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安息する。

安息する、という言葉がピッタリだったかも。

暖かかった今日は特に用事もなくて朝と夜だけ食事支度をしただけなので、昼間は好きに休んでいた。いくら寝ても眠い。春眠暁を覚えずって感じ。

今夜のおかずは豚肉と白菜の炒め物。マジ美味に出来上がった。

しょうがと醤油と酒で下味をつけたブタバラに片栗粉をつけて炒めて、軽く茹でた白菜を入れてガッと炒めて、中華ダシとオイスターソースをちょっと入れて出来上がり。

こんな簡単なものでもやっぱりガッと強火で炒めてすぐに食べると、病院では決して食べられない極ウマメニュー。たぶん誰でも作れるよ。お試しあれ。




今日の一曲。ユーミンの「青いエアメイル」。ユーミンならではの歌詞の世界が目に浮かぶ曲でね一度コンサートで聞いたときはそりゃぁ感動したっけ。

いまはさ、E-MAILという便利なものがあって、パソコンや携帯が繋がれば世界中ドコでも連絡を取ることが出来るでしょ。

何年も前の昔話。いつ届くかわからない外国に住む大好きな人からの手紙を、親に見つかる前に自分で受け取ろうと毎日のように郵便屋さんのバイクの音を聞いては郵便受けを見にはしったものだった。(若かったなぁww)

そして自分も相手のことを考えながら手紙を書いて、「もう着いたか頃かなあ」なんて思いを馳せたりしてねー。

便利になってから、かえって離れてしまったものがある。自戒も含めてそう思う。相手を大事に思う気持ち、相手が読んだら喜んでくれるだろうかと想像する心。

私もいつの間にかそうなっていた。
相手が自分の前からいなくなることなんか想像もしなかった。




情け無いかな今でも時々自分勝手なメールを書いたことを悔やむときがある。

「あー手ぇ痛い・・・」とペンを持つ手首をブンブン振りながら、
ひとつひとつの文字に真剣に向き合っていたときの感覚を思い出さなきゃ、だ。

両スネ打撲・・・。

はぁー、自分が情け無い。悔しくてしゃーない。

友だちの家に遊びに行って久しぶりだったからちょっと浮かれポンチだったのかもしれない。かもしれないけどさぁーーー!(´д`)

玄関先の階段を駆け上がった。
今日は風が強くって瞬間ブワーッと強風が吹いた。
ふと「リビングのテレビが外の人から見えるのか」とよそ見をした。
思いのほか足が上がってなかった。

全ての出来事が一瞬で起きたんだなぁ。(イイワケww)

アッ!Σ(´Д` )

と思った後はもう走馬灯のように全ての動きがスローモーションだったわよ。上がり足りなかった足を上げようと思う。つまづく。前のめりのなる右手が出る。手より先に階段の角にスネが向かっていく。ぶつかる。

(|| ゚Д゚)やっちまったーっ!と思う。

ハイ、最悪。こんなありさまです。

↓(お目汚しのぶっとい脚でございますが)
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杖をつかないと左足のスネが痛すぎて歩けない。
アホだぁ。私はアホだぁ・・・。
血小板が正常値の時でよかった。そうじゃなきゃ血が止まらなくて内出血でどうなっていたことか。それにしてもケガにはものすごく注意していたのに。
情け無い。・゚・(ノД`)・゚・。

そんな一日でございました。油断大敵でございます。

ハロン湾とアンコール遺跡の旅日記完成。

2003年の11月に旅行したハロン湾とアンコール遺跡群の旅行記をようやく完成させました。よかったら見てやってください。

入院中の暇つぶしで書こうと思っていたら、思いのほかノートパソコンの画面が小さくて作業に不向きであることがわかって、途中で止まってました。

でもまたまた工事中じゃ恥ずかしいので外泊している間になんとか仕上げなくちゃってことで、一気にガーッと作りました。

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いつもは旅先で書きとめたノートなんかがあるんだけどね、今回のはそんなのマメにやっていない頃で、情報源が少なくて母のメモを頼りに仕上げました。

そんなわけで旅先の情報としては不向きかもしれません。ただの写真日記のようになっていますのですんません。

では、こちらからリンク飛ばします。


ハロン湾とアンコール遺跡6日間 2003年11月

明日から地固めスタート。

いよいよ、というかようやく明日から地固めの治療が始まる。
頑張らなくては。完全なるまっさらな状態を作り上げなくては。

といっても私にはいつものことながら何もすることが無く、
ただただ吐き気やめまいを我慢するだけ。

でもさ、先日薬剤師さんと話していてちらっと言われた。
自分でも感じていることではあったけど、私、比較的嘔吐の症状が少ない。
他の同じような患者さんの吐きっぷりを見ていたら
私なんかもう副作用と呼んでいいものかどうか。(;´∀`)

オエップ・・・となる程度なので乗り切れます。きっと。

今日、シャンプーだけやってもらいに美容室に行ったら
無性に髪の毛を切りたくなってベリーショートにしました。

ちょっとツンツンランダムになってる感じ。
どうでもいいっちゃいいんだけど、なんかオッサンヘアだったので。

さぁ!私にとっちゃ明日から新年度のスタートのような気分。
春です!がんばっていきましょう!☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ

地固めを開始。

始まりました、トリセノックスによる地固め。

まだ一日目だからなんてことないんだ。

それより病院にくると目が疲れるんだよね。なんなんだろすべてが近いからかな

あーそういえば明日から1600キロカロリーの制限食になるらしい。自家移植を前にもっとガッッッツリ痩せなさいということなんだと

自分のためだっ!頑張るぞ!といっても、食べ物だけが入院中の楽しみといってもいいくらいだったのになぁ間食も駄目

はぅ

ま、明日の昼からですわ

制限食。

今日の昼ごはんから始まった制限食。
1600kcalで減塩。でもほとんどなんの遜色も無かった。
こんなに食べていいんだろうかって感じ。

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おかずはカロリーや塩分調整されているようだけど、逆に普段食べていた白飯の倍もある。それを全部食べても大丈夫というっていうことで、お腹が空かないように完食したら…現在胸焼けしちゃってるさ。
(_´Д`)ノ~~ほどほどにしようっと。

さて、トリセノックスはやっぱり眩暈がひどい。
前回から言っていたけど、なかなか医師たちには受け入れられなかった。
そういう副作用は報告されていないんだろうけど
ワタシには出るんです、わかってください(>_<)というより他になく。

とはいっても抗がん剤の量を減らさない限りこれはなくならないんだろうし。
対処法はないんだよねー。参ったなぁ。

放射線科受診。

ふらつきがたまらん。貧血は無いのでやっぱり副作用だろう。
主治医に伝えたけれどやっぱり我慢より仕方が無いらしい。
抗がん剤の量を減らすつもりは無いという回答だった。
たしかにようやく「効く」と探し当てられた量だもんなー。
なんとかワタシが乗り越えなくてはなんないんだろうなぁ。
土日の休薬時間でなんとか復活するようにしたい。

さて、リザーバーを埋め込むため放射線科の受診してきた。
点滴をするためにカテーテルではなくて
「常設」のポートということになる。ポートに針を差込んで点滴をする。
詳しく説明を受けるとやっぱりいいことばかりではなく
異物を体内に埋め込む相応の悪い面もあった。

しばし医師と話しながら迷ったけれど、やっぱり埋め込む結論を出した。
明日「軽い手術」みたいなことをして埋めることになる。
ふつうは外来でもできることなので、楽チンなものらしい。

これでテープ負けともおさらばか♪

軽い手術。

リザーバーを埋め込んだ。

午後4時から始まって一時間もかかった。

一時間「も」。

というのも、すでに入っているカテーテルをガイドワイヤーで入れ替えてポートを設置するという説明だったので、想像するだけで新たに挿す人よりも簡単だと思っていた。

なのに、けっこう麻酔が足りず痛くて追加したりして、ポートの設置場所に苦労したりとなかなか手間がかかったらしい。

いま麻酔が切れはじめて鎖骨にグリグリやったところとか縫ったところが痛くなってきた。もう汗だくのへとへとだよ。・・・ったく。周りの患者さんの話ではもっと楽チンだったようなのになー。

ってことで今夜は痛み止めをもらって眠ることにする。

明日はたぶん週末にかけて外泊になる。ちょっとした息抜きだー!

外泊。

ただいま自宅。

いやー、昨夜の地震、おったまげた。すでに消灯時間も過ぎて私も眠っていた。でもあの揺れはほんとひどかった。帯広は震度3だったようだけど、病院の5階の揺れはとんでもなく恐ろしかった。

ミシミシギシギシピシピシって建物が鳴って、気づけばベッドにしがみついてた。看護師さんたちが一斉に見回りに駆けてきた。コワイよぅ・・・。0時まではテレビが付くのでNHKを見たら、また宮城県沖って出てる。

もうここでこんななのに被災地の人たちの恐怖心はたぶん私なんかの想像を絶するんだろうな・・・、なんてまだ揺れるかもとビクビクしながらしばらく寝付けなかった。あの大地震の余震なんだね。あんだけ大きかったら本震だと思うくらいだったから、余震がくるんじゃないかと思ったもん。

そんな一夜が明けて。

今日は朝から外泊の日だと思うと嬉しくて時間が飛ぶように過ぎていった。結局5時半過ぎだったからほとんど一日すぎちゃったんだけどね。

初めてリザーバーに抜いた針を抜いた。恐ろしい痛さだった。初回だし昨日切開したばかりだから痛くてもしょうがないとのことだったけれど、グリグリ押さえつけられるときのポート設置場所の痛さってば・・・もう・・・。子供だったら泣いてるな(≧∀≦;)

週末は痛み止めを貰ったので飲んでやり過ごそう。ふぅ。

運転の限界。

用事を足しに車で片道20分とかからない程度のところにあるホームセンターに出かけた。先週のことを考えたら運転なんか平気だと思ってた。

やばかった。自宅に着いて頭のフラつきがキツいと実感。( ゚Д゚)アライヤダ!!

先週末まで3週間の休薬期間をとっていて、その最後には白血球は6000くらいまで回復していた。だいたい健康な人の基準値は3000から7800なのでほとんど健康体。

医師に「再発がわかったときですら3800あったのに6000て多く無いですか?」って聞くと、その時はすでに血液に異常が生じていて白血球が減り始めていたんだろうという話だった。なので6000の現在は異常に多いわけでもないし、その白血球は健常なもので満たされているんだよ、と教えてくれた。

そんな白血球数は地固めが始まった今週は4700まで落ちてきた。抗がん剤のなせる業。けど、ヘモグロビンも血小板も正常値なので、このふらつきは貧血からじゃない。明らかにトリセノックスの副作用だ。

私の身体がトリセノックスに特異にこう反応するんだろうか。トリセノックスの主な副作用に「めまい」と表記はあるようなんだけど、私が訴える症状ではないというのだ。誰か研究材料にしてくんないだろうか。こんなにキツイのになぁ。副作用じゃないと言われると正直「損くさい」のだ(≧∀≦;)

わたしゃ、ウソ言ってるんじゃ無いんだよー。・・・と医療関係者に訴えたいのよねぇ。なんて言っても結局この投与量は変わらないんだよなー。(´・ω・`)ショボーン

あと4週間かぁ。耐えろ、私ぃぃっっ (屮゚Д゚)屮カモォォォン

ってなわけで自分自身で「運転禁止令」出しました。
こんな人間が公道を走ってたら迷惑極まりないので。

・・・でも正直足が無くなると不便でガックリですわ ||l||li _| ̄|○ il||lii||

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タイムマシンに乗って。

「あの日に帰りたい」なんて歌があるけども、タイムマシンで9年前に戻ったとしたら。まだ33歳で肌なんかピチピチで痩せてて今では「可愛いもんだ」と思える程度の腰痛があるだけの私に会える。


2002年の9月、友だちと行ったパリ。
凱旋門の上でエッフェル塔をバックに記念撮影。

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髪の毛だってツヤツヤじゃないか。

それでもこの時はこの時で笑顔になれないような悩みなんか数え切れないほどあったっけ。そんな悩みもいまの私がタイムスリップして「そんなこと大したこっちゃないよ。あんた今しあわせだよー」って言ってやりたいよ、ったく。

10年も経てばおおかたの苦しみや悩みなんてものは大抵解決している。
深いところに根を下ろすものももちろんあるけれど、ね。

未来の私が会いに来て「大丈夫。あんた10年後もうまくいってるよ」って言って、このくすぶった私のお尻ぶったたいてくれないだろうか。


今度TBSで「仁 JIN」の続編が放送される。
前回私は毎回すごく楽しみに見ていたドラマで、最終回だけが残念だった。
その謎がようやく解き明かされると番宣している。
楽しみ楽しみ。今クールで一番楽しみなドラマになった。

タイムトリップつながりということで(*'ー'*)

CVリザーバー(ポート)。

先日埋め込んだCVリザーバー(ポート)のおかげで、今夜は自宅で頭からシャワーを浴びることが出来た。7日に埋め込み手術をして間もない外泊だったので、少し心配だったけど今日はオープンにして良い日だったのでお風呂に入ることにした。

抜糸は14日なのでまだグロテスク。

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でも切開したところよりも目をふさぎたくなるのはやっぱり周囲の「テープ負け」が真っ赤なこと。今日絆創膏をはがしたらまるで水ぶくれのようになっている。

シャワーのお湯があたると痛いのなんのって(´∀`||;)

これが抜糸してしばらくしたらスッキリきれいになるだろう。私の脂肪が厚いせいか、先日見せてもらったおばあちゃんよりもポートがどこにあるかわかりづらい。

これで今後の治療の時にも、テープ負けに苦しむことがなくなるという一点だけでも入れた甲斐があるってモノだ。術後の痛みもほとんど無いし今のところは順調である。

CVリザーバー(ポート)がどんなものかはこちらの外部ページ参照

食事のこと。

月曜日なのでまた病院に戻り治療が始まった。週末自宅に戻ったことでリフレッシュしてはじめられるような気がした。

そんな今日、栄養士さんと話をした。
実は土曜日に自宅で体重を測ったら増えていたのよ。大ショックだぜよ。制限食にしたけれど、おかずで制限しているだけで白飯はまるでどんぶりだった。全部食べてもやせるはずといわれて間食もせずに過ごしていたのに、増えてしまうなんてーっ。

たぶん私には炭水化物がまずいんだとおもうなぁ。

結局前回までの普通食でご飯を少量にすることにした。そのほうが私には向いてるんだよぅと力説すると医師に相談してくれることになった。結果OKが出た。しばしこれで頑張ろうと思う。間食は一切禁止ってことでね♪

がんばらなくちゃなぁ・・・。

水のみまくり。

おなか空くなあ・・・と思ったら水を飲む。
口寂しくなっては水を飲む。

水飲み過ぎて味覚もおかしくなりそうだわー。

今日もいつものルーティンワーク。
でも週末には自宅に戻れると思うと平日が早い。

OLのころも週末に友だちと予定が入ると
仕事が楽しくなって一週間があっという間だったっけww

早く金曜日にならないかなぁー♪

特になし。

明日はようやくリザーバーの抜糸だ。
週末は心置きなくお風呂にザブン、だよ。嬉しいじゃないか。

・・・とこんなことくらいしか今日は特になし。
平穏なものである。

また、明日。

可哀想というか。

うーん、今日はちょっとした事件があった。
新しく私たちの部屋にやってきたおばさんに喧嘩売られた。
・・・っていうかなんというか。

仲良くしているおばあちゃんとカーテン越しに話をしていたら、そのおばさんも入ってきた。はじめての部屋って入りづらいけど積極的な人なんだなと思った程度。

私が明日から外泊だと知ると、仲のいいおばあちゃんが寂しがりなので「寂しくなるわ」って言ったの。なので私が「あ、でもMさん(おばちゃん)来たからおしゃべりの相手になってくれるから良かったね」と言った。

それが事件につながった。

シーンとするMさん。ん?と思う空白のあと「失礼だね!」といきなり。私とおばあちゃんの話が止まる。つづけざま「人のことおしゃべりだなんてお互い様じゃないのっ」とキレた。

・・・シーン。

すぐさま「おしゃべりの相手になってくれるって話したんだよ」といった。おばあちゃんも「そうだよ。おしゃべりの相手っていったんだよ」と言ってくれた。そのままMさんはシーン・・・。

私もシーン。

でもこれから同室だというのになんだかすごく気になって、トイレでばったり会ったときに、嫌な思いさせちゃったね、ごめんねと言った。それは本心だったし。

けどねそのMさんはもう頑なになっていた。挙句に「おしゃべりおばさんと言われた」とまで言う。なんでやねん。なんでそうなるってよ。

埒が明かないのでベッドに戻ったけどどうにも気分が悪い。あと4週間だというのに。こんなおばちゃんに出会うなんて。ちくしょー。部屋を変えてもらおうかな。と思い立ちナースの長に話した。話してるうちに悔しさあまって涙が出てきた。今の病棟は満床でやりくりが難しいのもわかっていたけどさ。

結局リザーバーの抜糸の時間もせまりそのままになった。
放射線科にいって戻ると病室では最初に喋っていたおばあちゃんが、他の同室の患者さんと迎えてくれて、「あたしがちゃんと言ってやったからね。向こうもごめんって頭下げていたよ!」「間違ってるものは間違ってるってちゃんと言わなきゃダメだ」「カドリエさんが私のために言ってくれたっていうのに、勝手に聞き間違って怒るなんてダメだ!ゆるされない!」

「アチャー」と思った。新しく移った部屋でMさんが針のムシロにならなきゃいいが。でもおばあちゃんの気持ちは嬉しかった。間違ったことをしてないのなら謝らず毅然とした態度をしなくてはだめなんだよね。

ついつい丸くおさめたくて事なきを得たい私。
ダメダメだなー。おばあちゃんに学んだわ。

それにしてもMさん、なんと可哀想な人だろう。病気はこの病棟のご多分に漏れず「癌」だった。でもそんなことじゃない。ここではそんな人五万といるわけで。

そんなことよりも、人を信じられなさすぎる。それが可哀想。だれが初対面でそこの場所に居る人の悪口を言う?もしそう聞こえても自分が誤解だった、聞き間違いだったと人を信じることができないとは。

だけどそれだけ。可哀想な人だとは思うけどもう関わる気はゼロ。
明日からは私のいつもどおりの生活を送ろう。

考えてみたらこんなことを考えるのは久しぶり。
毎日毎日病気のことで手一杯だったはずなのに。
私にもちったぁ余裕が出来たんだろうかねぇ。

リザーバーの利点。

さて、またまた自宅から。
さっきお風呂に入った。肩まで湯船に浸かったのは何週間ぶりだろう。いや、何ヵ月か。これがCVリザーバーの大きな利点。

月曜から金曜まで点滴をしている間はポートに針が刺さったまま。それを外泊前に抜いてもらって帰宅する。すると、まるで「採血」の針を刺した程度の穴が皮膚に開いているだけなので、しばらくしたらすぐに塞がるのだ。

こうやって週末の外泊ごとにお風呂に入れば、テープ負けしている皮膚も休めることが出来る。昨日抜糸した切開痕もすっきりきれいに線があるだけ。ってか線すら見えない。医療の進歩、すばらすぃ。


さて、昨日のオバさん。今朝こっちから挨拶をした。チラリとこっちをみておはようと返してきた。その後はほとんど関わらず。ってか関わる事柄も発生せず。外泊の時に部屋のみんなにいってきますを言うので一応言ったけど。一応て・・・( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

それにしてもやっぱり馴染めない人だわ、私。人見知りだけどある程度ソツなくやれると自負しているさ、でもやっぱあの人は無理だ。

私の部屋には、臓器をいくつか失くして今では輸血を失くしては生きられないおばあちゃんや、悪性のリンパ腫の中でも難しいもので治療に苦労しているおばあちゃんなど、ギリギリの人たちがいる。それに比べたら大したこと無いかもしれないけど、私も自家移植をしても同じように再発する確率が高いことに怯えている。

そんな部屋でみんなのことをまだ良く知らないのに、「先が明るい(治る)人たちはいいよね」「あたしなんかもうすぐ死ぬんだから」とか言うなよ。血液の病気を知らないなら知らないで勝手な事をぬかすなよ。

血液の病気ってさ、外見は健康そうに見えるから理解されにくいんだよ。正直私も大抵「元気だよね」「病気に見えない」とか良く言われる。先に書いたふたりのおばあちゃんも明るく喋るし自分の足で歩くし。見た目顔色が悪くなくても酸素ボンベを引っ張ってなくても体内に恐ろしい状態を抱えているのに。

でもたぶんあのオバサンには言っても理解しようとしてくれないだろうし。それにあのオバサン自身が大変な状態であるのは間違いないわけだし。




今日ね、ニュースのなかで被災地の避難所にいる、妻が行方不明の男性が言ってたんだ。「つらいけど、ここにいると共通の痛みを持った人たちがいる。だからお互いを思いやる心が強いんですよ。ひとりじゃ参ってると思うよ。」

もちろん避難所にいる人がみんなそういう気持ちではないかもしれないけど、それを見ながらふとこの病室のことを思った。ここもそれに似たようなところがある。治らないかもしれない、長くは無いかもしれない、そんな深いところに思いを抱えた人たちがいて、だけどその痛みをどこかで分かち合っていて、「自分、自分」にはならなくて。

私もひとり個室にいて毎日のように勝手に涙が出てしまうときもあった。でも大部屋でいろんな方々に出会って「自分だけじゃないんだ」という気持ちがどれだけ助けてくれたことか。

みんなそれでも今の生活をおくり、そして前を向こうと頑張ってるんだよ。



コミュニティーの中で暮らす難しさは確かにあるけれど、そこにはそれぞれの相手を思いやる心があれば平和に心穏やかに過ごすことが出来ると思うわけよ。

「和を保つ」

たぶん避難所や病院だけじゃないよね。会社も家族も大小関係なくいろんなコミュニティーで必要なことなんだと思う。

今日はこれにて。

真っ暗な部屋で眠る時を楽しみたいと思います。おやすみなさいまし。

私信につき。

さんへ
拍手コメありがとう。連絡先もわかんないし私信として記事にしました。
福島だったんですね。さっきまた余震がありましたね。
本当にお久しぶりでしたが体調は大丈夫ですか?名前も住所も知らないネットの付き合いとはいえ、コメを読んで厳しい生活に体力を奪われてないか心配しています。疲れがたまると免疫力も落ちるし・・・。

いまの体力も無い自分の出来ていることと言えば、節電やら募金みたいなきっとちっちゃなことで、瓦礫も片付けてあげられないしボランティアに行けるわけでもなく、役になんか立ってないかもしれないけど、いま文字で書けるとすれば無事であることと早く普通の生活に近づけるようにと祈っていることだけはまず伝えたいです。祈ることなんか「屁のツッパリにもならない」かなー。

疲れてるときにこんなブログ見てくれてありがとうね。そんなときにくだらないおばちゃんへの文句の記事なんかでごめんね。何を書いたら喜んでもらえるかなぁ。地震のこと書いて知らない人から批判コメを貰ってからというもの、あえて自分のことばかり書いてるからつまんないかもしれないけど。

遠く北海道から応援してるから!
私も違う道だけど早く病気を克服するようにさんと一緒に頑張ってます

☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ

プレゼント。

今日は両親にプレゼントをした。
あーでも仕事に使うものだからプレゼントとは言わないか。

自営の仕事で役立つはずと私は信じていたのに、
超経済的な母は案の定「贅沢だよー」と引いてしまった。(´Д` )
父は意外と喜んでくれた♪
でも仕上げをして我が家で使いやすいようにしていくにつれて、
母もなんとなーく受け入れ態勢に。

特注だからずっと前から構想して、外泊中にネットで下調べをして
友だちのダンナサマに発注したり、全てをナイショでやっていたので
最終的に喜んでもらえてすんごく嬉しかったわぁ。そしてホッとしたー。

ま、最後まで母は「無くてもなんとかなっていたけど、
せっかくカドリエが買ってくれたしねえ」という
なんとも大喜びとはいえない中途半端な反応だったけどさ( ´,_ゝ`)プッ

これで歳をとってきた両親ももうしばらくお仕事頑張ってもらえるかな。
まだ働かせんのかよ、ってかー(*´∀`)

また戻るのかー。

また日曜日になってしまった。
また明日病院に戻るのかぁ・・・。嫌だなぁ。

やっぱり金曜日に比べて今日なんかはだいぶ眩暈が落ち着いてて楽。

今朝は朝からすごくすごく寒かったよ。
昼過ぎには強風に乗って雪も飛んできた。
道理で寒いわけだー。

夕方になって嵐の後のように強い西日が差してきた。
明日は晴れるかな。

はやくあったかい季節になるといいよね。
かたく閉じてる木の芽たち。
いつか葉を広げるのはわかっていても
南の地方の桜がうらやましく感じるこの季節の北国なのでしたー。



病室で音楽を聴くためにウォークマンを買った。まだまだ入るので帰ってきたのを機会に少し追加した。そんな中の一枚、リー・ワイリーの「ナイト・イン・マンハッタン」を久しぶりに聴いた。

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ジャズは好きで聴くだけで詳しく語れないけどもリーワイリーの声は素敵。
1950年に録音されたこのアルバムの中の一曲「マンハッタン」↓


YOUTUBE
素敵な大人の声でしょー。ついでに美人。

また戻りまして。

うー、なんだろー、胸焼けがする。
まるであんこを沢山食べたみたいに胸焼けするわー。

さて、今日は月曜日。また病院に戻って5日間点滴スタート。

そうそう、今日病室に戻ったら嬉しいものが♪

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友だちから病棟宛に郵便物が届いてたーっ。
メッセージ付の可愛いポストカードと。
うれすぃー。あけぴょん、サンキュです♪

影響、ここにも。

私の好きなDoleのグレープフルーツジュース。

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甘くなくて爽やかなので病院でたまに飲んでいる。
それが母に追加購入を頼んだところ、
どのスーバーでも置いてないという。

発注しても入ってこないというので、手元にあった現物をみたら
案の定、千葉工場が製造元となっていた。

ここにも影響があったんだなぁ・・・。いつまた手に入るのかなぁ。
(´・ω・`)ショボーン

ところで先日のオバチャン。部屋を変えられました。
私が外泊中にも他の患者さんといろいろあったらしい。
今日になっていなくなったんだけどさ、実は私の胸焼けが今日治ったのよ。
知らず知らずのうちに気にしていたんだねぇ。身体は正直だわ。
(*´σー`)エヘヘ

鯉のぼり。

今日も特に異常なし。

ふと窓の外を見たら・・・。
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鯉のぼりだーっ!
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ってーことで季節は移りゆきますなー。


また明日。

もしも。

もしものことって考え始めたらキリが無い。
そして後ろ向きなことにしかつながらない。

過去のことを「もしもあの時ああしてなかったら」
そして未来のことを「もしもそうなってしまったら」ってね。

過去は取り戻せないし
未来がそうなるとも限らない。

いま、精一杯生きることなんだよなー。

自分にいいきかせているわけです。
ともすればキリがないところに入り込みがちなので。



なんか後悔したくない気持ちが最近とっても強い。
泣いてた時間は取り戻せないからさ、
少しでも笑顔でいられたらいいなぁと思うんだ。

娘が泣いてたら親も悲しむし。
家族という存在と過ごせることは当たり前じゃないからさ。
いつどうなるかなんて、わかんないもんねぇ。

家族なんてって言う人もいるけど。
そういう人は家族に頼らず一人で生きてきゃいい。
都合のいいときだけ頼る人も見かけるけどww


笑っても泣いても同じ時間は過ぎていくわけで。
限りなく続くならどっちもできたらいいんだけども。



ね。

飛ぶように過ぎる日々。

金曜日の外泊を心待ちにしてると
5日間の治療は飛ぶように過ぎていった。

これで3週間終わった。
あと2週間頑張れば、晴れて移植病院に転院だ。

新しいことだから少し恐いけど、
こうやって飛ぶように過ぎていく日々の先には
楽しい日々が待っているのだぞ。

がんばれよ、ワタシ!




さて、どうしても食べたくて今日の夕食はお寿司をリクエストした。
白血球もまだ2500はあるので生物を食べても平気。
食いまくりました。今夜だけは減量を忘れました。
一食だけ!ってことで、また明日の朝食からガンバリマス。

雪も降った。

朝から雪なんか混じった雨がしとしとと降り続く寒い寒い十勝でした。
東北のみなさんもきっととても寒い日だったはず。明日まで続くようです。
暖かく過ごせてるかな。


今日は母の運転で少し外出をした。
大した時間かかってないのに眩暈がひどくなって帰宅。
やっぱりトリセノックスはいくら休薬期間をとっていても、もう3週間投与し続けているなかで、体内に蓄積され排泄されない残留分が増えてきているようだ。
無理は利かないなぁ・・・。


ところで、ドラマ観て久しぶりに大泣きした。
「さよならぼくたちのようちえん」
あの「Mother」のスタッフがまたいいドラマを作ったねぇ。

初回の放送時に録画してあったんだけど、その回はどうやら映像の乱れが放送事故のようになったらしく、再放送を心待ちにしていた。その再放送をうっかり逃してしまってガッカリしていたんだけど、北海道では今日の昼間にまた再放送があって、しっかり録画することが出来た。

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さよならぼくたちのようちえん公式サイト

子供たちメインのドラマってどうかなぁー。芦田愛菜ちゃんに頼りっきりなんじゃないの?なんていう気持ちも無いわけじゃなかったんだー。子供がメインのものは、当然子役の演技にかかってくるでしょ。劇団風の演技の子役にガッカリすることが多いけど、このドラマはそれが無かった。子役がイイ!愛菜ちゃんだけじゃなくて他の子も上手!すっかり引き込まれた。

いやー、もうもう途中からしゃくりあげて泣いてしまった。

大人の考えた子供のセリフって感じがしなかったし。とっても良かった。

忘れちゃうかもしれないけど友だちのことに一生懸命だったよなぁ、子供のころ。
自分の友だちのことをなんだか思い出しちゃったよ。

統計学としての医学。

そういやこないだね、新聞にある医師が「医療とは統計学だ」という記事を載せていたと母が言っていた。いろんな確率で起こりうることを想定して対処法を考えるという観点かららしい。

この処置をしたら、この反応が起こることが高い確率で想定される、だからこのように治療をする。・・・みたいな長年蓄えられたデータをもとに統計で導き出される、みたいな。



けどねー、個人的な考え方だけれど患者からするとこの統計学的な考え方ってなんだかとってもイヤだなぁ。そう、この白血病みたいな病気になってからずっとそう思っているんだ。


最初から引っかかったのは「生存率」という考え。白血病のM3という型の生存率は云々・・・とガン研究所の統計結果がある。でもこの一番根底の「生存率」って患者からすれば生きてりゃ100%なわけで。

その後も治療の過程でイチイチ「率」が出てくる。

トリセノックスの副作用である心不全による死亡率も2%足らず。医師は「だから一応説明したけれど確率は低いからそんなに心配するな」みたいなことを言う。でもさ、2%って言われても万が一そこに入れば100%なわけで。

そう、副作用のこともそうだった。
私の場合トリセノックスの副作用で大きく眩暈が起きた。でも薬剤の「代表的副作用」の中に眩暈は入らない。だから私がいくら眩暈を訴えても副作用までたどり着いたのは、眼科やら耳鼻科やらいろんな検査をした後だった。
それも統計学的に眩暈を起こす人が少ないから列記されないわけで。



もし医学が統計学なのだとしたら、全ての患者に起きたデータをフィードバックして統計して欲しい。今後同じような眩暈を訴える人がいたら「そういう例もあった」と。



私にとって治癒率、生存率、死亡率・・・そんな数字は占いみたいなもんだ。


当るも八卦当らぬも八卦、なのだ。



そんなものに思いを巡らせて落ち込むこたぁ無いのだよ。

と、私は思うんだ。

北国の春、近し。

今日は昨日と打って変わっていい天気になった。
太陽さーん♪って嬉しくなっちゃうくらい。

買い物に出たついでに庭の春を撮ってきましたよ。

福寿草、チューリップ、クロッカス。

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キングローズ、花海棠、シャラ(夏椿)。

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ツキヌキニンドウ、キングサリ。

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どれも動いてるのが嬉しくなっちゃった。

北国の春ももう少しだね。帯広の桜開花予想日は5/6だとか。

蓄積。

うーん、また月曜日なので治療再開。

めまいがきついなぁ。

蓄積しちゃってるなぁ・・・。

ってーことでちょっと疲れたのできょうはこの辺でぇー。

また明日ー。

寝た寝たー。

いやー、寝た。
なんだろう。薬のせいか、天気のせいかすごく眠い。
一日中点滴をしながら音楽を聞いて眠っていた。
大部屋にいてまるでヒッキー。
カーテン越しにおばちゃんたちのお喋りをききつつ。

まだ火曜日か・・・。あと3日間もあるんだなぁ。

がんばろっと。ほな、また明日ー。

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kaduriye

Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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