、ここはなかなかのデコラティブな空間(;'∀')

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10時になり観光に出発するために1階に降りる。フロント横には冷蔵庫があってビールなどが入っていた。フロントでお金払って買うのかなぁ?

今日も良い天気。昨夜は夜についたのでわかんなかったけど、大きな通りの向かい側は2階建ての建物が長くつながっていて、一階はすべていろんな店舗が入っているようだった。たくさんお店はあるようだけど、お客さんでにぎわっているよう風では無いかも。

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さて、お腹が緩いのを心配しながらブハラ観光に出発。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光1)

まずはホテルから車で10分くらいのSamonids Recreation Parkへ。なんて読むのかな。「サーモニーズリクリエーション公園」とでもいうのかな?


駐車場から入ると小さな遊園地があって、土曜日だけど遊んでる家族連れはいなかった。ふと目に留まった「アイツ」(笑)まるで某大国のパクリキャラのようなのがお出迎えしていたよ。

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小さな駄菓子屋さんのようなので子供が買っていた。よくある遊園地の構図。
そのまま少し進むと目指すものが見えてきた。

イスマーイール・サーマーニー廟(Ismoil Somoniy maqbarasi)

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ここにはたくさんの観光客がいた。
ガイドちゃんは「最古のモスク」と言っていたけど、正確には「中央アジアでは最古のイスラム建築」ってことらしい。それにしてもとても良い保存状態。

なんでも、発掘されるまでは砂に埋まっていたおかげで、それまでのモンゴルが襲来してきたときなども見つかることが無かったんだって。もちろん修復はされた結果だけども。

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石で造られた外側からも、私は今まで見たモスクの類の中では初めて見たような石の組み方。タイルによる装飾などは何一つなくてもとても美しい。9世紀ごろ建てられたのだから驚き。

中も美しかった。なんだか見上げれば宇宙を感じさせるような。

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土台の部分はしっかり残っていたというけれど、このハニカムの石畳みは修復で造られたものなんだろうか?これも「安定感」みたいなものがあって美しい。

次に向かったのはBolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)。


ボロハウズと書かれているものもあるけど、まぁ発音の違いだろうねぇ。
そこにはとっても美しい状態の建物があった。ハーンと称される王族専用のモスクとか。
ウズベキスタンにきて「モスク」の印象が変わる。今までの海外で目にした建物のような玉ねぎのような屋根のドームが見えなくて、どれも「四角い」「木造」だったりする。

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20本の柱もとっても美しいし、天井の細工も色とりどり。

中に入ることにができた。お祈り時間と重ならなかったからか、入り口のじゅうたんで靴を脱いではだしになって入ると外とはまた雰囲気の違う女性っぽい美しさのモスクがあった。

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上の写真は縦にパノラマで撮ってみた。
で、下のは入る限りの画角で。色も違えばまるで印象が違うね。

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やっぱりここも修復されたものなんだろうけど、タイルの抜けはけっこうあった。

さて、モスクを出ると目の前には池がある。ガイドちゃんの話では、昔はここで子供たちも泳いだという。でも今は見る限り泳ぐ気には絶対ならないくらい水が濁ってる。

日本でならたぶん真っ先に柵を作るだろうけど(笑)近くに行ったらおっこちそうだ。

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ゆっくりとモスク見学を終えて、次に向かうアルク城はここから目と鼻の先なので歩いていくという。しっかしその足元は工事中でひどかった(;'∀')今後整備されたらどんなにか歩きやすいだろうか、というくらいガタガタ半端なし。杖をつく母にはかなりキツイ路面だった。

スニーカーだけど、黒い靴だった私にとってもここの砂埃には閉口。

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ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光2)

ブハラ観光、続いてはアルク城。


Bolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)から歩いて5分ほど。整備されて普通に歩けたら3分程度かな?横断歩道を渡りアルク城の正門に到着。
ちなみに、横断歩道にはちゃんと信号がついていて青になって渡りさえすれば何にも怖いことなかった。勝手なイメージで信号なんて有ってないようなものかと。そういう国はたくさんあるので(笑)

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正門を入るまでも坂だけど、この写真で見る程度でまだ緩い。
でも、チケットを買って入ってからも坂で、これがかなり急こう配。おそらく昔の人々も荷車を押したりして通っただろうけどなかなかキツかった。これには母も脚の痛みに顔を曇らせる。

城内には土産物店もあった。買い物する気は無し。
日差しの暑さと坂だ階段だで私の足もくたびれてきた。まだ午前中だというのに(;'∀')

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アルク城の城壁全体をグーグルで見るとけっこう広いんだけど、観光客に公開されているのはほんの一部分で、それも再建されてものが博物館となって公開されているので、はっきり言ってあまり見るところはない。

それでも階段や坂とある程度の広さはあるので母は「ここで待ってるから観てきて」ってことになり、私は一人ガイドちゃんに案内してもらうことに。私も足痛かったけど(;'∀')

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ブハラの街を一望できたり、城壁の上から正門前のレギスタン広場を見下ろしたり、暑いわーといいつつもなんとか頑張った(笑)

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私たちを待って日陰にいる母を激写( ´艸`)

さて、アルク城の見学を終えた私たちはレギスタン広場からカラーンモスクまで行く。疲れている私たちに「ここから5分歩きますが大丈夫ですか?」とガイドちゃんが言う。いや、大丈夫も何も歩かなきゃならないんでしょう?「車は来ないんだ?」と聞くと来ないという。

5分なら頑張るかと思ったそこにカートが何台か並んでいて、観光客を乗せている。どうやらカラーンモスクまでピストン輸送しているようだった。もちろん有料。

母も辛そうだけど私もへとへと。ガイドちゃんに乗りたいと伝える。有料でもいいから交渉してくださいとお願いする。3人で9,000スムだった。3人で100円程度なら「絶対に乗る!」(笑)

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後で測ってみたら650mの距離だった。いやー、この二人じゃ5分で着くわけないわ。ってか、Googleでも9分って出てるじゃん。カートに乗ってでさえ3分くらいかかったんだもん。乗って正解。助かったーっ。

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ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光3)

アルク城に続いては、カラーン・モスク Kalan Mosque(Poi Kalyan) 。


カートから降り立ったその場所に、それはそれは大きな建物が二つ。そして真ん中にミナレットがひとつ。向かって左側は現在も神学校として使われている建物。そして右がカラーン・モスク。

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それにしてもパノラマで撮ってもやっぱり迫力は伝わらないなぁー。

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広場で説明を受けていた時、2歳くらいの子供が突然近寄ってきて、ひとしきり私たちの周りをウロチョロ。母の杖がどうにも気になったようでつかんで離さず、近くにいた私のお尻にあったかい顔をムギューっと体当たりしてくる。

一緒にいたパパも笑いながら眺めてて、「さすがにそろそろやめようね」って感じに手をつなごうとする。それをふりはらう、の繰り返し(笑)しばしほのぼのタイムだった( ´艸`)

さて、中を見学。
タイル装飾が美しい。

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中には「中庭」(笑)これまたドーンと広い。

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やっぱり青いタイルが目を引く。

↓暑さと歩き疲れた母をまた置いて私とガイドちゃんで奥まで。
戻ったらスマホで写真撮ってた(笑)

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次は広場を渡り、向かい側の美しい神学校へ。
現在も現役の学校として機能しているので網越しでのぞくだけ。

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そういえば、ここで現地の男性と写真を撮った。家族で観光に来ていた現地人のようで、ガイドちゃんに話しかけてきた。「写真を撮ってほしいそうです」とガイドちゃん。いいよ、カメラ貸してと言ったら「いえ一緒に」という。「・・・え?私と?」

わけが分からない(笑)ガイドちゃんによるとウズベキスタンの人は「外国人」が珍しいので一緒に撮りたいんだそうだ。そんなことある?断る理由もないので撮ったけどさ(笑)けど、パリのジプシーの子供たちがスリだったりするので、海外で近づいてくる人にはわりと「警戒心」でかかってるのよ。一緒に写真撮るなんてなんか裏があるんじゃなかろうかと思ってしまうし、隣に来たら思わずバッグを逆サイドに持ってしまうという猜疑心の塊( ´艸`)

結局にっこり笑って写真におさまったわけだけどもw

そんなこんなで母と合流しここの観光も終わり、「お昼にしませんか」という。けど店は決まっていないようだった。なんだか嫌な予感。歩き疲れているし暑すぎるし本来ならもっと早く一服したかった。

ガイドちゃんが「この先にあるらしいです。どうですか」というので「行ってみて決めよう」と提案。んで行ってみたらちゃんとはしていたんだけど、やっぱり1階席が無い。母はもう辛い状態なのでできれば2階は厳しい。それでも「ほかに食べるところが無いんです」というので、うそでしょーと思いながらも仕方なく2階へ。

Chasmai-Mirob Restaurant



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店内がひどく暑い。南向きなので日当たりがいい上に風通しがよくなくて、エアコンが設置されていてもOFF。ガイドちゃんが店の人が来るのを待ってる風なので、私も母も少し苛立ってしまった。ちゃっちゃとエアコンのこと聞いてきてほしい…。こんな暑い中では食事ものどを通らないじゃん。

ようやく店の人が来たので話してみるとエアコンは効かないらしい。で、3階のテラス席なら風が吹いていると。見ると螺旋階段の上にテラスがあるようだ。でもどう考えても母にはこれ以上無理。それはガイドちゃんにもわかるだろうと思っていたけど「上の席がどうですか?」というばかり。

もうパリンッと何かが割れた(笑)「だめだ、このガイドちゃんでは時間が無駄に過ぎるだけで疲れる一方だ。こんだけ判断力がないなら団体ツアーじゃないんだし、こっちから意見しよう。」と決めた。大学生のアルバイトとはいえ将来は観光業に就きたいと言っていた。けど…海外旅行でこんな判断と決断ができないガイドさんは初めて会った。

「この店はやめよう。観光地なんだし別の食事できる店が無いわけないでしょ。もういいよ、次行こう。出ましょ」と彼女を促し店を後にした。

決してこの店が悪いわけではない。私たちの旅には合わなかっただけ。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光4)

次の観光はこの周辺だというので、店を出てからは観光しながら入れそうな店を探しつつ歩くことを提案した。母もその方がいいということで納得して出発。

店から150mくらいのところにあるToqi Zargaronを歩いて抜ける。
ちなみに、すでにピラウのお店などキョロキョロしたら食事の店やカフェが目に入る。
なんでさっきここしかないって言ったんだろう?少しまた不信感(笑)
旅行会社が提携している店じゃないとダメってことでもない様子だったのに。
まぁいいや、とりあえずスルーして歩く(;´∀`)

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昔からある市場だそうで今はお土産店がずらり。

バザールを抜けたところにあった刃物屋さんに入ってみた。
ガイドブックで見ていた「コウノトリのハサミ」を見つけたので買った♪

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店員さんがいろんなサイズを見せてくれたり、薄いステンレスのような金属板を切ったりして説明していた。私も切らせてもらった。すっごくよく切れる。だけどわりと高いので大きいのはやめて、小さい糸切鋏くらいのものに決めた。
15ドルと言われたんだけど、なんとか少しだけ値切って13ドルにしてもらった。
名前を入れてくれるというのでメモに書いて彫ってもらった。
自分土産にいいもの買えてよかったなー。としばし足が痛いのも忘れる( ´艸`)

店を出てすぐに横にMadrasa Mirzo UlughbegというモスクとAbdulaziz Khan Madrassahという神学校があった。「見るべき」なのはわかっていたけれど、同じ感じのモスクと神学校だったので、正面からの外観だけで勘弁してもらって…。

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その広場にカフェを見つけた。もう完全に食事もできるカフェじゃん。
ここでも良い?とガイドちゃんに聞いてOKだったので入ることにした。平屋だし日影もあるしいい感じじゃないのー。なんでさっき「ここしかない」って言ったんだろ、としょうもなくまた考えてしまった(笑)

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もうなんとなくわかってきたぞ。予算がある中でガイドちゃんが食べるものをオーダーしているわけで、好きなものを食べていいわけだ。団体ツアーのようにあてがいっぷちじゃないなら、バカみたいに高いものじゃなければ自分で注文したくなってきた。

このカフェでは「普通の」ものを食べたいと言った。メニューの写真を見たら特にウズベキスタンぽいものといえばケバブ(串焼き)しかない。ならば、ってことでケバブとピザとポテトフライを注文した。このメニューなら彼女が会社から出る「予算」には軽くオツリが出ることだろうし(笑)

私と母の頼んだ飲み物のアイスティーは33,000スム。ひとり200円弱。

お客さんは少なかった。家族経営なのかおじさん一人が調理していて座席数のわりに手が回っていないようだ(´;ω;`) ものすごい時間を待っても出てこなくてフライドポテトをキャンセル。ガイドちゃんが言い出さないので、これも私が言ったんだけどー。…。結局店を出たのは14時30分。ゆっくり時間が取れたのので(ほぼイヤミ)足がだいぶ回復。
ってか、こで回復してもあと少しでホテルに戻るのに(笑)

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ここから土産物店が連なっている通りを歩いてタキ・テルパクフルシャン(Toqi Telpak Furushon)へ。いろんなものが売ってて楽しい。若いころならどんどん買っちゃっていただろうけど、50も過ぎると荷物が重くなるとか、帰っても結局飾るところに困るとかノリで買ったらインテリアに合わないとか・・・いろんなことを思って衝動買いができなくなってきた(;´∀`)

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バザールの中のあるお店で父に「ウズベキスタンTシャツ」を買うことに。
父へのお土産はこれだけかなー(笑)

タキを出た後はホテルアジアブハラの横を通り、駐車場で車の迎えを持つ。あら、ここは昨夜ブーイングのサヴォイホテルがある公園じゃないか。ブハラの観光名所はわりとコンパクトに集結しているようだった。

ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの午後)

ホテルまで送り届けてもらったのが15時ころ。ロビーまでも送ってくれそうだったけど、「水買ってくるから」と断って周辺をぶらつきに出た。「あの人たち、あんなに足痛いって言ってたのに」とガイドちゃんは思ったかもしれない(笑)

ほんといって痛くないわけじゃなかった。でもさ、入国してからここまでずっとずーーーーっとガイドちゃんが一緒。今までの海外旅行での食事は客とガイドさんは別の席だったことが多い。「ゆっくり食べてくださいねー。困ったことがあったら呼んでくださいねー」という感じ。

ところが、よ。この国ではガイドちゃんは一緒にご飯を食べる。彼女はSNSをやってるんだけど(どの国も同じだね)、私にスマホを渡して撮ってくれとポーズをとるのから始まり、食事中も自身のインスタをのぞいたりしてる。もはやガイドちゃん食傷気味( ´艸`)

この時は夕食までの少ないフリータイムに解放されたかったのよ。ってことで少しホテルから歩くと商店があった。思わず写真撮りました、ハイ。「SEVEN」。色から何からセブンイレブンに…似てない?

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中に入ると雑多に商品が大量に置かれている商店で、キャンディーなどの量り売りがあったり駄菓子屋さんみたいな。冷蔵庫から1リットル(1.5リットルかな?)の水を持ってレジに行って「いくらですか?」と聞くと4,000スムだと答えてくれたので買ってきた。帰り道ふと考えた。「500の缶ビールが一本7,000スムと考えるとちょっと高くないかなぁ?」
けど、比較で考えないとすれば50円弱だから金額としては納得。

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さて、30分くらい休んだころだったか、今朝まで使えていた洗面台の水が壊れてて出ない事件。

うそでしょー。疲れてるのにー。仕方ないので階下に降りてフロントさんに伝えに行った。英語をほとんど話せない私は得意の絵を見せて、ほぼ日本語でこう言った。

「アハァン(意味無し)、バスルーム、シャワー、ウォーター、ザーザー」
「バット、せんめんだい、ピチョンピチョン」

はい、これで通じました(笑)

ったく、私ってば高校出てるよね?(;'∀') フロントマンが部屋に来て水道をチェックすると、「部屋を移って貰えないか」と言うので(ヒアリングはまぁまぁできる)別の部屋を見に行った。いったい何部屋空いてるんだ?結局同じ階の部屋に変わった。少ししてからお詫びにとフルーツの盛り合わせをくれた!食べきれないほどの量!

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結局食べきれないし腐ったらもったいないので、母がフロントマンに渡しに行った。お礼をしっかり言ったら理解してくれたらしい。戻った母、もうほとほと疲れて寝てしまった(笑)

18時。だいぶゆっくりできて夜の中心部へ。夕食だ。

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ブハラの中心にあるDivan-Beghi(ディヴァンバギ)という池を中心とした公園のような場所。
ここで絶対見るべしなのはナディール・ディヴァンバギ・メドレセ(Nadir Divan-Begi Madrasah)。


イスラム教にしては珍しく鳳凰や太陽などが描かれてるの。偶像崇拝はしないのがイスラム教だというくらいはほとんどの人が知ってるよね。でもここには描かれてる。なんでだろう?ガイドちゃんからは説明得られず。後で調べてみよう( ´艸`)

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夕暮れてきて、いい感じの雰囲気。そんな中でウエディングビデオを撮ってる。こないだのイチャンカラでもこういう人たちを見た。流行ってるのかなぁ?

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さぁ、夕食。ここでも予約トラブル。さっきのナディール・ディヴァンバギ・メドレセという神学校は民族舞踊を見ながらの食事があるんだって。それを19時半からで予約しているという。

待ってよー、今18時を過ぎたばかり。19時半ならもっとホテル出発が遅くても良かったわけだし、それよりも翌朝の出発が早いために3時に起きる予定。それはもともと決まったスケジュールだったのにそんな遅い時間に晩御飯・・・。このたった3日間でもう忖度と我慢をしないことに決めたので「遅すぎる。別のところで晩御飯にしませんか?」とガイドちゃんに伝える( ´艸`)

彼女としては会社に「連れていくべき場所」のリストを渡されているんだろう。それはもう汲んだうえで悪いけどわがままを言わせてくれ、と頼んだわけだ。彼女は困っていた。どうしよう、どこがいいでしょうか・・・と悩んでいたのでまたまた疑問が。「なんで?そこにレストランあるじゃん?そこはダメなの?」と聞くと「そこでいいんですか?」という。

どうやら民族衣装のショーも無いわけで「普通の」レストランでいいのか?ってことらしい。
まったく問題ないじゃんねぇ?何が問題なのか私たちにはよくわかんなかったけど。
で、入ったのは公園内の池のほとりにあるチャイハナ。

リャビ・ハウズ RESTAURANT Lyabi Hauz


ほとんどが地元の方で、欧米人の観光客もちらほら、くらい。
正直言うとお腹があまり空いてなかった。さっきのフルーツ盛りのせいもあって(笑)
サラダとメインは羊肉を「茹でたもの」。これはガイドちゃんが言っていた。来てみたら蒸したのかなー?という感じの料理。やわらかかったけど骨付きだったので食べづらかった(;´∀`)

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それでも箸が進まなくて残し気味。料理が出てくるのが遅いこともあってもう入らなくなってきたー。でもここでガイドちゃんがアイスでも食べませんか?という。ちょっと目からうろこ。ここで?この寒い中で?アイス?

ところが待ってる間見ていたらいろんなテーブルで注文されていた。ウズの人は当たり前なのかなぁ?来てみたらビックリ4玉も乗ってきたー。寒い。でも別腹おいしい。寒い(笑)
それにしてもガイドちゃん。なぜ突然アイスをすすめた?たぶん予定していたショーレストランよりはるかに安く上がったんじゃないかな。だからアイスくらい食べてもオツリきまくりなんだろう、なんてね。

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20時半。ホテルに戻ってすぐに寝る支度。3時に起きるとしたら・・・まずーい!

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Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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