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一秒でも先を。

病棟に行って私の受持看護師の方と面談してきた。

外泊するとなんだか問い合わせの電話をしたり戻ったりしてしまうのが少し気恥ずかしい。それだけ家でもんもんと考えてしまっている証拠。

私がしっくりきてなかったのはふたつ。

ひとつは持病の不整脈とトリセノックスの副作用の不整脈をどう判断するのか?そしてもうひとつは持病の不整脈が出たことをトリセノックス治療の中止に繋がっていってしまわないのか?

答えにほぼ近かった言葉をもらった。

24時間毎日心電図を着け続ける。その電波はナースセンターでキャッチしてモニタリングされる。その機械で不整脈が発生したらアラームで知らせる。波形を見て医師が持病の不整脈との区別化をする、ということらしい。それを詳しい循環器科の医師と連携をもつことによって、私の不整脈を管理していくとのこと。

もうひとつは、そうやって区別化がはかられるから入念な精査の末に治療の継続を判断していくらしい。だから安心して、ということだった。

正直言ってだいぶ80%くらいは気持ちが軽くなった。あと少しはちょっとずつ100%に近づいていけばいいのかな、と思う。予定では12日からその治療が始まるけれど、それまでに完璧になる必要は無いのかもしれないし。

私が詳しく知りたいんだというと看護師さんが「カドリエさん(もち本名ね)てそういうところ判っていたい人ですよね」という。まさしくそうなんだよ。だけど逆に思うんだよね。自分の病気を詳しく知らないでどうやって向き合ったらいいのかわかんないんだ。病院に任せる、というところでは同じかもしれない。でも何かあって取乱しそうになる方が私はいやなんだ。取乱してから改めて自分を振り返る、そんな時間は「その時」には無いのかもしれないんだし。

看護師さんと話してて思い出した。

私の事務職づくめのOL時代もそうだった。なぜそうなるのか基本が身について無いとイレギュラーなことがあったときに対処できない人間になるんだよ、と教えてくれた上司がいた。その上司の下で育てられて、身についたから私は後輩にもそう指導した。基本と流れをきっちり覚えてねって。

新人の後輩との年齢が広がってきた頃、物怖じしない若い後輩にはだんだんそれは通じなくなってきた。その世代の人たちは、「こうなったらここにあるボタンを押す」みたいな覚え方になってきたのが顕著だった。それだけオフィスのOA化が進んできた時代。イレギュラーなことがあったら、そのエラーコードによって対処すればいい。

そこで「じゃあその機械が今ダウンしたらどうするの?手作業でやらなきゃならない時基本がわかってなかったらできないよ?」・・・と、こんなことを言う先輩なんかもう時代遅れの人だったはず。煙たがられても仕方ないよなぁ。(*'ー'*)

それが恐ろしくて私は一生懸命パソコン操作の能力を上げようと独学で勉強した。誰よりもできることをひとつでも身につけようとしたんだろうなぁ。その時代はあまりパソコンスキルを持ったひとがいなかったから。

おっとっとー!すっかり話はそれちゃった。

ま、そんなこんなで病気のなんたるかを看護師や医師ほどじゃなくてもできるかぎり頭に入れないと、不安に負けそうになるんだよ。ほら、昨夜みたいにね。

それに昨夜はひどかった。ずつとリスモダンでおさまっていた不整脈がものすごい時間出っ放して。つらくて眠ってしまおうと思ったけれど横になってもおさまらず、病気に対する不安感とでペッチャンコになっていたわけなのよ。

それが今日はほとんど出ない。やっぱり昨日のカテーテルを入れたときの緊張や、カンファレンス後にもたらされた強烈なストレスが心臓に繋がったんだろう。精神的なものって大きいんだな、と改めて実感した。

ところで、今日は本屋に行って来たよ。

小説のところも物色したんだけど、私って文芸物はすぐ眠くなるから無理だし、推理物をと思ってブラブラしてみたけど探すのに疲れてしまった。エッセー類もいまいちピンとこないし、スピリチュアルには興味が無いし、自己啓発も今は疲れそうだし・・・。ということで全く決められず。

結局買ったのは最初から決めていた旅行のガイドブック。

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世界遺産の本2冊と、ガイドブックは今までいってまたいきたい国と、そしてこれから行きたい国。それはモロッコなんだけれども。

今まで行った国を再度勉強しなおすのと、絶対元気になったら行くんだから予習しておこうってこと。一字一句小説読むつもりで読むさ。(≧∀≦*)

そう、一秒でも先を見ていなくては。
その積み重ねが「生きてる」ってことなんだからね。