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庭といくら。

久しぶりの庭。
このオレンジの子は春から切り戻せばずーっと咲いてくれている愛いやつ😊

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野菜畑を片付けたら一気に寂しくなったのでネペタはアフロのまま放置。蜂がせっせと仕事してる。けど、その足下では同じ蜂が息絶えている。もう冬前の最期の仕事なんだろうな。働き蜂は切ないね😢

全部片付けるのは旅行から帰ってからにしよう。それまではこの花畑は開放ってことで。

バラはもう一息、秋の花を咲かせてくれそう。


今年は筋子が高い😫
と言いながらも親が漬けてくれたので貰っちゃった💕
多分今年の最初で最後かなー😢

ちなみにうちの親は釧路の市場の方に教わったとかで、みりんや酒は無しの醤油オンリー。

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日程表届く。

旅行の日程表が届いたので実家に届けがてら一泊。
食事とかお風呂とか忙しすぎてめんどくさくて実家頼み(*´艸`*)ァハ♪

ぎりぎりのハシゴ。

旅行を前に腰痛が相変わらずで薬をもらいに整形外科へ。
そして呼吸器科にも。なんだかなぁ、病院だらけだ。
それも旅行ぎりぎりになって。大丈夫かしら。

帯広市内の信号待ちでななかまどが赤くなってきているのを見た。
気温がなかなか下がらないけどやっぱり秋は来ているんだねぇ。

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ぶっちらけ。

旅行目前なのに荷物がちっとも片付かない。
なのに気持ちが集中できずにお化粧品の整理をし始めちゃったりして。
使わなさそうなアイシャドウなどを母に貰ってもらおうと実家へ。
もう何やってんだー。間に合わないぞー(笑)

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帰宅後もだらだらと荷物を入れて他のことやって…
夕食はスーパーでお弁当を買ってきてしまった。
腰が痛いのをイイワケに食べすぎて少し体重がまずいことになってる。
旅行中に頑張って動いて減らす・・・とか?(笑)

出発前日。

2015年以降4年ぶりの旅行。
久しぶりすぎて持ち物に手間取りダイニングテーブルが食事する隙間も無かったのがようやく天板が見えてきた😫💧

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旅行を前に最後の夕食はなぜかまじめに作ってみた。
野菜炒め作っただけだけどww

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なんかさぁ、旅行が久しぶりすぎて緊張するんだよ。
これが34回目の海外旅行。行ってる方だと思う。
なのになのになんなんだこの緊張感は(笑)

旅行記。

さて、ここからはウズベキスタン旅行を書きます。
ためにためて、ようやく。
日付遡りです。
11/3 

ウズベキスタン旅行記(前泊)

2019/12/9 ようやくウズベキスタン旅行のことを書こうかなー。昔のホームページの旅行記のような詳しいものではなさそうな予感(;'∀')

今回は母と二人旅。父は残念ながら遠距離のフライトには耐えられないという理由でパス。
行先のウズベキスタンを選んだのは「世界ふしぎ発見!」を私も母も観ていて、ちょっと興味をそそられていたから。それ以外の情報はほぼ皆無。「ピラウを食べてみたい」ってことくらいかな。

ファイブスタークラブの「アシアナ航空ビジネスクラスで行くウズベキスタン7日間」
母が体がつらいということもありつつ、実は私も狭いエコノミーが嫌だったという…(笑)

出発の日の帯広は雨だった。3年ぶりの海外旅行はなんとなく不安しかなく。少し早めに実家に行って母をピックアップして、ランチは空港で「豚丼」。

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東京は雨ではなかったけど、空から見たらすごく霞んで幻想的だった。

明日の時間節約のために両替をする。
二人で日本円6万円をすべてUSドルに。(1ドル109.90円)
ウズベキスタンの現地通貨はスム。現地ではクレジットカードは使えなかった。私が旅行中に使ったのは仁川空港のみ。ガイドブックによっては一部使えると書いてあったけど、私がツアーで行った先の観光地ですら使えなかった。USドルか現地のスム。日本円も一切使えなかった。(2019年現在)

さて、羽田空港で晩御飯を食べて前泊のホテルに移動。
乗ったタクシーの運転手が下ネタとあおり運転に対する昔の武勇伝をベラベラと喋ることに閉口したころ、成田のアパホテルに到着。ほんと、あの運転手何だったんだろう。

翌朝の千葉は晴天。
あとで帰国してから知ったんだけど、この直後台風19号が上陸して千葉にも大変な被害を与えて、成田空港も止まったらしく、私はちょうど台風が来る前に飛び立ち去ったら帰国、というラッキーだったようだ。

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アパホテルで出しているシャトルバスで成田空港へ向かう。

ウズベキスタン旅行記(1日目ソウル乗継)

今回からトランクを新調した。
少し調べたときに列車旅のツアーをした方の旅行記を読んで、どうやら駅では大きな荷物を持って階段を上下するのではなんかと危惧した。私が持っていたのは大きなサイズのハードでそれも古いタイプなので空でも重い。新調したものはポリカーボネートでできた頑丈だけど軽いというのがうたい文句だった。それに柄が私の好きなリトルミイだったもんで即決(笑)
そしてロストバゲージでも大丈夫なように最低限のものを機内持ち込みにした。

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ビジネスクラスとはいってもアシアナ航空は初めて。乗らず嫌いというかあまり良いイメージは持ってなかった。結論から言うとまったく大丈夫。機内食も美味しいし、成田゛ではANAのラウンジを利用できた。

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ラウンジでまったりして機内食も出るというのにごはんをしっかりと食べ、充電もできた。13:20発のソウル行きに搭乗。そういえば、成田空港の出発ゲートの待合室にも普通に充電できるようになっていた。変わったんだなぁー。

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OZ101の機体はA330-300と書いてあった。
口コミに「突然狭い前時代のビジネスだった」というものがあったのでちょっと不安だったけど、ゆったりと広いシートだった。シートベルトしてしまったら前に手が届かないくらい。

充電もできた。モバイルバッテリーも手荷物に持ってはいたけど、コードだけでこうやって充電できるのはうれしい。
ソウルの仁川空港まで2時間半程度。なのにこんなしっかりとした食事が出た。どれも美味しかったー。日本から載せたものだからかな?とかこの時は思っていたんだよね(;'∀')

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16時ころ乗継をする。

ウズベキスタン旅行記(1日目ソウルからタシケントへ)

仁川空港は少しだけの予習も必要なかったかと思うくらい日本語の看板もあって移動しやすかった。
さすがにアシアナの母国でもあるのでラウンジはわかりやすくなっていて、しっかりと大きなものがあった。ショッピングエリア(搭乗ゲートに続く)からエスカレーターで上に上がり渡り廊下を渡ったところ。受付に次のチケットを見せたらどうぞと促され、駅やオフィスのゲートのようなところにチケットのバーコードをひとりひとり読み取らせて入場する。

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食べ物はどちらかというと当然だけど韓国色が強い。私は満腹なので食べなかったけどね。

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ゆったりした空間でまたまた充電をしながら一休み。乗継便は18時過ぎ。

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搭乗ゲートでは日本語はどこにも聞かれない。もうタシケントに行く飛行機のために英語・韓国語・ウズベク語のみ。搭乗時間が来た時に言葉がわかりづらくて少しもたついた。うっかりエコノミーの長い行列に並びかけたけど、もしやと思い係員にチケットを見せたら「こっちに並んで」と示された。こういうときに行列しなくていいのでビジネスはありがたい。

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17:45発 OZ573

乗ってすぐに出される飲み物。もうおなかパンパンなはずなのにもらってしまう貧乏性(笑)

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タシケントまでのフライトも少し違うデザインだけどゆったりとしたシートで、食事も美味しかった。食後に供されたフルーツやチーズの一皿もワインにピッタリ。飛行機ではあまりお酒を飲まないんだけど、一杯のワインでいい感じに眠たくなった。

ほぼフラットに近いところまで倒れたのでちゃんと眠れた。
時々そとを見たら月がとても明るくて、どうやって撮っても幻想的には撮れず(;'∀')

スマホでゲームをしながら(充電も席でできたので)映画は観ずにのんびりした。卑しい私はまたハンバーガーを頼んでしまったよ。リフレッシュメントと書いてあったけど、おなかに入れるとあまりリフレッシュもできないんだけどね(笑)

最後のとどめはインスタントラーメン!

少し離れた席の青年が食べていたのを見てつい…。辛ラーメンかなぁ。ちょっと辛くて正直イマイチ(笑)おなかもすいてないくせに食べ過ぎ!日本時間で24時ころ。

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現地時間の23時ころ、タシケント到着。わりと都会に見える。
日本より4時間遅れなので日本時間なら深夜3時か。

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飛行機から降りたのはビジネスクラスなのでわりと早かった。だけど、母の脚が良くないので杖をついてゆっくり歩くため、荷物受け取り場所についたころにはエコノミークラスの人たちの中くらいあたり。
待っても待っても私たちの荷物がなかなか出てこない。まさかのロストバゲージなのか?本当に手荷物にしたのが役立ってしまうのか?とハラハラし始める。係員が「これで終わり」のジェスチャーをするので本当に焦り始めてキョロキョロ。
…するとなんてことだ。ベルトコンベアーの回り始めの方になんと降ろされてるじゃないか!
うそでしょー。これをずっと待っていたわけか。なんで下ろしてくれたの?ありがた迷惑。なーんて思いながらもかなりほっとした。

荷物を持って出口を出てもお迎えの人がいない。足の悪い母が団体では後れを取るのが嫌だというので、今回は二人だけの個人ツアーなので、迎えに来てくれてないと困ってしまう。
するとずっと向こうに柵があり、たくさんの人がいた。どうやらウズベキスタンは乗降客以外は建物には近づけないようだ。

その人だかりの中にようやく目指すガイドさんを見つけた。若い女の子で大学生だそうだ。ここではマーちゃんということにしておこう。

マーちゃんに連れられ駐車場の車に案内される。普通のセダンタイプの車だった。マーちゃんは運転手さんとロシア語でしゃべった。日本語、ロシア語、ウズベク語を話せるそうだ。

まずは今夜泊まるだけのホテルに迎う。


ウズベキスタン旅行記(1日目タシケント泊)

タシケントでの一泊はGLORIA HOTEL。

Gloria Hotel
Mirabad Street 27/12, Mirabad District, Tashkent, Uzbekistan, 100015

空港からはあまり離れていなかったので23時過ぎにはチェックインできた。

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節電なのか全体に照明が暗かった。それでも部屋は蛍光灯がしっかり点いていたのでほっとした。
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スーツケースの空きスペースに水を持ってきたんだけど、ここをはじめとしてウズベキスタンのホテルにはほとんどミネラルウォーターのペットボトルが添えられていた。

Wi-fiが繋がった。途切れることもあったけど良かった。

そういえば、今回の私のネット環境はいろいろと悩んでドコモのパケットパック海外オプションを利用することにした。最初はレンタルWi-Fiを借りる申し込みをしていたんだけど、直前になってその会社から「ウズベキスタンに行ったお客様から繋がらないというお申し出が何件かありました。どうされますか?現時点でならキャンセルも受けられますが」という電話が来た。

ものすごく悩んでキャンセルすることにした。持って行って使えなくて結局ドコモ、というのなら最初からドコモにしようと思ったんだ。このオプションは国内で申し込みしておいて、現地に着いたら自分の意志で「スタート」する。ウズベキスタンの場合は一か国限定のタイプで24時間980円。スタートして24時間経ったら自動的に切断される。次にスタートするのも自分の意志なので、使いすぎるということがない。同時に気づかないうちに24時間経っていてネット環境がなくなるっていうことでもある。それでも勝手にどこかの回線らをキャッチして接続するということはないので、昔のような海外の多額請求は起きえない。(何かへんなことやっちゃったらその限りではないんだろうけど)

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この図のように「残り何時間」というのが載ってるのでわかりやすい。
料金の算出(課金)方法は平たく言えば国内と同じな感覚で使える。
私の契約はギガライトなので、1ギガを過ぎたら1000円上がる定額制。課金のされ方も一緒。なので当然バカみたいに海外で動画を見まくるようなことはしない。まったくもって国内と同じ感覚。

旅行を終わって振り返ってみれば、ウズベキスタンのホテルは概ねすべてのホテルにWi-Fiが備わっているのでパスワードをフロントでもらって繋げば、そこそこのセキュリティ内でネットにつなげられた。

さて、23時半ころ、明日も早いのでということでさっさと寝ることにする。

ウズベキスタン旅行記(2日目ヒバへ)

朝のというか深夜の3時過ぎに起床。
身支度をして片づけをして4時半には余裕ができてしまった。5時半から食事だったのでもう少し眠ることはできた。心配性なもので・・・(;´∀`)

まとめた荷物を持ってロビーに降りた。真っ暗。5時半に食事をすることはお願いしてあったのに。でもまぁ、これも海外。日本とは違う。しかたない。と母と喋りながら待っていた。

出発のための集合が6時なのに、ようやく食べることができたのも6時(笑)厨房から運んできてくれたものは意外にもそろっていて、ピラウとかハムやチーズも。このときようやく電気を点けてくれた。

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写真を撮り忘れたけど、出発前にロビーの自販機で両替をした。フロントでやってくれると思いきや。ドル紙幣を入れて「50ドル」をスムに替えた。

タシケントの空港からウズベキスタン航空の国内線でヒバへ向かう。直行便が無くウルゲンチまで飛ぶことになった。搭乗口の案内がよくわからず搭乗に時間にがかかる。というのも、ガイドのマーちゃんも空港係員に聞けばいいのに群衆の中の同業者のような人に聞くばかり(笑)まぁ、乗れないことはないだろうとは思っていたけどなんだかまどろっこしい。

結局その案内がちゃんとしてないからか飛行機までのバスが遅れたからか、7時25分の予定が30分も遅れてようやく離陸した。

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ウルゲンチに近づくと窓からの眺めはまるで十勝のようなパッチワークでなんだか懐かしい景色だった。9:20頃 ウルゲンチに着陸。

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ウルゲンチからヒバまではまたセダンで。若い(そう見えた)ドライバーさんだった。
出身はブハラだそうで、ヒバには不案内なこのドライバーさん。行先のイチャンカラまで道に迷う(笑)イチャンカラは世界遺産なんですけど…(;'∀')?

何度もスマホの地図アプリで場所を確認する。なのにたどりつけない。なんでー?

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ようやくイチャンカラの駐車場に到着。

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ところが今度はガイドのマーちゃんも入り口がわからないようだ。結構だらだらと歩く。私はいいけれど脚の悪い母を心配する。スマホを現地の人に見せながらようやく世界遺産の入り口にたどり着いた。うーん、なんだかこのコンビ大丈夫かしら(笑)

西門をくぐり中に入る。この城壁の中すべてがユネスコの世界遺産だ。

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ウズベキスタン旅行記(2日目イチャンカラ観光午前)

今夜はイチャンカラの中にあるホテルに泊まるので、まずはスーツケースをフロントに預けて観光に出発。ホテルに出ると目の前にはカルタ・ミナル。未完成のミナレットが象徴的。あ、この旅行記にはガイドブックのような詳しいことは一切書かないので名前からググっていただければ…(;'∀')

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緑の混ざったようなブルータイルがとっても美しくて、これは完成していたらどんなにか素晴らしかっただろうと自分の目で実際に見ていることに感動する。

だってね、ウズベキスタンといえばこの写真が出てくるくらいだもの。「あー、あの写真のだ!」とか思いながらも大きさとか色とか細かさとかすべては写真で見ているのとは全く違う。
やっぱり現地に来ること、自分の目で実際に見ることってありがたい経験だよなぁ。

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とても広いイチャンカラ。母は杖をつきながらだし足元はガタガタしていたり硬い石だったりでなかなか大変そう。ゆっくりでいいよ、と声をかけつつ。そうなのよ、ゆっくりでもし時間が無くなったら見られないところもあるかもしれないけど、それはそれで仕方ないとでも思わないと広すぎて全部は観きれない。

石やレンガで造られたイチャンカラだけど、扉は木材でできていた。それぞれものすこく丁寧なレリーフが職人芸だ。

それぞれの壁に貼られているタイルには数字がプリントされている。これはタイルを貼る位置を指し示しているんだって。なるほどー。でも私こういうの初めてな気がする。今までトルコやギリシャでもタイルの壁ってあったけれど、模様の中に数字を振ってるのは見た記憶がない。

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楽器を持ったオバサマ達が座ってお喋りをしている。左側の開いた扉の中を覗いてみたり写真を撮ったりしていると私たち以外にも人が増えてきた。おもむろにオバサマ達は演奏を始めた。タンバリンのような楽器とアコーディオンと、そして歌。少し演奏したらまたお喋り。観光客の写真のため?

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この柱も木造。ものすごく細かな飾り細工がしてある。
土台は石。よくもまぁこんな木の柱で支えられてるなぁ。

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中にはお祈りの場所も。(モスクと呼べばいいんだろうか)

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ガイドのマーちゃんはイスラム教だったので、上の写真にある「穴」はなぁに?と聞いてみた。彼女曰く「本棚」だそうだ。コーランなどを入れるんだって。正直「・・・にしては小さいよね」と思ったけれど、本場の方が言うのだからそうなんだろう。
(ってことにしておいた。テキトーすぎる(;´∀`))

観光地だけれどここで暮らす人もいる。お土産用の編み物をしまくっていたオバサマ達。↓

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いろいろと歩いているとこんな小さな扉もあった。
どうしてこんな急階段の上にこんな細い入り口を作ったんだろう?
これは質問してもガイドちゃんから回答は無し…。

午前中の見どころをずっと歩き回った。もう私も足腰が痛くなってきた。やはり路面が固い石というのが知らず知らずのうちに堪えてるんだろうな。

お昼ご飯食べよー。おなかすいたー(笑)

ウズベキスタン旅行記(2日目のランチ)

イチャンカラの中にあるレストランでランチ。
Terrassa Cafe Terrassa Cafe Khiva, Chiva 220900 

店の前には現役のタンドリーが。
そう、インドのタンドリーと似ている。ウズベキスタンでは一般的なパンはこういったところで焼く。そのパンはこのツアーでも毎食目にすることになる。

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本来なら外のテラス席でイチャンカラの景色を眺めながらってのがオツなんだろうけど、何しろ日差しが暑くて疲れてしまうので中の席にした。中もインテリアは素敵だったのでヨシ。

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団体客のように時間に合わせてオードブル的に出されるということはなかった。ガイドのマーちゃんがメニューを見ておすすめっぽく注文してくれる。ツアー後半になるとそれにすら口を出してしまったんだけど、この時点ではまだスタートしたばかりで分からなかったので出されたものをひたすら食べていた。

写真左上がウズベキスタンのパン。インドのナンよりも固め。一般的なパンの膨らみ方が足りないようなものを想像してもらえばいいだろうか。小麦粉を練って焼いた、そんな感じ。見た目よりフワフワとはしていない。その右は、コールスロー(のような)キャベツの千切りと鶏肉を塩味の少な目なマヨネーズであえたサラダ。

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真ん中が緑色のほうれん草か何かを練りこんだパスタ(と呼んでいいのか)とジャガイモなどとトマトソース味に炒めたもの。添えられているヨーグルトをシャバシャバにしたようなものをつけて(またはかけて)食べる。これは正直言って口に合わず…(;'∀') 言ってみればショートパスタのトマトソースなわけだけど、うーん。
あとはトマトサラダとパンプキンスープ。いやパンプキンじゃないのかも。ポタージュが黄色かったのでそう思っただけかも。ともかく、これらがサラダ以外はそれぞれにあてがわれるわけで、それぞれが量が多くて正直いって苦行(笑)

あーなんかすでに日本食が恋しくなってきたー(;´∀`)

ウズベキスタン旅行記(2日目イチャンカラ観光午後)

食事で英気を養って13時過ぎに午後の観光スタート。

ぶらぶらと散策のように歩く。ペースがに少し落ちたような?ま、でも今夜はここに泊まるのでのんびりなのかな。イチャンカラの中にはいくつかのお土産屋さんがある。寄りつつ進む。
スザニを旅行中に自分土産で買おうと思っていたので興味津々。とある土産物店の店先に子猫が!もうもうもうもう可愛くて可愛くてたまらんかったー(笑)

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いやもうモスクにミナレット(尖塔)にタイルにブルーに・・・見所満載。
だけどその分足腰も限界を超える寸前。母は少し疲れすぎてイラつくほど(笑)やはりキツかったかなー。とにかくすごいの一言。でも、修復はまだまだ半ばで全部修復されたらもっと美しいだろなー。

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途中、博物館も何か所かあった。ガイドさんが説明してくれるからわかるようなもんで、個人できていたらわかんなかっただろうなー。ただ、このガイドのマーちゃんもあまり日本語が上手ではないので完全にはわかんなかったけど・・・(;´∀`)

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2時間くらいたったころ、またヘトヘトになってしまったので休憩。

Medovik(メドヴィク)って言うんだって。ウズベキスタンのケーキ。甘くて固くて柔らかい・・・初めての食感。
このカフェの店名は忘れちゃったけど「Uch Aviliyo Bobo Mausoleum」の隣じゃないかな。写真右下のような小上がり席がたくさんある。日陰になって涼しそう。でも靴を脱ぐのが億劫だったので普通席の方で。

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コーヒーとケーキでまた英気を養って(ってかすぐに疲れが復活するのは年齢のせいか?)また歩き始めた。また土産物店に寄った。複数の店が集ったバザールのようになった建物で、わりと安かったので買うことにした。家族への土産で手編みの靴下を(写真撮るの忘れたれけどとってもカワイイの)。これが1万スム(約110円)。私のスザニのクッションカバーが2枚で1万3千スム(約150円)。
1枚75円程度か…安…( ゚Д゚)!

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この後いろいろ観光した。下の写真はTash Khovli Palace(タシュ・ハウリ宮殿)。もうねぇ、カメラに収まらないわけよ(笑)iphoneのパノラマで撮影してみた。いまいち伝わらないかもだけどけっこう広くて大きな建物だった。ここもブルータイルが美しくて。

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宮殿の中にユルタが張ってあった。モンゴルではゲルっていうよね。遊牧民の家がどうしてここに建てられてるのかは…(*´σー`)エヘヘ わかんないです。

イチャンカラ観光も終盤に差し掛かったころには、母は疲れちゃって「見てきて。待ってるわ、ここで」と言い始めたので私とガイドちゃんと二人で見学。

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そろそろホテルに戻ろうか、と帰路に。このラクダくん、ずっとここにいた。乗馬ならぬ乗ラクダコーナーなんだろうか?

ウズベキスタン旅行記(2日目ヒヴァでの夕食と宿泊)

昔の神学校(メドレセ)だったところが今夜の宿。

Orient Star Khiva(オリエントスター・ヒヴァ ホテル)
PAKHLAVAN MAHMUD STR. 1, Khiva, 220900

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かわいらしい造り。だけどやっぱりそれなりに古いし、あまりいろいろ手を付けていない部分も多くて便利とはちょっと離れている。その雰囲気を感じたいならお勧めするかも。

ベッドはシングルサイズよりも小さい。私もたいがいだけど体の大きな欧米人の男性だとはみ出るんじゃないかな(笑)部屋は中庭からそのまま入る木製のドアがあり、それは昔のままなので隙間もいっぱい。ドアの上の換気口のような小窓から寒気が入り込む。
寝室があるだけで、その奥にバスルームに通じるドアがある。狭い寝室に比較してそのバスルームがめっちゃ広い。シャワーは使わなかったのでわからないけど設備はちゃんとしている。寝室は天井が高いので狭いながらも圧迫感はない。

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Wi-Fiが中庭しか通じていない。なので、ネットを使うときは「外」に出る。この時期日中は26度とかだけど朝晩はフリースを着ていても寒いくらいなので、日が陰ると心から冷える。

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さて、夕食に出る。ホテルにはレストランが無いので夜はどこかのレストランでとることになる。私たちは歩いて5分くらいの同じくイチャンカラの中のレストラン「Tea house Mirza Boshi」に行った。

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鶏肉のスープはめちゃくちゃ美味しかった。鶏肉がとっても柔らかく煮てあって塩味。中にうどんのようなトゥルトゥルになった小麦粉の麺が入ってた。


そしてTuxum Barak(トゥンバラキ)という餃子みたいなウズベキスタンの食べ物。中身は塩味の効いた卵だそうな。卵…か?卵は入ってるだろうけど。これにも昼ご飯の時のようにシャバシャバのヨーグルトのようなものにディップして食べる。一皿に10個くらい乗ってきたんだけど、あまりたくさん食べられるものでもない(笑)本体がこうなら例えばソースは辛みがあるとかならなぁ、とか思いながら食べていた。失礼な話だけど(-_-;)

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私も母もそれほど食も進まずお酒を飲むわけでもないのでわりと早めに夕食終了。ホテルまでまた歩いて5分くらいの道のりを戻った。

夜のイチャンカラはとても幻想的だった。満月のように見えるほどまん丸のお月様が出ていた。

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フリースを着ていれば耐えられる、そのくらいの気温だったのでぶらぶらと感動的な風景を写真に撮りながら帰った。まだ19時過ぎくらい。

私はネットを使いたかったので寒い延長でフリースを来て中庭に留まった。30分くらいいて芯から冷えて寒い寒いと部屋に戻ると母はベッドの中。疲れたんだろうなぁ…。

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明日の朝の早いからと私も早々に寝る支度をして21時には寝る。

ウズベキスタン旅行記(3日目ヒバの朝)

夜中の3時におなかが痛くなってトイレに行ったんだけど、トイレットペーパーが固くて切ない思いをした(笑)んなもんで、5時過ぎには起きちゃって。荷造りや洗顔などして準備して、ちょっとスマホをいじりに中庭へ。"クソ"寒い(笑)

ところで、ヒヴァのホテルは水が多くないのか水道の出が悪い💧そして水道水は少し塩味を感じる。
気持ち悪くって歯磨きの最後のひとうがいはミネラルウォーターで仕上げて、あげくには今朝の洗顔もこれでやる始末(笑)冷たいし…うーん😓

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そして部屋の鍵よ。この写真、部屋の内側から撮ったもの。内鍵も外と同じく差し込む鍵で閉める。そしてドアノブは上の丸いもの。この丸いものは外側にもあって、ピンポン代わりにカンカン鳴らす。さすがに1852年に完成した神学校。要は外から鍵掛けられたら出られない、閉じ込めることも可能なわけだ😱

いやぁ、雰囲気あっても不便。今は不便を楽しむしかない(笑)

6時半には準備OKで7時には朝食に出る。ホテルからあるいてすぐのレストランで宿泊者用の朝食がとれて、一応カギを見せたらすんなり。

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宿泊者に日本人は一人もみられず欧米人ばかりだった。
朝食はいろんな種類があった。でも、生野菜はあまり見られなくてきゅうりとトマトくらいかな。周囲が砂漠だし手に入りにくいのかなぁ?とりあえずとってきたらなんだか肉肉しい内容になってしまった(;'∀')

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ソバの実のようなツブツブのがあって隣にあった白いものはミルクがゆのようなものだった。

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9時にヒヴァを出発して今日はブハラまでひたすら走る予定。
ホテルを出発したら公園内を掃除する女性。昨日からよく見かけるこういった掃除している女性。落葉樹からは秋だから当然枯葉が散る。それを一枚の果てまで掃除している。きれい好きな人が多い国民性なんだろか?

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ブハラまでは300km以上砂漠を走る。あのセダンで。疲れそー…。

ウズベキスタン旅行記(3日目ヒバからブハラまで)

ヒバを出発してブハラまでは約450km。

来た時に降り立った空港のあるウルゲンチを経由してA380号線を走るルート。
太陽が照りつけて窓からひどく暑いのでストールをガラスに挟んだ。砂で汚れるーと思ったけど背に腹はかえられず…。

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ウルゲンチをすぎるとだんだん砂漠の景色になってくる。砂丘があるような砂漠というよりも、荒れ地という表現の方があっているような。
10時半ころ、ドライバーさんが脇道(といっても道がないような場所)に入る。どうしたんだろうと思っていたらガイドのマーちゃんが降りてみましょうかという。

どうやら展望できるところなので景色を見ましょうということのようで、そこには大河が望める場所だった。特に展望台とか整備されているようなとこではなくてただの「脇道」(笑)
でも雄大な景色は素晴らしいところだった。

Amudaryo(アムダーリョ)という川が砂漠の中にあり、対岸はトルクメニスタン。

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足元ももちろん砂。そこかしこにヤギか羊の糞が転がってたよ(笑)


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A380号を走っていくとさっきの糞の主である羊が見られた。羊飼いが追っていた。

イチャンカラのゲルといい、昔は遊牧民だったんだろうな。

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13時ころ、果てしない一本道を走ってる途中のまずは一回目のトイレタイム。北海道より広大な一本道はヒヴァから市街地を除いて300キロこのまま砂漠。

ウズベキスタン高速道路の公衆トイレ。チップ1人1000スム。日本円で約12円。

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チップをとるだけあって、まぁまぁきれいだった。手洗い場もついていた。
ただ、このトイレ、私くらいの背丈(163)だと衝立てから顔が出かねない。見ようと思えば中を見ることができちゃうの( ´艸`) 見ないけど~

さて、お昼ご飯。待ちに待ったお昼ごはーん!
Kizilqum Teahouseというレストラン。
いやー、お店の名前も位置情報も無くて、後から調べたわけだけど我ながらよく見つけたと思う。
私のスマホに入ってる「僕のきた道」ってアプリ。ずっと起動させておくと足跡をつけててくれる。今回、撮った写真にも位置情報が無くて、店名をメモしてもいなかったから、最後の手段で「僕のきた道」をたどったらここに滞在している時間が他より少し長くて、あとはGoogleEarthで見つけたの。探偵かよ!( ´艸`)


ここくらいしか食べるとこなかった気がする。ガイドちゃんは地元の湖でとれた魚料理を出す店に行きますって言っていたんだけど見つけられなかったのか、ドライバーさんがここに連れてきた感じ。店の人とも顔見知りみたいだった。

駐車場に入ると大型のバスも止まってて、中に入るとヒバのホテルで見かけた欧米人の団体客がいた。だいたいこういうコースなのかな?
炭火で串焼きしてる。とってもいい香り♪

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早く食べたくてわくわくしてくる。屋外の木漏れ日の中で食べる席についた。

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ここので食べたランチがもしかしたらこの後のウズベキスタン旅行の中でも一番おいしかったかもしれない。野菜と肉がゴロゴロ入ったうどんのような料理がとっても食べやすくておいしかった。
そして何よりもこのケバブが美味しいの。私は鶏肉と羊肉を食べた。びっくりしたのは羊。ただの塩コショウの味付けなんだけど、素材の肉がとてもおいしい。ちゃんと羊の味がしてる。もしやもしやあの子たちが…なんてね。でも新鮮なのは間違いなし。

とってもおいしかった。まだまだ食べたかったけどオシマイだった。安いんだろうしなぁ、食べたかったなぁ。

そういえば、昨夜の食事の時にも聞いた話で、ウズベキスタンのお茶のルールがあるらしく。ティーポットとカップが出てきたら、カップに注いだお茶をまたポットに戻し、それを3回繰り返す。そしていっぱい目から目上の人へ順番に渡すんだって。昨夜はガイドちゃんがやって見せてくれた。
で、今日のランチではドライバーさんがやってくれた。男性もやるんだねというと、当然やるんだそうだ。男性もお茶を入れてお客さんをもてなす、なんかいいじゃないか~。

14時過ぎにレストランを出発した。
またずっと砂漠なんだけど、ウルゲンチを出たころとは少し違ってブッシュが生えている。

その中に下の写真の青い線辺りにわかるかな、なんだか並んで植わっている。
ずーっと「なんなんだろう」と内心思っていたの。それをようやく口に出した。「あれって何?」と聞くとガイドのマーちゃんは大学生の若い女の子でガイドになったばかりなのもあるしわからなかったようで、ドライバーさんに聞いていた。すると即答で防砂のためのものという答えが返ってきた。

この道路工事をする作業員のためのドライバーもしていたらしく工事のことに詳しいようだった。道路には遮るものが無いので砂漠の砂が風で入ってきてしまう。それりをアレを植えることで地吹雪が食い止められるんだって。

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そんな話をしていたら車をわきに止めてくれた。入っていいというので私はガイドちゃんとふたりで見に行った。思いのほか砂に足を取られながら5メーターくらい砂地に入って歩く。するとワラでできたような束が埋められていた。自然物だ。
北海道の防雪柵のような日本のものは多きめの構造物でそれも金属などでできているので、まさか防砂柵だとは思わなかった。どれだけ道路にかかる砂を食い止められるかわからないけど、自然物というのは好感が持てた。


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さぁ、ブハラまであと3時間くらい。退屈なのでIphoneのパノラマで後部シートからの写真を撮ってみた( ´艸`) 歪んでいるけど。こんな「何にもない」景色が延々と続いていた。

15時半ころに2度目のトイレタイム。
ここもチップは1000スム。

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ここは臭くてお世辞にもきれいとは言えないトイレだった。
オマケに恐怖…な出来事が。
きれいなのが1か所だったので、母が入ったのを待って次に入ろうとしていた。すると視界に大きな何かが動いたので見たら、窓からスズメバチくらいの大きな蜂が入ってきて、びっくりして目で追うと、なんと天井に穴が( ゚Д゚) フチにも蜂がいるじゃないか。なんてこったい!
いやー、そこからは気もそぞろですごい速さで用を足して飛び出したわー。怖かったーっ。

ウズベキスタン旅行記(2日目ブハラに到着)

ようやく砂漠を脱したようで、時々路傍ですいかや瓜が売られているのを見かけた。
ブハラの街に入ってきたのは17時を回っていた。朝9時にヒバを出発したので約8時間、半日かかって移動したことになる。

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ブハラという街はその昔は州都のような場所だったらしい。現在は何個目かの地方都市という位置付け。それでも大都市だった。
街を走ると病院、銀行、ショッピングモールなどどれもかなり巨大な建物を建築中。どうやら景気は上向きのようで、多分数年後には大きく変貌を遂げているんじゃないかな。

あるマンション建設予定地には古い小さなアパートがまだ住む人がいる状態でフェンスで囲まれていた。数年前の北京に行った時も胡同が同じような状況にあったのを見た。
"古き良き"というものが無くなって近代的なマンションが乱立して最後はみんな同じような都市になっていくんだなぁ😅

そして17時過ぎに夕食をとるということで中心部の駐車場に車を止めて「Chayxana Chinar(チャイハナ・チナル)」に移動した。するとこの後は18時からで準備中です、と店員に言われる。ガイドちゃんのいわゆる不手際だとこの時は思った。開店時間くらい確認してよーとか。(帰国してからお店のことを調べていたら営業時間は11時から23時で毎時訪問者がいるようだった。なんで断られたのー?今も疑問…。)
ガイドちゃんは少しオタついて考えたうえで「先にホテルに行きます」ということに。お腹すいていたので残念。また歩いて駐車場まで戻った。

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食べる気満々で玄関の写真を撮った(笑)

母も半日のドライブ、後部座席に揺られてへとへとになっていたので杖をついて歩くのもしんどそうだった。ホテルに行くなら頑張るわーと言いながら歩く。

さて、予定(スケジュールに記載された)していたホテルに到着。「Orient Star Varaxsha(オリエントスター・ブハラ)」だった。玄関先の駐車場からしてすでに立派なホテルで安堵した。昨夜は伝統優先で寒かったしなぁ。
さて、チェックイン。フロント前にはイタリア人のような団体が一足先についたばかりのようだった。私たちも同じくガイドちゃんのチェックイン作業を待ち、いつ言われてもいいようにパスポートを用意して待っていた。

でも待てど暮らせど来ない。すごく待たされてる。

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ここにきてトラブル。
なんとホテルが予約されてない😱てか、ダブルブッキングだったらしくホテル側の問題だとガイドちゃんは説明する。オタオタする彼女はホテルを悪く言うばかり。でも私たちにそれは関係ないわけで、どうするの?と聞くと困った顔で会社に電話。
いや、ここはパパッとトラブル対処してくれた方が客は安心するんだけどなぁと少しの不信感が芽生える。ってか、もうたった2日間で芽生える瞬間は多々あったのでちょっとイラつく(;'∀')

で、どうするのかと思ったら「買い物したいですよね?」と言いながら車を走らせる。ああ、確かにこのホテルの横にはショッピングセンターがくっついていたので、駐車場に入ったときに「どこかスーパーで買い物したいなーと思ってるんだ」とは言っていたけど。そしたらね、連れていかれたのが一軒のお酒屋さん。「ん??なんで?」もはや疑問の嵐。

どうやらブハラに住むドライバーさんが地元で安くお酒を買えるところに連れてきてくれたらしい。うーん、頼んでないんだけどなぁ。でも仕方ないし(悪いので)車を降りてチラ見することに。予想通り、店に入ると店主とドライバーさんが挨拶をしてお喋り。知り合いのお店かよー。

ここで、1本7000スムの缶ビールを3本買って、2本を父のお土産にすることにした。まぁこれはこれでいいか、と。1本はドライバーさんにあげた。「400kmもの運転をねぎらう」という意味があった。今夜はブハラでご家族が待つ家に帰るわけだし。そしたらなんかお礼を言いつつもモジモジしている。ガイドのマーちゃんが彼が何か言うのを通訳してくれた。「お酒飲めないから別のものに変えてもいいですか?」と。

これには言葉もなかった。「失礼しました」という感じ(笑)結局、彼は酒屋にダッシュして同じ価格帯のエナジードリンクのようなものに変えてきた。うーん、うーん・・・。

次のトラブルは食事場所だった。
彼女は食事しましょうという。「会社にホテルを調べてもらってる間に」という言葉が抜けているので「ホテルはどうするの?」という気持ちが残る。ここから以降、旅行中に巻き起こる不信感の嵐はこの一言の説明が足りなくて、客側が「たぶんこうなんだろうな」と想像して行動して、挙句イライラして質問しても「大丈夫大丈夫」と笑うだけ、という対応に起因する。

とりあえずこの2日目の時はまだ2日目だしって気持ちもあって黙っていた。
オマケにこの夕食、着いたのは「なぜか」さっきとは違う店だったし…。

Chinor Kafe(チノール・カフェ)



よりによって二階の席だという。旅行を予約した時からホテルの部屋もすべて1階に手配してくださいと指定したのは母の足が悪いから。それを知っててこの急階段の店。もうウズベキスタン料理にこだわらなくてもいいから平屋の店はないもんなのかしら。母に大丈夫…?と聞くと当然「頑張るよ、仕方ないから」と答える。一階にも客席があるのになんでー?なんか疲れてるせいかなー、イラつくわー…。

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食事は相変わらずの内容。2日目にして同じような内容に飽きてきてるのかも(笑)
食事中も特にホテルの説明は無くて、レストランを出てから「別のホテルにします。いいですか?」といい車に乗った。いいかと聞かれても見ないとわかんないんですけどー(;'∀')

その後ブハラの中心部に行った。駐車場に車を止めて5分くらい歩く。ここは単純に平地を移動するわけではなくて、公園内に車が入れないからホテルの前に車を付けられず、挙句に公園内は階段の上り下りを何度となく繰り返す構造。ドライバーさんが荷物を持ってくれてるとはいえ、母の表情を見るととても辛そうで頑張ってとしか言えない。

ようやくついたのが「Hotel Sultan(ホテル・スルタン)」
ブハラ中心部の池がある大きな公園のわきにある一見大きなホテル。
部屋を見せてもらった。もう言葉がない。これ、もしもオリエントスターに一旦行ってあのホテルのロビーを見てなかったら我慢するかもしれない。でも、古い。古すぎる。

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格段にレベルダウン。高いお金出して旅行にきてこのレベル?と思ってついにクレームを言った。彼女の対応できる内容ではなかったようで、会社の社長に電話するので変わってほしいとのことだった。電話口の社長は男性で流ちょうな日本語がまるで日本人と喋っているようだった。

私の気持ちは理解してもらったようだった。ただ、ブハラは古い町なので最初の予約を失敗したオリエントスターのような欧米タイプの立派なホテルが他に無いのだという。「ただ、最近オープンしたばかりのホテルがあります。わが社のいつも予約するリストに無いところなので行ってみないとわかりません。行って部屋を見ていただけますか」という。

いやもう気持ちと状況をわかっていただければいいし、ブハラの環境もわかりましたのでと伝えて電話を切った。いやー、私がいらつくのはその間のガイドちゃんよ。ドライバーさんと笑ってしゃべってる。オーイ、スマホ返すけど?って感じ(苦笑)

そしてなんとか見つけたホテルへと向かう。もうヘトヘトなんすけどー。まずは一階の部屋を見せてもらうと水道の調子が悪い。新築なのに(;'∀')あとは二階の部屋しかないというので、見に行った。大丈夫そうだ。しゃーないもうここでいい。食事は地階だそうで、たくさんの階段があるって事を脚の悪い母に諦めてもらってここにすることに決めた。

それにしてもツアーに乗っていながらこういう「ホテルが無い」なんてトラブルは、私は今回34回目の海外旅行で初めての経験。ニコニコ笑って仕方ないと頷く日本人はこの際「おいといて」(笑)しっかり意見を伝えて、のむとこは飲んで、ちゃんと解決したら明日からはまた楽しく旅を続ける、それしかないんだよねぇ。

でも正直、母も私も疲れまくった夜にこんなホテル難民になってブチ切れそうだったわ😅😅

EDEM PLAZA
Ulitsa Mustakillik 2, ブハラ ウズベキスタン


びっくりするくらい広い3ベッドルーム。でもバスルームは小さい。無駄な広さに見えてくる(笑)

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もうもう疲れた。心も体も休めなくては。母はシャワーを浴びたけど私はパス。とにかく眠りたい。

ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの朝)

朝の4時半くらいからおなかが痛くて目覚める。それほどひどくはないけどちょっと緩んでる。
5時半にシャワーを浴びる。母も目覚めてた。「昨日はちょっときつかったねー」「今日からまた楽しもう」的な会話。気を取り直すしかない(笑)

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7時半になり朝食に降りる。やっぱり母にはきつい階段…。今日はここにもう一泊。でも明日の朝食はお弁当なので、地階まで降りることはもう無いので頑張るしかないや。かわいそう…。

それでも朝食は品揃えよくて満足いくものだった。

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コーヒーや紅茶もそろっていた。それにしてもお客さんが少ない。私たち以外には一組だけ。しーんとして私たちの声と食器の音しかしない(笑)

そう思っていたら、そのうち若い従業員がきて足りない料理の追加などしていて、彼は自分のスマホを店のスピーカーにつないだ。ここ以降は逆に音楽が大音量(;'∀') 彼は好きでもない曲になるとスマホをいじってスキップする。お客さんもいないし好き放題(笑)

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下の写真は2階のロビー。
一階はわりとシンプルだったけど、ここはなかなかのデコラティブな空間(;'∀')

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10時になり観光に出発するために1階に降りる。フロント横には冷蔵庫があってビールなどが入っていた。フロントでお金払って買うのかなぁ?

今日も良い天気。昨夜は夜についたのでわかんなかったけど、大きな通りの向かい側は2階建ての建物が長くつながっていて、一階はすべていろんな店舗が入っているようだった。たくさんお店はあるようだけど、お客さんでにぎわっているよう風では無いかも。

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さて、お腹が緩いのを心配しながらブハラ観光に出発。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光1)

まずはホテルから車で10分くらいのSamonids Recreation Parkへ。なんて読むのかな。「サーモニーズリクリエーション公園」とでもいうのかな?


駐車場から入ると小さな遊園地があって、土曜日だけど遊んでる家族連れはいなかった。ふと目に留まった「アイツ」(笑)まるで某大国のパクリキャラのようなのがお出迎えしていたよ。

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小さな駄菓子屋さんのようなので子供が買っていた。よくある遊園地の構図。
そのまま少し進むと目指すものが見えてきた。

イスマーイール・サーマーニー廟(Ismoil Somoniy maqbarasi)

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ここにはたくさんの観光客がいた。
ガイドちゃんは「最古のモスク」と言っていたけど、正確には「中央アジアでは最古のイスラム建築」ってことらしい。それにしてもとても良い保存状態。

なんでも、発掘されるまでは砂に埋まっていたおかげで、それまでのモンゴルが襲来してきたときなども見つかることが無かったんだって。もちろん修復はされた結果だけども。

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石で造られた外側からも、私は今まで見たモスクの類の中では初めて見たような石の組み方。タイルによる装飾などは何一つなくてもとても美しい。9世紀ごろ建てられたのだから驚き。

中も美しかった。なんだか見上げれば宇宙を感じさせるような。

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土台の部分はしっかり残っていたというけれど、このハニカムの石畳みは修復で造られたものなんだろうか?これも「安定感」みたいなものがあって美しい。

次に向かったのはBolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)。


ボロハウズと書かれているものもあるけど、まぁ発音の違いだろうねぇ。
そこにはとっても美しい状態の建物があった。ハーンと称される王族専用のモスクとか。
ウズベキスタンにきて「モスク」の印象が変わる。今までの海外で目にした建物のような玉ねぎのような屋根のドームが見えなくて、どれも「四角い」「木造」だったりする。

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20本の柱もとっても美しいし、天井の細工も色とりどり。

中に入ることにができた。お祈り時間と重ならなかったからか、入り口のじゅうたんで靴を脱いではだしになって入ると外とはまた雰囲気の違う女性っぽい美しさのモスクがあった。

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上の写真は縦にパノラマで撮ってみた。
で、下のは入る限りの画角で。色も違えばまるで印象が違うね。

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やっぱりここも修復されたものなんだろうけど、タイルの抜けはけっこうあった。

さて、モスクを出ると目の前には池がある。ガイドちゃんの話では、昔はここで子供たちも泳いだという。でも今は見る限り泳ぐ気には絶対ならないくらい水が濁ってる。

日本でならたぶん真っ先に柵を作るだろうけど(笑)近くに行ったらおっこちそうだ。

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ゆっくりとモスク見学を終えて、次に向かうアルク城はここから目と鼻の先なので歩いていくという。しっかしその足元は工事中でひどかった(;'∀')今後整備されたらどんなにか歩きやすいだろうか、というくらいガタガタ半端なし。杖をつく母にはかなりキツイ路面だった。

スニーカーだけど、黒い靴だった私にとってもここの砂埃には閉口。

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ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光2)

ブハラ観光、続いてはアルク城。


Bolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)から歩いて5分ほど。整備されて普通に歩けたら3分程度かな?横断歩道を渡りアルク城の正門に到着。
ちなみに、横断歩道にはちゃんと信号がついていて青になって渡りさえすれば何にも怖いことなかった。勝手なイメージで信号なんて有ってないようなものかと。そういう国はたくさんあるので(笑)

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正門を入るまでも坂だけど、この写真で見る程度でまだ緩い。
でも、チケットを買って入ってからも坂で、これがかなり急こう配。おそらく昔の人々も荷車を押したりして通っただろうけどなかなかキツかった。これには母も脚の痛みに顔を曇らせる。

城内には土産物店もあった。買い物する気は無し。
日差しの暑さと坂だ階段だで私の足もくたびれてきた。まだ午前中だというのに(;'∀')

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アルク城の城壁全体をグーグルで見るとけっこう広いんだけど、観光客に公開されているのはほんの一部分で、それも再建されてものが博物館となって公開されているので、はっきり言ってあまり見るところはない。

それでも階段や坂とある程度の広さはあるので母は「ここで待ってるから観てきて」ってことになり、私は一人ガイドちゃんに案内してもらうことに。私も足痛かったけど(;'∀')

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ブハラの街を一望できたり、城壁の上から正門前のレギスタン広場を見下ろしたり、暑いわーといいつつもなんとか頑張った(笑)

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私たちを待って日陰にいる母を激写( ´艸`)

さて、アルク城の見学を終えた私たちはレギスタン広場からカラーンモスクまで行く。疲れている私たちに「ここから5分歩きますが大丈夫ですか?」とガイドちゃんが言う。いや、大丈夫も何も歩かなきゃならないんでしょう?「車は来ないんだ?」と聞くと来ないという。

5分なら頑張るかと思ったそこにカートが何台か並んでいて、観光客を乗せている。どうやらカラーンモスクまでピストン輸送しているようだった。もちろん有料。

母も辛そうだけど私もへとへと。ガイドちゃんに乗りたいと伝える。有料でもいいから交渉してくださいとお願いする。3人で9,000スムだった。3人で100円程度なら「絶対に乗る!」(笑)

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後で測ってみたら650mの距離だった。いやー、この二人じゃ5分で着くわけないわ。ってか、Googleでも9分って出てるじゃん。カートに乗ってでさえ3分くらいかかったんだもん。乗って正解。助かったーっ。

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ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光3)

アルク城に続いては、カラーン・モスク Kalan Mosque(Poi Kalyan) 。


カートから降り立ったその場所に、それはそれは大きな建物が二つ。そして真ん中にミナレットがひとつ。向かって左側は現在も神学校として使われている建物。そして右がカラーン・モスク。

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それにしてもパノラマで撮ってもやっぱり迫力は伝わらないなぁー。

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広場で説明を受けていた時、2歳くらいの子供が突然近寄ってきて、ひとしきり私たちの周りをウロチョロ。母の杖がどうにも気になったようでつかんで離さず、近くにいた私のお尻にあったかい顔をムギューっと体当たりしてくる。

一緒にいたパパも笑いながら眺めてて、「さすがにそろそろやめようね」って感じに手をつなごうとする。それをふりはらう、の繰り返し(笑)しばしほのぼのタイムだった( ´艸`)

さて、中を見学。
タイル装飾が美しい。

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中には「中庭」(笑)これまたドーンと広い。

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やっぱり青いタイルが目を引く。

↓暑さと歩き疲れた母をまた置いて私とガイドちゃんで奥まで。
戻ったらスマホで写真撮ってた(笑)

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次は広場を渡り、向かい側の美しい神学校へ。
現在も現役の学校として機能しているので網越しでのぞくだけ。

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そういえば、ここで現地の男性と写真を撮った。家族で観光に来ていた現地人のようで、ガイドちゃんに話しかけてきた。「写真を撮ってほしいそうです」とガイドちゃん。いいよ、カメラ貸してと言ったら「いえ一緒に」という。「・・・え?私と?」

わけが分からない(笑)ガイドちゃんによるとウズベキスタンの人は「外国人」が珍しいので一緒に撮りたいんだそうだ。そんなことある?断る理由もないので撮ったけどさ(笑)けど、パリのジプシーの子供たちがスリだったりするので、海外で近づいてくる人にはわりと「警戒心」でかかってるのよ。一緒に写真撮るなんてなんか裏があるんじゃなかろうかと思ってしまうし、隣に来たら思わずバッグを逆サイドに持ってしまうという猜疑心の塊( ´艸`)

結局にっこり笑って写真におさまったわけだけどもw

そんなこんなで母と合流しここの観光も終わり、「お昼にしませんか」という。けど店は決まっていないようだった。なんだか嫌な予感。歩き疲れているし暑すぎるし本来ならもっと早く一服したかった。

ガイドちゃんが「この先にあるらしいです。どうですか」というので「行ってみて決めよう」と提案。んで行ってみたらちゃんとはしていたんだけど、やっぱり1階席が無い。母はもう辛い状態なのでできれば2階は厳しい。それでも「ほかに食べるところが無いんです」というので、うそでしょーと思いながらも仕方なく2階へ。

Chasmai-Mirob Restaurant



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店内がひどく暑い。南向きなので日当たりがいい上に風通しがよくなくて、エアコンが設置されていてもOFF。ガイドちゃんが店の人が来るのを待ってる風なので、私も母も少し苛立ってしまった。ちゃっちゃとエアコンのこと聞いてきてほしい…。こんな暑い中では食事ものどを通らないじゃん。

ようやく店の人が来たので話してみるとエアコンは効かないらしい。で、3階のテラス席なら風が吹いていると。見ると螺旋階段の上にテラスがあるようだ。でもどう考えても母にはこれ以上無理。それはガイドちゃんにもわかるだろうと思っていたけど「上の席がどうですか?」というばかり。

もうパリンッと何かが割れた(笑)「だめだ、このガイドちゃんでは時間が無駄に過ぎるだけで疲れる一方だ。こんだけ判断力がないなら団体ツアーじゃないんだし、こっちから意見しよう。」と決めた。大学生のアルバイトとはいえ将来は観光業に就きたいと言っていた。けど…海外旅行でこんな判断と決断ができないガイドさんは初めて会った。

「この店はやめよう。観光地なんだし別の食事できる店が無いわけないでしょ。もういいよ、次行こう。出ましょ」と彼女を促し店を後にした。

決してこの店が悪いわけではない。私たちの旅には合わなかっただけ。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光4)

次の観光はこの周辺だというので、店を出てからは観光しながら入れそうな店を探しつつ歩くことを提案した。母もその方がいいということで納得して出発。

店から150mくらいのところにあるToqi Zargaronを歩いて抜ける。
ちなみに、すでにピラウのお店などキョロキョロしたら食事の店やカフェが目に入る。
なんでさっきここしかないって言ったんだろう?少しまた不信感(笑)
旅行会社が提携している店じゃないとダメってことでもない様子だったのに。
まぁいいや、とりあえずスルーして歩く(;´∀`)

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昔からある市場だそうで今はお土産店がずらり。

バザールを抜けたところにあった刃物屋さんに入ってみた。
ガイドブックで見ていた「コウノトリのハサミ」を見つけたので買った♪

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店員さんがいろんなサイズを見せてくれたり、薄いステンレスのような金属板を切ったりして説明していた。私も切らせてもらった。すっごくよく切れる。だけどわりと高いので大きいのはやめて、小さい糸切鋏くらいのものに決めた。
15ドルと言われたんだけど、なんとか少しだけ値切って13ドルにしてもらった。
名前を入れてくれるというのでメモに書いて彫ってもらった。
自分土産にいいもの買えてよかったなー。としばし足が痛いのも忘れる( ´艸`)

店を出てすぐに横にMadrasa Mirzo UlughbegというモスクとAbdulaziz Khan Madrassahという神学校があった。「見るべき」なのはわかっていたけれど、同じ感じのモスクと神学校だったので、正面からの外観だけで勘弁してもらって…。

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その広場にカフェを見つけた。もう完全に食事もできるカフェじゃん。
ここでも良い?とガイドちゃんに聞いてOKだったので入ることにした。平屋だし日影もあるしいい感じじゃないのー。なんでさっき「ここしかない」って言ったんだろ、としょうもなくまた考えてしまった(笑)

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もうなんとなくわかってきたぞ。予算がある中でガイドちゃんが食べるものをオーダーしているわけで、好きなものを食べていいわけだ。団体ツアーのようにあてがいっぷちじゃないなら、バカみたいに高いものじゃなければ自分で注文したくなってきた。

このカフェでは「普通の」ものを食べたいと言った。メニューの写真を見たら特にウズベキスタンぽいものといえばケバブ(串焼き)しかない。ならば、ってことでケバブとピザとポテトフライを注文した。このメニューなら彼女が会社から出る「予算」には軽くオツリが出ることだろうし(笑)

私と母の頼んだ飲み物のアイスティーは33,000スム。ひとり200円弱。

お客さんは少なかった。家族経営なのかおじさん一人が調理していて座席数のわりに手が回っていないようだ(´;ω;`) ものすごい時間を待っても出てこなくてフライドポテトをキャンセル。ガイドちゃんが言い出さないので、これも私が言ったんだけどー。…。結局店を出たのは14時30分。ゆっくり時間が取れたのので(ほぼイヤミ)足がだいぶ回復。
ってか、こで回復してもあと少しでホテルに戻るのに(笑)

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ここから土産物店が連なっている通りを歩いてタキ・テルパクフルシャン(Toqi Telpak Furushon)へ。いろんなものが売ってて楽しい。若いころならどんどん買っちゃっていただろうけど、50も過ぎると荷物が重くなるとか、帰っても結局飾るところに困るとかノリで買ったらインテリアに合わないとか・・・いろんなことを思って衝動買いができなくなってきた(;´∀`)

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バザールの中のあるお店で父に「ウズベキスタンTシャツ」を買うことに。
父へのお土産はこれだけかなー(笑)

タキを出た後はホテルアジアブハラの横を通り、駐車場で車の迎えを持つ。あら、ここは昨夜ブーイングのサヴォイホテルがある公園じゃないか。ブハラの観光名所はわりとコンパクトに集結しているようだった。

ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの午後)

ホテルまで送り届けてもらったのが15時ころ。ロビーまでも送ってくれそうだったけど、「水買ってくるから」と断って周辺をぶらつきに出た。「あの人たち、あんなに足痛いって言ってたのに」とガイドちゃんは思ったかもしれない(笑)

ほんといって痛くないわけじゃなかった。でもさ、入国してからここまでずっとずーーーーっとガイドちゃんが一緒。今までの海外旅行での食事は客とガイドさんは別の席だったことが多い。「ゆっくり食べてくださいねー。困ったことがあったら呼んでくださいねー」という感じ。

ところが、よ。この国ではガイドちゃんは一緒にご飯を食べる。彼女はSNSをやってるんだけど(どの国も同じだね)、私にスマホを渡して撮ってくれとポーズをとるのから始まり、食事中も自身のインスタをのぞいたりしてる。もはやガイドちゃん食傷気味( ´艸`)

この時は夕食までの少ないフリータイムに解放されたかったのよ。ってことで少しホテルから歩くと商店があった。思わず写真撮りました、ハイ。「SEVEN」。色から何からセブンイレブンに…似てない?

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中に入ると雑多に商品が大量に置かれている商店で、キャンディーなどの量り売りがあったり駄菓子屋さんみたいな。冷蔵庫から1リットル(1.5リットルかな?)の水を持ってレジに行って「いくらですか?」と聞くと4,000スムだと答えてくれたので買ってきた。帰り道ふと考えた。「500の缶ビールが一本7,000スムと考えるとちょっと高くないかなぁ?」
けど、比較で考えないとすれば50円弱だから金額としては納得。

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さて、30分くらい休んだころだったか、今朝まで使えていた洗面台の水が壊れてて出ない事件。

うそでしょー。疲れてるのにー。仕方ないので階下に降りてフロントさんに伝えに行った。英語をほとんど話せない私は得意の絵を見せて、ほぼ日本語でこう言った。

「アハァン(意味無し)、バスルーム、シャワー、ウォーター、ザーザー」
「バット、せんめんだい、ピチョンピチョン」

はい、これで通じました(笑)

ったく、私ってば高校出てるよね?(;'∀') フロントマンが部屋に来て水道をチェックすると、「部屋を移って貰えないか」と言うので(ヒアリングはまぁまぁできる)別の部屋を見に行った。いったい何部屋空いてるんだ?結局同じ階の部屋に変わった。少ししてからお詫びにとフルーツの盛り合わせをくれた!食べきれないほどの量!

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結局食べきれないし腐ったらもったいないので、母がフロントマンに渡しに行った。お礼をしっかり言ったら理解してくれたらしい。戻った母、もうほとほと疲れて寝てしまった(笑)

18時。だいぶゆっくりできて夜の中心部へ。夕食だ。

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ブハラの中心にあるDivan-Beghi(ディヴァンバギ)という池を中心とした公園のような場所。
ここで絶対見るべしなのはナディール・ディヴァンバギ・メドレセ(Nadir Divan-Begi Madrasah)。


イスラム教にしては珍しく鳳凰や太陽などが描かれてるの。偶像崇拝はしないのがイスラム教だというくらいはほとんどの人が知ってるよね。でもここには描かれてる。なんでだろう?ガイドちゃんからは説明得られず。後で調べてみよう( ´艸`)

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夕暮れてきて、いい感じの雰囲気。そんな中でウエディングビデオを撮ってる。こないだのイチャンカラでもこういう人たちを見た。流行ってるのかなぁ?

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さぁ、夕食。ここでも予約トラブル。さっきのナディール・ディヴァンバギ・メドレセという神学校は民族舞踊を見ながらの食事があるんだって。それを19時半からで予約しているという。

待ってよー、今18時を過ぎたばかり。19時半ならもっとホテル出発が遅くても良かったわけだし、それよりも翌朝の出発が早いために3時に起きる予定。それはもともと決まったスケジュールだったのにそんな遅い時間に晩御飯・・・。このたった3日間でもう忖度と我慢をしないことに決めたので「遅すぎる。別のところで晩御飯にしませんか?」とガイドちゃんに伝える( ´艸`)

彼女としては会社に「連れていくべき場所」のリストを渡されているんだろう。それはもう汲んだうえで悪いけどわがままを言わせてくれ、と頼んだわけだ。彼女は困っていた。どうしよう、どこがいいでしょうか・・・と悩んでいたのでまたまた疑問が。「なんで?そこにレストランあるじゃん?そこはダメなの?」と聞くと「そこでいいんですか?」という。

どうやら民族衣装のショーも無いわけで「普通の」レストランでいいのか?ってことらしい。
まったく問題ないじゃんねぇ?何が問題なのか私たちにはよくわかんなかったけど。
で、入ったのは公園内の池のほとりにあるチャイハナ。

リャビ・ハウズ RESTAURANT Lyabi Hauz


ほとんどが地元の方で、欧米人の観光客もちらほら、くらい。
正直言うとお腹があまり空いてなかった。さっきのフルーツ盛りのせいもあって(笑)
サラダとメインは羊肉を「茹でたもの」。これはガイドちゃんが言っていた。来てみたら蒸したのかなー?という感じの料理。やわらかかったけど骨付きだったので食べづらかった(;´∀`)

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それでも箸が進まなくて残し気味。料理が出てくるのが遅いこともあってもう入らなくなってきたー。でもここでガイドちゃんがアイスでも食べませんか?という。ちょっと目からうろこ。ここで?この寒い中で?アイス?

ところが待ってる間見ていたらいろんなテーブルで注文されていた。ウズの人は当たり前なのかなぁ?来てみたらビックリ4玉も乗ってきたー。寒い。でも別腹おいしい。寒い(笑)
それにしてもガイドちゃん。なぜ突然アイスをすすめた?たぶん予定していたショーレストランよりはるかに安く上がったんじゃないかな。だからアイスくらい食べてもオツリきまくりなんだろう、なんてね。

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20時半。ホテルに戻ってすぐに寝る支度。3時に起きるとしたら・・・まずーい!

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドへ電車移動)

4日目の今日はブハラからサマルカンドに移動。早朝2時に目覚めてしまった。3時まで寝ていても間に合ったらしいけどもそもそと支度し始めた。

ブハラ郊外の鉄道駅から4:55発。まだ月も星も出ている。フリースを着ていても寒い。

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列車は旅行前にネットで調べていたものと同じだった。チケットはエコノミーの指定席。定刻に出発した。むむむ。進行方向に逆向きの座席だ。日本の特急をイメージして向きを回せないか試してみた。近くに座ったおにいさんが「これは変えられないよ」と教えてくれる。どうやら車両半分半分で向かい合わせなのは固定のようだった。残念💧乗り物に弱いので、北海道でも移動は絶対に自分が運転する自動車なワタシ。どうか酔いませんように。シートは硬いけどそれなりに設備は整っている。

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出発前にホテルで貰ったランチボックスをいただく。
ぜいたくは言えないけど・・・もちろん全部冷たくてパンも硬くてほとんど食べられなかった😅

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モニターに移動経路の表示もあった。↑
眠ってしまった。乗務員に声をかけられた。切符を返してくれていた。あれ?どこで渡したっけ…?

6:27 サマルカンド着。朝焼けがきれいなホームが印象的。今日も暑くなるのかな。

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サマルカンド駅。

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ドライバーさんはウズベク人のおじいちゃん。なんとなく頼りない。けど私はもう鍛えられた。この第一印象が外れることなくこのサマルカンドでまたトラブルが起きたのはこのおじいちゃんが原因となるのを、この時の私はまだ知らない( ´艸`)

さて出発。サマルカンドには路面電車が走ってるようだ。


それにしても寒い。砂漠気候とでもいおうか、朝晩はとても冷えて日中暑い。街路樹は紅葉しかけているけど、日中はまだ秋という感じではないかも。私が北海道人だからかな?

6:40頃にホテルに到着。

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ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

到着したホテルの外観はネットで調べていた通りだったので到着したことはすぐにわかったんだ。ガイドちゃんが「チェックインしてきまーす」と車を降りていったきりなかなか戻ってこない。挙句にホテルの従業員らしい人が首をかしげながらうろついている。
「また予約されてないなんてことないよね」と車内で母と話す。「やめてよー、冗談にもならない」とか喋っていると戻ってきた。「確認してます。」とガイドちゃん。

少し待ったあと「どうぞー。あー良かった。」と降車を促すので二人で車を降りた。降りてみてやっと気づいた。私は片側しか見てなかったんにだけど、道路を挟んだ反対側に「B棟」があるじゃないの。まるで鏡に映したように同じデザインだった。で、ガイドちゃんが入って行ったA棟には予約が無くて、確認したらB棟で受けていた、とまぁそういう顛末だったらしい。(;´∀`)ハァ・・・


コンパクトなホテルだった。ロビーも何もかもこじんまりと。
でもアットホームな雰囲気はよかった。

とりあえず早朝到着なので荷物を預かってもらい観光に出るまではホテルの朝食コーナーを利用しても良いということだった。フロントのわきにあるかごの中には宿泊者専用のWi-fiのパスワードを書いた小さな紙がたくさん入っていたので、私の分と母の分をもらった。

ガイドちゃんがフロントでいろいろやってる間に、私と母はレストランの向かい合わせになるようにテーブルに座った。てっきり二人だと思っていたから。

私が飲み物を取りに行ってる間にガイドちゃんが私が座るはずだった席に座っている。もう食傷気味になってるガイドちゃんに「またここに居るの?ロビーで待てば?」と秘かに思ってしまった。心が狭いと思われるだろう。そう、もうこの旅行で私は終わりに向けてどんどん心が狭くなっていくのだよ(笑)

戻った私に母が「これくださいって言ったからあげたからね」という。何かと思えばさっきフロントで母の分もと思って持ってきたWi-Fiのパスワードよ。ガイドちゃんはここに泊まらないから本来なら使えないので客からもらってフリーWi-Fiを利用するというわけ。いやいや、まてまて。じゃ、私がまたもうひとつパスワードもらってこなきゃなんないんじゃん。客にそれさせるわけー?とどんどん心が荒んでいく(笑)

彼女はそんな私のモヤモヤも知らず、そのままそこに座って自分のSNSをUPしてる。そして「コレコレ、見てください」とポーズをとった自分の写真を見せてくる。友達じゃねーんだよぉぉぉ

もうブチ切れていいですか_| ̄|○

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ホテルの中庭。素敵です。
ってか、こんな写真でも撮って自分を癒してみますww

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光1)

サマルカンド観光に出発。

まずはグーリ・アミール廟(Go'r Amir Maqbarasi)へ。




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門の彫刻がとっても美しかった。

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朝から母の足の調子が悪くて母はここのベンチで待っていて、私はガイドちゃんと二人で中を見学に行った。

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霊廟なので棺がいくつか置いてある。ここで少し説明を受けていると、対面のベンチに座った男性がコーランを暗唱し始めた。みんな黙ってお祈りに参加。私もガイドちゃんに言われて真似た。郷に入ればかもしれないけど信仰していない人間が真似るってのちょっと抵抗があった。ただ黙って騒がずにいればよくないんだろうか、こういう時。



↑ちょっと長いけど雰囲気は伝わるかな?
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ここの建築物は美しい細工が多かった。ヒバ、ブハラから見ると装飾が多いような気がする。

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移動して次に向かったのはウルグ・ベク天文台(Ulugʻbek rasadxonasi)。


まずは観光の前にガイドちゃんおすすめのパン売りのおばさんのところに行った。サマルカンドのパンは「大きくて有名なんですよ」とのこと。

行ってみると確かに大きい。下の写真左側のボタンのような形のが、いわゆるサマルカンドならではのものらしい。けど、ガイドちゃんはその右側のパンをすすめてる。確かにいいにおいがするし見るからにおいしそう!ひとつだけ買って分けて食べてみた。

できたてをくるんで持ってきてるようで、とっても温かい。パイのようなデニッシュのようなクロワッサンのような…。そうだな、クロワッサンみたい、というのが一番近いかもしれない。塩味もありつつ小麦粉の甘さもある。

ひとつ7,000スム(約80円くらい)

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団体ツアーの人も集合時間に余裕があったら見てみたらどうでしょう。おすすめです。
(荷物にはなりますが)


さて、食べきれないパンを持ったまま天文台観光へ。
Wikipediaによれば↓
ウルグ・ベク天文台 (英語: Ulugh Beg Observatory) はウズベキスタンのサマルカンドにある天文台である。ウルグ・ベク天文台はティムール朝の君主であり、天文学者でもあったウルグ・ベクにより1420年代に建設され、中世イスラム世界において有数の天文台とされている[1]。ウルグ・ベク天文台にはジャムシード・カーシーやアリー・クシュズィー(英語版)、そしてウルグ・ベク本人といった、中世イスラム世界の有名な天文学者が多数勤務していた。ウルグ・ベク天文台はウルグ・ベクの死後1449年に大部分が破壊され、約450年後の1908年に地下部分が発見されることとなった。

ということで、地下部分と道具のいくつかと功績を展示している。
入り口は公園らしく階段がひろーく続いている。もちろん母はグロッキー。

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こちらは博物館。
建物自体は1970年と新しい。それでもやっぱりこのデザインにするんだね。

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説明は読んで理解できないのは英語すら理解できないからだろうけど(;´∀`)でも天文学ってのがそもそもあまり理解できないワタシ。

ただ、とにかくウルグ・ベクという人(同時代に共同研究した天文学者たち)の功績がものすごいということは分かった。近年利用されているデータの基になっているらしい。1年が何時間とかだって。

博物館を出て向かい側にある天文台地下部分の破壊されずに残った部分を見学。
こういう設備を使って天体観測していたんだって。

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館内はとても狭くて観光客がたくさんいたのでちょっと押し合いへし合い写真を撮った。
人ごみにうんざりして外に出た。公園はきれいに整備されていて薔薇が咲いてたりベンチがあったりでまだ気温も上がってないし気持ちよかった。
んで、パンの残りをつまんでベンチで少し休む。

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ここは中心部からかなり離れた場所にある。レギスタン広場から直線距離でも2kmで、車だと5kmくらいある。ツアーでもないと行くの大変かも。

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光2)

天文台の次はシャーヒ・ズィンダ廟群(Shohizinda)。


でもね、ここは私だけが入り口からの見学。
なぜならば…山寺のような階段があって、母は遠景を見ただけで「私は無理」という。私も正直言って登りたくなくてゴメンナサイした。でもせめて入り口からだけでも見ようかということで。

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気が萎えるでしょ。これ( ´艸`)
これが見えるとこ以上に続いてるんだって。何しろお墓""だからね。

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ここからは少し渋滞しつつグルグル走ったようだった。
次についたのはシヨブ・バザール(Siyob Bazaar)


車を入れたのはビビハニムモスク裏手にある駐車場。

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私たちが見学したのは、市場の一番南側の建物を西から東に抜けただけ。
だけどとっても広くて北側の建物などを全部見たらものすごく時間がかかりそう。

どこの国に行っても市場に連れて行ってもらう。マルシェ、バザール、メルカートなど呼び名はいろいろあるけれど、たとえ生鮮食料品は買えなくてもなんだかとってもワクワクするもんだ。

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父から頼まれていた物があった。それはレーズン。ウズベキスタンはレーズンが有名なんだって。旅の初めからガイドちゃんにお願いしていたら「レーズンはサマルカンドが一大生産地なのでそこに行ってからにしましょう」と言っていた。

野菜やお米、スパイスと分類わけされた売り場を過ぎたらやっとその「乾物系」がきた。どこの店も価格は大して変わらなかった。この店で買ったのはおばちゃんが呼び込みしてくれたから( ´艸`)

レーズンとアーモンドを買った。私はレーズンが苦手なので買わずに見ていたらアーモンドの試食をくれて食べてみるとカリカリでめっちゃ美味しい!そして殻付き。殻付きのアーモンドなんて初めてだったので、めずらしいなーと友達にお土産にすることにした。
全部で何キロ買ったのかなぁ。ここでも当然日本円もクレジットカードも使えない。35ドルも買ってしまった(笑)安くもないような…?

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上の写真はの黄色いのは砂糖の塊だそうだ。キャンディ売り場に売られていた。
で、出口(といっても入ってきたのが裏手なので正面近く)に近くなってくるとお菓子売り場だった。ヌガーみたいなものやなんだかわかんないけどモフモフした甘いものなどがあって試食させてもらった。そのなかで写真は撮らなかったけど、ヒマワリの種を香ばしくしたものにカラメルのように物でコーティングして固めたお菓子を買った。食べたらおいしいと感じたんだけど、後から思えば日本にも似たようなお菓子があるなー。カラメルナッツのような雷おこしみたいな?それが8粒くらい入って8,000スム。まぁ、これもあまり安くはないかも。

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市場は基本的に安いと思っているんだけど、わりと「土産物系」は高いように感じた。
さぁ、市場を見終わった。なかなか疲れた。それにまだ観光があるというのにキロ単位の買い物をしてしまったのがこの後なかなか負荷になった( ノД`)シクシク…

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見学を30分で終えて正門に出た。
次の観光地はすぐ隣のビビハニム・モスク。
ハイ、またモスクですけど、なにか(笑)

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光3)

バザールの正門からすぐのところにあるビビハニム・モスク(Bibi-Khanum Mosque)まで歩く。



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まさかこんなにすぐにあるとは。
観光客もたくさんいた。

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また、モスクかぁ、と思ってしまった。このモスクはもともとは1400年くらいに建て始められたものではあるんだけど、地震で崩れたり廃墟になってしまったりと廃れていたものを近代になって再建されたものだというし。現状ドームの上に草が生えていたりとあまり注力されてるような気もしない。

いや、こう考えると京都の清水寺とか建立後の「維持」のされ方はちゃんとしているんだなぁと思える。タイルと同じく瓦とかだって放っておけば草だって生えてくるはずだもんなー。

モスク前では土笛や飾り皿を売っていた。

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入国するのにビザが不要になってからまだ日は浅くて、ウズベキスタンはまだ観光国としては駆け出しなわけだけども、もっとモスク以外にもウリがあるんじゃないかなぁ、とか思った。ツアー中観光時間はほぼモスクで自由時間もなかったので、何があるかはわかんないけど(;´∀`)エヘヘ

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そのくらい「再建されたのが近代」のモスクが多くてそれらはきれいで当たり前だったりして、もっとこう「古いのに保存状態がいい」とか「古いまま」とかでもいいような気さえしてくる。

さて、ここはわりとサックリと観て終わった。短い時間とはいえ、朝からの移動でそろそろ足も疲れてきたのと、私の場合ちょっとお腹が痛くなってきていてトイレに行きたくなっていた。

バザールとモスクの間にカートの乗り場があったことに気づいてた。なんとなく「これがあるってことは歩くとこなのかな」と想像もしていた。でもガイドちゃんはビビハニムモスクを出ても「乗りますか?」と聞いてくれる様子はない。「ということは近いんだろうな」と考えた。

ビビハニムモスクあたりからまっすぐに道路が延びている。「向こうです」と促されて歩き始める。数メートル歩く間にもカートが行ったり来たり。これ以上歩いてくとカート乗り場から遠ざかってしまう、と思ってついに聞いてしまった。「近いの?大丈夫かな。カートに乗るほどじゃなくて?みんな乗ってるようだけど?」と。

ガイドちゃんはここまっすぐですぐですよ。というのでそのままついていった。ここでどのくらいか教えてくれたらアルク城の時のように乗ったのに…。

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15分くらい歩いたころ。私のお腹はほんと怪しくなってきた。トイレに行きたいというと「そこに銀行があるので行きましょう」という。スタートのモスクから500mくらい。たった500mと思われるかもしれないけど、杖をついた母とトイレに行きたい私にとっては暑いしギリギリだったので、喜んで銀行の中へ。

しかーし、警備員にガイドちゃんが話して入ったのは、銀行の中ではなくて別棟のトイレだった。「どうぞ」といわれてドアを開けて驚愕。今の日本には見ることはできなくなったボットントイレ。そして色、臭い、すべてが許容範囲外。開けて瞬間悩んで、でもとてもじゃないけど無理だったので「ごめんね、無理だわ」と断ってしまった。

トイレには入りたいし、探してくれたガイドちゃんに悪いし、だけど…と気持ちがグルグルでいい気持ではなかった(;´∀`) 「この後どうするの?」と聞くと「レギスタン広場の観光がある」という。後で調べたんだけど、ここからあと300mも頑張れば広場の端っこに着いたらしかった。だけどこの時は耐えられなくて母とこっそり話して決めた。

「レギスタン広場は夜も行くでしょ?」「ならさ、お昼ご飯にしよう。夜のライトアップの時に案内してもらえばいいよ」「今レストランに行ったらトイレも行けるしすべてOKなんだよね」

伝えるとガイドちゃんは少し不満げだった。会社に決められたスケジュールを変えられるのは困るってことだったのかもしれない。せいぜい「あそこなんですよ」と広場の端だという方向を指さした。ラスベガスでもそうだけどいろんなものが大きすぎると距離感はおかしくなる(笑) その極みがモスクからここまでの距離だった。この700mの距離はカートに乗りたかったよー( ;∀;)

ドライバーさんを呼んでくれない?どこにいるの?というと駐車場があるからそこに行きますといって向かった。わりと近いところに駐車場があった。もう足がいたーい。おなかもいたーい。


ところがよ。ここからが事件だった。ガイドちゃんが電話してもドライバーさんがつかまらない。10分の待っても電話が通じないという。そのうちに、ガイドちゃんが駐車場にたまっていた複数のドラバーたちとに話し始めた。何をしゃべってるのかわかんないけど談笑している場合じゃないことはわかるだろうに。…イライラしてきた。彼女に言った。「あのさ、こうして10分も暑い中にいるのも疲れるし、ドライバーさんが電話に出ないなら仕方ないからタクシーでレストランに行こうよ。ドライバーさんには連絡し続けて連絡ついたらレストランに迎えに来てもらわない?」

そういうと「そうですね。そうしますか。じゃあタクシー探さないと」とまた男性たちの中に戻る。二人にされた私と母がキョロキョロしている間にも数台のタクシーが流しているのが見えた。なにやってんの?なんであそこに戻るの?なんで笑ってしゃべってんの?

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彼女が戻ってきた。「今、喋っていたうちの一人が乗せていってくれるらしいです」
数分待ってて来た車は普通のセダンだった。タクシーじゃないの?どーゆーこと?もう疑問の嵐。促されて車に乗った。ガイドちゃんが乗れというなら大丈夫なんだろう、と。車に乗り込むと音楽を大きな音量でかけて助手席に乗り込んだガイドちゃんとドライバーが笑ってしゃべる。もう説明が足りなさすぎることにイライラマックスな私。イライラを抑えつつ知り合いなのかと聞くと、「びっくりなんですけど、偶然同郷だったんです。年も近くて」みたいなことを言う。大きな音楽の中で若い二人のドライブデートにつきあってるみたいな状況(笑)

町の中だと聞かされていたレストランになかなか着かない。どんどん車は郊外に走る。「どこいくの?レストランじゃないの?」と聞くと「このドライバーさんに聞いたら予定していた店より美味しいお店を知ってるからと言うので」という。
帰国後なんとかGPS値から調べてみた。店は「Nomdor choyxona」。乗ったところから3kmくらいだった。とっても長く感じたけど。


結局ガイドちゃんはこのドライバーに丸め込まれたわけだ。案の定ドライバーは店の人と握手して喋って帰っていった。ドライバーはこの店の知り合いで「客を運んできた」んだ。私たちを下ろしたら行ってしまった。

いろんなモヤモヤを抱えながらもとりあえずトイレに行くことに。それが肝心。店の人が外を指し出ると離れたところに扉があって、開けると…絶句。さっきの銀行の方がまだマシだった。鼻につく臭いと見た目に茶色い状態。潔癖なわけではないけどどうもこうもないくらい。ガイドちゃんが「どうです?」と聞く。「・・・マーちゃん、悪いけどまじで無理。これはもう…」というと母と二人で私が見ている光景をのぞきこんで、そして理解したようだった。

我慢の限界す。いろんなことに。

だめだ、こりゃ。マーちゃんはガイド初心者と思うしかない。だけど自分と母の旅行をちゃんと満足いく終わらせ方をしたい。と思って気合い入れてマーちゃんに話し始めた。

もともと会社で予定していたレストランがある中心部に戻る努力をすること。その間にもドライバーさんに連絡を取り続けて食後ピックアップしてもらうこと。これを実行して、と。

彼女は「すみません。わかりました」と店の人にタクシーを呼べないか聞きはじめた。店には悪いけどトイレがあーならもはやここで食べる義理が無かった。一刻も早くきれいなトイレに入りたい。

サマルカンド空港と中心部を結ぶ幹線沿いではあるものの流してる車なんてない。なかなかタクシーはいない。ふと見ると食事中の客にタクシーがいた。その人に頼めるかもってことになったころにドライバーさんに電話がつながったので待つことになった。

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彼が来るまでの間にガイドちゃんとサシで話した。

まず説明が足りないこと。客が忖度したり想像したりする前に現状と相談と報告があったほうが良い。私たちは旅の始まりからずっとそれを感じていて、いつも「たぶんマーちゃんはこういう方向で考えてるんだろうね」と想像して行動していた。今まで30回以上海外に行っていて、こんな旅行は初めてだった。これから日本人観光客はますます増える。その過渡期においてこれから旅行業に就きたいと考えるならもっと考え直さないといけないだろうと。マーちゃんは人間としては悪くない。明るいし、フットワークは軽いし。ウズベキスタン人が日本人と違う。それを踏まえたうえでもビジネスとして捉えたら足りなさすぎる。

もはや私は怒ってはいなかった。この子はいい子だけど仕事として考えたらクレームだらけだ。けど、我慢して日本に帰国してから「過ぎたこと」として代理店にクレームを入れるのは違うと思った。現地の問題は現地で解決しないと、現状がわからない日本の代理店から「よろしくない現地オペレーター」というレッテルを貼られる方がよっぽど良くないと思う。現地でしっかりクレームするところをして改善してもらえば日本帰って言うことはないし、実際今回私は帰国してから日本の代理店にこの件に関するクレームはしなかった。ざっと対応してもらったことは伝えたけれど。

彼女はちゃんと聞いていた「風」だった( ´艸`) 若いから「この客サイアク」と思って聞いていたかもしれないけど、それでもちゃんと聞くだけ聞いていたのでもう良しとすることにした。

ダラダラとした結論・判断待ちってのが私はキライなのだ。真剣に考えて出す答えなら待つけど、今回のようにどーしましょーとダラダラするのが嫌(笑) たぶんせっかちと思われただろうなぁ・・・(;´∀`)

ともあれ、待ちに待っていたらドライバーさんが登場した。車に乗り込むと母が置いておいたカーディガンが足元に落ちて、それに泥がついていた。母の顔が歪むのを感じた。ガイドちゃんは車の中で彼に怒ったらしい。ウズベク語が分からないワタシでも、ドライバーさんが「イイワケ」しているのが分かった。ベラベラと喋るドライバーさんに私は日本語で言った。「イイワケなんてどうでもいいけど、母のカーディガンが汚れて落ちていたんだけど」と強めに言った。ようやくドラバーさんが黙った。たぶん「客が怒ってる」ことは伝わったようだった。

その後は助手席のガイドちゃんと何か会話していた。もう私も言うことはなかったので黙って乗っていた。なんか気分が良くないもんだな。ウズベキスタンの民族性が私なりにわかった気がした。けっこう「緩い」のかもしれないな。

なんだかトイレが私の中から遠ざかっていたんだけど、とある場所でトイレに行かせてくれた。それはあの石段にビビッて入らなかったシャーヒ・ズィンダ廟群の駐車場わきにあるトイレだった。
ここもチップが必要なんだけど、なんでかガイドちゃんが払ってくれた。とてもキレイなトイレでほっと一息つくことができた。ようやくお昼ご飯のレストランへ向かう。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドの昼食・夕食)

あまりいい気分ではないままにレギスタン広場近くのレストランに到着。
でも!サマルカンド名物の「プロフ」を食べるのだし、気を取り直していこう( ´艸`)

Labi G'or


ここは大観光地でもあるレギスタン広場の目の前。
観光客が絶対に入る店だろうなぁ。私はガイドちゃんに連れて行ってもらったわけだから価格とかわかんないけど、次に自分で行くかと聞かれたら…無いかも(笑)

何しろプロフの油がたまってる。ダジャレをいうなら「たまったもんじゃない」というくらいの炒めた後の鍋底をさらえたのか?というくらいの油。たぶん、帰国後も数日間にわたって起きた下痢に至るまでの腸の不調は、ここに端を発してると思う(;´∀`)絶対。

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味はスパイスが効いていて、なんとなくカレー風味で肉から出ただしも聞いてるし塩気もきつくないから味としては「美味しい」だけど、それを凌駕する油。まったくと言っていいほど箸が進まない。私は旅が始まるまえに見た「世界ふしぎ発見!」の中のプロフはこんな感じじゃなかった…。でもあれだってもしかしたら油まみれだったのかもしれない。やっぱり実際に食べてみないことにはわかんないもんだなぁ。

13時半、食事を終えて駐車場へ。ドライバーさんがダッシュボードからチョコレートを出してきて渡してくれた。ガイドちゃんが「お詫びだそうです」という。ああ、さっきのお詫びかー。気にして買ってきてくれたことにお礼を言って車に乗り込みホテルに向かった。

朝荷物を預かってもらっていたホテルについてようやく部屋に入った。
ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

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13:50頃から部屋でやっくり休む。
スムがいくら残ってるかとかお金のこともね( ´艸`)

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17:30ころに夕食を食べるためにホテルを出発。
2-3分で着いたのは、Restaurant "KARIMBEK"。


ここでの夕食はまぁ…カオスだった(笑)
というのも、地元の方の結婚パーティーがあったらしく、それもお客さんはほぼ女性。どういうことなんだろう。貸し切りの会場の片隅に座らせてもらっているような気分( ´艸`)

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頼まれたジュースは紙パックから直接つがれる。その場で開けているから「変な物じゃありませんよ」的なアピールなのか?
ティアラをした女性がたぶん主役。すごく綺麗。ウズベキスタンの人たちはガイドちゃんのようなモンゴル系の顔もいるし、ロシア人系のタイプもいるし、この主役の女性のように黒髪だけど目鼻立ちもすっきりとした「超絶美人」も多い。

このパーティのゲストたち女性もいろいろに着飾っていて、子供たちもドレスを着てる。爆音がかかればダンス。まっっっっったく落ち着かない。けどまぁ、昼間にちょっと気まずくなったガイドちゃんとシーンとして過ごすのもアレなのでちょうどよかったのかも。

夕食はまたガイドちゃんが適当に注文してくれたんだけど・・・もはやウズベキスタン料理(なのかわかんないけど)に飽き飽きしてしまっててあまり進まなかった(-_-;)

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なんだか落ち着かない夕食で時間も持て余した感じになってしまったけど、地元のパーティを見られたのはよかったのかもしれないね。約1時間後の18:30頃店を後にした。

次はサマルカンド最後の観光レギスタン広場だ。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンド夜の観光)

このウズベキスタンで一番見てみたかったものかもしれなかったのが、サマルカンドのレギスタン広場のライトアップだった。入国してガイドちゃんに会ってすぐにこれだけは見たいと伝えてあった。なので、あの昼食前のゴタゴタの時も「夜見られるからいいや」と思っていたのだ。

レストランからはすぐに到着した。
広場正面の向かい側にある駐車場に車を止めて、レギスタン通りを渡って広場へ。道路は片側2車線だけど、路側帯がけっこう広いので3車線くらいある。けっこうな交通量。歩行者用の信号機がある。

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到着するとすぐに全体が見晴らせる。バッと目に飛び込んできた風景は感動的。
なだらかに階段状になっているので、そこここに座って眺めている人たちもいる。

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切符買ってきます、とガイドちゃんが走って行ったので私と母はしばし二人で眺めていた。ここまではチケットが要るような感じでもない。そのチケットは建物に近づくために必要らしい。ちゃんと柵で区切られていて、警備員が各所に立っていた。

レギスタン広野のこの3つの建物は別の時代に建てられて、そろってこの景色になったのは17世紀のことなんだって。右のが左のを模しているから一対のように美しいんだね。

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はぁぁぁ、感動的。近づいてもそう思う。ほんとに美しい。

↓ウルグベク神学校 Ulugh Beg Madrasah
1400年代に建てられたもの。
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眺めながら奥の建物Tillya-Kori Madrasahへ。日本語のカタカナ表現では読み方、発音でいろいろとあって、「ティラカリ」とか「ティリャー・コリー」とか。こちらも神学校。
中庭があって、とある入り口からモスクを案内された。

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一歩入って「疲れたから休んでる」と中庭のベンチに座っていた母を呼んだ。「ちょっと、これは見ないとだわ!」( ´艸`) もうビックリだよ。キンピカ。

ライトアップのせいもあるけれど、これは金箔を使って装飾されてるんだって。
↓iphoneのパノラマを縦で撮ってみた。

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しばらくただただ眺めてしまった。吸い込まれそうな景色。
1600年代に建てられたもの。

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出口から広場を眺めたら、欧米人がしゃがみこんで写真を撮っていた。同じ方向を見てみたらこんな風景で、美しかったので私も真似しちゃって( ´艸`)
シェルドルマドラサ。1600年代に向かい側のウルグ・ベクマドラサを模してデザインで造られた。

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この画像だけはクリックしたら大きくなります。

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画像を大きくしたところで感動は伝わらないけど少しでもなんとか伝えたい(笑)

もう見終わって大満足。もうウズベキスタンは満足です、というくらいここに来られて嬉しかった。
さて、明日も早い。予定では5時の列車。そう思っていたら、ガイドちゃんが1時間半遅い列車にしましたという。なんでも時間が余りそうな予感なんだそうな。
ゆっくり休めるから何にも異論はない(笑)

19:45にホテルに戻り、明日の準備をして就寝。なんだかお腹がぐずぐずだなぁ。

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Author:kaduriye
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風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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