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ついに。

ついに師走に入った。
今年もあと一ヶ月。

・・・なーんてテーマはみんなが語っているか。

なんかこう、あと1ヶ月しか無くなっているのに
年賀状も作ってないし。



そういや、母の胃潰瘍はもう少しで穴が開くくらい深いものだった。
最大の原因である人物はそのことに気づいていない。
もうちょっと気遣えば円満なのになぁ。

まぁ、そうなるとその穴は私が埋めるしかないわけで
ものすごく気遣いしていたらなんか疲れていい加減
笑顔も忘れそうである・・・。〓■● バタッ

夢。

夢をみた。

何をしてもうまくいかないところに
職場の人が出てきた。

厳しい言葉があったりしてうなされるように目が覚めた。

疲れてるな、私。

泣くこと。

母を前に泣いてしまった。「ここ1ヶ月くらいをみていると疲れが溜まっているんじゃないか」そんな優しい言葉がきっかけだった。何が気に食わないわけでもない。ぽつりぽつりと話し始めたら泣けてきた。

ただただ人と関わりたくない。
喋ることが出来ない。喋りたいと感じない。
独りになりたい。

でもそんなことが家族と暮らしていて出来るわけも無い。朝の挨拶はもちろん、食卓では何かを喋るし他愛のないことを声を掛ける。独りになれない。喋らなければ、笑顔が無ければ、部屋にこもれば、かならず家族は思う「どうしたの?」

でも何が原因かわからないのだ。何かが私にそうさせる。そうなることが必要だと思わせる。家族が心配して声を掛けるのは、家族と暮らす当然良い面であり時には悪い面かもしれない。

身体が確かに疲れている。会社では引継ぎもあいまってとても忙しい。毎日毎日忙しい。帰りのロッカーで深いため息をつくような日が続いている。だけど今の仕事は嫌いじゃないから「そんなもんだろう」と毎日を過ごす。

この1ヶ月身体も疲れているけれど心に引っかかることもいろいろ多かった。何気なく姉と比較される言葉を親の口から聞いたりもした。なんでも長続きしない妹は努力家の姉との比較はいつも自分自身でしてしまっていることで、姉はいつでも私の自慢でありながらいつでも比較されたくないと心に思っていた。それは大人になってからも「自分は自分」と思っても越えられない憧れのような存在で。そんな存在だからこそ親の口から姉と比較して、その内容も自立しているかそうでないかを言われるのはなかなかきつい。

自立ってなんだろう。結婚せずにいるからか。でもそんなたびに数年前に親の反対を受けて別れざるを得なかった彼のことを考える。私はその後も彼のことが忘れられないまま今に至っている。もちろん反対だけが原因ではない。それを乗り越えられなかった二人の問題でもあるし。でも・・・残ったその気持ちはどうしたらいいのか。

それとも自立していないのは同居しているからか。ハケン社員で薄給なのに独り暮らしするのは不経済だから同居している。それでも私は働いてお金も入れている。家のこともやっている。そう、ニートでも引きこもりでもパラサイトでもない。だったら何を以って自立していないといわれなくてはならないのだろう。

そして将来のことを考えるとまたどんどん涙が出てくる。

今のハケンも何歳までも勤められるわけではない。何かあればいつ切られるかわからない。結婚せず子供も居ない。親が死んでみんなが年取っていく中で、私は一人の老後を迎える。もちろん友達は居る。だけど友達にはほとんどが伴侶や子供が居る。老人になった私のそばには誰も居ないかもしれない。まして死んでいくときにも。

かといって結婚とかする気持ちがない。私の付属するものをすべて取っ払って私だけを見てそばに居てくれる人に出会える気がしない。男性を信じられないというよりも、それだけの自信が私には無い。

「好きなことをやったらいい」「結婚相談所に登録するのも恥ずかしいことじゃないよ」と母は言う。でもね、ちょっと違うんだ。今、自分が何をどうしたいのか、そんなこと考えられない。何かをしたいという前向きなことを想定できない。しいて言うなら「何かをしなければいけない、ということをしたくない」。

たぶん会社も私にのしかかるひとつであるような気がする。対人関係のときに私は常々「いい人」になろうとしてしまう。特に今の職場でそうかもしれない。人間関係に波風を立てたくない。たとえば相手が間違ったことを正しいと主張する。普通なら「それは違うよ」「これが正しい」というべきだと思う。でも最近の私はめっきりそんな発言が出来なくなっている。「そう?私はこっちだと思っていたけど・・・違ってたっけ。」と出来ることなら私から間違っているというのではなくその人自身で気づいて欲しい。いい人なんか本当はくそくらえなんだ。

でも結局自分に自信が無いだけなんだろう。

ときどき口を挟みながらも聞いてくれる母を相手に話して泣いていたらまるでカウンセリングのようだった。少しだけ気持ちが楽になった様な気がした。泣きたかったのかもしれないし、飽和状態の感情の表面張力でキープしていた部分が涙になって溢れたのかもしれない。

何を話したかったのかもわからない。だけどいろんなものが複雑に絡みついて、今私はいっぱいいっぱいであることは間違いない。

鬱 ・・・なのかもしれない。一歩手前ならいいんだけど。

コメント。

いつもありがたいみなさんからのコメントに
返信することにも気持ちが動きそうにありません。

しばらくコメント欄を閉じさせていただきます。

わたしからの一方通行ですがご了承ください。
もちろん絶対復活します。

わからないこと。

昨夜の泣き言から一夜明け、朝食も食べた。めずらしく遅く起きたので、その朝父に会うことは無かった。なんだか胃が張る。触ると胃の上部から固いのが気になるので水分をいっぱい摂って過ごした。

昼ごろ水分を取りにキッチンにいった時にそれは起きた。

お昼を食べにきた父と会った。いや会ったというよりも後ろから「おはよう」と声を掛けられた。ただそれだけだったのになぜかグワーっと泣けてきた。ヤバイ、と自室に戻って涙が通り過ぎるのを待とうと思った。わけがわからない。

少し落ち着いたのでキッチンに向かう。でもわかんない。なぜか父を見ると泣けてくる。咄嗟に「部屋で食べる」と言ってしまった。母が私の様子が変なのでこっちを見た。驚きながら「どうしたの?!」と言われた。それがまた気持ちに響く。

部屋にもどっても食べるわけでもなくただ泣いてしまった。
でもわかんないのだ。どうして自分が泣いているのか。

母は驚いただろうに時間を置いて「漬物持ってきたよー」とやってきた。泣き続けながら、自分でもなんで泣けてくるのかわからないこと、そして何より何もしてないのにいきなり泣かれて父に申し訳ないことをしたとワーワー喋った。

母も泣けてきてしまったようだ。それは当たり前だろう。娘がわけもわからず泣くんだから。父=家業を継ぐのがイヤ、という心情なのではないかと言う。重たいなら継がなくたっていいんだよと。でも違うんだ。継ぐことは自分でちゃんと理解しているつもりだから。この暮らしができていることのありがたさも感じているし。

そんなことをポツポツと会話していて少しだけ気づいたことがあった。それは先日父と話したとき、「新聞の訃報欄を見ても平均年齢から考えても俺はあと5-6年で居なくなる。」なんて話をした。いつもそんなことを言う人なので聞き流したつもりでいた。

私は母方のおばあちゃんが大好きだった。数年前にそのおばあちゃんが亡くなったときの事を、たぶん私は乗り越えられていないんだろうと思う。1週間前に笑って話した人が目の前から居なくなる。それはもう触れることも話すことも笑いあうこともできないわけで。

母が先日胃潰瘍になった。薬を飲めば治ることだけど、生身の人間が病むということ。そのことでものすごく気持ちが沈んだ。母だっていつかは・・・そんなことを考えてしまった。そして父の「5-6年で居なくなる」という発言。

自分もいつの間にか40歳になっている。交通事故でもない限り、父がそして母が亡くなっていくのはいつかはあることなのだ。それは当たり前なのだ。

たぶんおばあちゃんの死から、それらの無常が理解しにくくなっているのかもしれない。母と話して気づいたのはそんなことだった。なんとも子供じみたこと。いや、子供でも理解できることかもしれないのに。


突然泣いたりしている私に異常を感じた母が心療内科を受診してみようと行った。もし鬱だったら早期治療で薬を飲めば治るから、と。私も自分の現状はそうかもしれないと思っている。近いうちに受診してみようかな、と思っている。

それでも窓の外を見る。曇り空。今夜は雪が降るようだ。もしかして晴れていたら自力で回復することが出来るかもしれない。そんな考えは甘いんだろうか。

胃の張りはとれず、今夜は食欲もないし夕食を抜いてみた。精神的なものから胃が働かないのかもしれない。明日は晴れるだろうか。

初冬の旭山-1-

11月23日に訪れた旭山動物園を数回シリーズで。

帯広はまだカラカラだったのに、旭川は根雪になっていたようだ。それでも足元は凍っていなかったのでフツーにスニーカーで歩くことが出来た。私たちが車を止めたのは正門側。すぐ目の前のも開いていたらしいのに、気がはやってしまってもうひとつ離れたところに。(この図の①無料駐車場)晴れていれば何の苦も無いけど雨がぱらついていたので3分くらいでも寒い。

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チケット売り場でマップをもらって中に入る。大人は800円。

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昔冬の真っ只中にいった頃よりは雪も少なくて広く感じる。
でも実際歩いて回るとれほどだだっ広くもなくコンパクトだった。

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今日のもぐもぐタイムをチェックしてから進むといいとネットで見ていた。
でも今日の寒さはそんなどころではない。とにかく見られるところから!みたいな。

初冬の旭山-2-

あざらし館へ。言わずと知れたパイプをくぐるアザラシの行動展示。

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すぐにパイプは見えたんだけどなかなか通ることはなく、横の水槽を優雅にすいすい泳いでいる。夏なら混雑のあまり「滞留する」ことが許されないらしいので、見ることが出来ないのかしらと思っていた。でもやっぱりそこは冬期開園。ちょっと滞留してもちょっと戻っても大丈夫みたいなのでじっくり見ることが出来た。

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パイプの上に漂う。
降りる気配も無いのかとうっかりしていたら降りてきた。

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急いで撮ったのに間に合わなかった・・・。

外に出て表のプールを見るとこんな感じだった。

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もったいぶって降りないかのような漂い方。
頃合いを見計らって降りている?
みんながあきらめてケータイやデジカメを下ろすときを?



アザラシ館にはこんな水中生物も。
たいてい水槽は青くて、ほんのり光るくらげがたゆたう感じ。くらげの水槽って好き。

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もやもや。

私の心の中にあるもやもやはいったい何なのだろう。鬱々と漂ういやな空気がなんなのか考えた。本当は考えたくないのに頭が勝手に考えて答えを探ろうとしてしまう。

職場のこと。今の私の多くの時間を過ごす場所。もしこれを職場の人間が読むことがあったら、と思うと手も止まりそうだ。でも今回のこの状態に大きく関わっている事実。

嫌なことはいっぱいある。ふざけるな、と叫びたい人も時にはいる。挙げればきりがないけどそれらは健康で正常なときなら流すことも出来た。友達に愚痴を言えば済むときもあった。だけど身体が健康じゃなかった。忙しさに疲れきっていた。

明日は普通に月曜日がやってくる。出勤しなくてはならない。こんな精神状態で何か出来る気がしない。気を紛らそうとテレビをつけてみた。いつもなら笑って気分転換できるバラエティー。でも笑えない。面白くない。

いい人なんかじゃない。私はいい人なんかじゃないんだ。
なんでも「いいよ」とか「はい」とか言いたくないんだ。






疲れたんだ。

初冬の旭山-3-

11/23のしろくま館。

私の印象に残ったのはなんだかとても切ないシロクマの姿。

同じところを繰り返し歩く。何度も何度も。1.2.3・・・1.2.3・・・。

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そして3ではかならず雄叫びのポーズ。叫んでいるかはわからないけど。
たぶんいつまで居ても同じ写真を撮ることが出来ただろう。

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旭山動物園が動物の本能にうったえる行動展示で良い動物園なのは周知の事実。
それでもやはり動物園。この切なさはしょーもないことなのかな。

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裏側もシロクマ。

寒さに強いだろうから寒いってことはないだろうけど。

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まるでこう言ってるように見えたんだもの。ドアのすぐそばで。

診断。

仕事を休んで病院に行ってきた。

市内の精神科(心療内科)の専門病院へ。

インターネット上の「うつ」チェックサイトをいくつやってみても、どれも80%以上の「該当の可能性」が示唆されていたので覚悟はしていた。

でも結果は良い方に予想外れとなった。確認せずにはいられず「鬱では無いですよね」と医者にきいてしまった。鬱に良く似た症状はあるけれど、おそらく身体の疲れと心の疲れで神経が不安定になったんだろうということだった。

帰宅して処方された薬を調べた。神経に作用させるような薬だからどんなものなのだろうと。薬の名前は「セディール」という抗不安剤だった。平たくいうと精神安定剤か。抗うつ剤としても使われるらしいけど、それはまぁいい。

さっそく昼から飲んでみた。副作用があった。調べた限りでは軽いほうらしいけど、私にはきつい副作用だった。めまいとふらつきがひどい。すぐに車の運転は無理だな、と思った。どうしよう・・・仕事。


それからしばらく夜まで葛藤が続いた。両親とも話しあった。薬を飲んでいる間仕事を休もうということになった。というよりも仕事が出来る状態ではない。薬と薬の間の1時間くらいは少しかいいのだけど。

「今は何が大切か」を考えたら自分の身体だったし、親にとっても娘の身体だった。この師走の12月に2週間も休む時点で「切られるね」というとそうなった時はそうなった時だと言ってくれた。ありがたい。本当にありがたい。情けない娘で本当にごめんなさい。そう考えてはいけないことはわかっているけど今はそんな言葉しか思いつかない。あとは会社がハケン会社がどう考えるか。でも正直そこに期待をするのはやめにする。

今の私の心境としてはもちろん仕事は続けたい。心が悲鳴を上げても流せるくらいの仕事量なら。今このハケンを切られたら、シジュウをこえた私にとっては就活はたぶん無理だろうし。今の仕事は嫌いじゃないし。

ありがたいことに同僚が言ってくれた。仕事のことは心配しないで。誰かが休んだらお互いにフォローに入るのだから。ごめんなさいとかもうしわけないとか思わなくていい。ありがたさに受話器越しにまた泣けてきた。

その言葉が現実的にハケンを入れ替える上司に言ってもらえるとも思わない。そんな甘い時代ではないし。たぶん上司は冷静に整理するだろう。ハケンが「使えないやつ」になったらおしまいだから。


とりあえず明日、2週間休めるかの結論が出る。

副作用。

セディール。ネットでは副作用が少ないと書いてある。

みんなの身体はどんだけ慣れているんだろう。

波こそあるもののぐらんぐらんで寝てばかりだし
歩く早さも喋る早さも格段に悪くなっている。

ありがたいことに上司の許可が出て2週間休むことになった。

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ここのところブログ書くとき以外PCを開けなくなった。
目も休まるかも。
テレビもほとんど見られず。1時間ものを何回かに分けてみる有様。
HDDにはもう60以上の録画が溜まっている。


はやく復活したい・・・。

少しの元気。

あいかわらずドロドロの副作用でも、ウチの中にいるぶんにはどんだけダラダラしたって平気なわけで、横になったり眠ったりしている。会社を休むことが出来て本当に良かった。

すこし何かをしたいという気持ちが出た。

胃の具合も芳しくないのでいつもは好きで飲むブラックコーヒーをここしばらく避けている。・・・そうだ、カフェオレを飲もう。そう思い立ちコーヒーを淹れる。でもそういえばカフェオレってどうやって作るんだろう?

確か濃い目のコーヒーと同量の牛乳だったはず。でもそこからがわからないので、ひとつの鍋に入れた。そして甘みもすこし入れて火にかけた。すごく美味しいカフェオレが出来た。

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本当は同量のコーヒーと牛乳を同時にカップに注ぐだけだったみたい。あとで知ったけど、わたし流で美味けりゃどうでもいいや。

このマグカップ。91年にオーストラリアで買った、18年前のケン・ドーンのもの。ちょっと欠けたけど相変わらず重宝している。大きいこのマグで飲んだら見事におなかいっぱいになってしまった。

・・・胃に優しくはなかったかもしれないね。

ドルマイシン軟膏。

先日、夜中に目覚めた私の手に血がついていた。
なんだか口の中も血の味で、洗面所の電気をつけて鏡の中の自分に驚いた。
唇とよだれのあとのようにぶわっと口の周りが血だらけだった。

よくよく見たら唇の皮がむけまくっている。でもどうして?確かに冬は乾燥するがこんなことになったことがない。それから朝母に見せるために写真を撮って唇を洗った。リップを塗ってもう一度眠ることにした。

朝起きるとまた同じ状態なのだ。無意識にさわってしまったようだ。
次の日母が薬局で「ドルマイシン軟膏」というものを買ってきてくれた。

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これは医者も処方する抗生物質を含んだものらしい。食事して歯磨き後に、という感じで1日3回塗った。すると・・・3日たった今、ほぼ完治したようだ。

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記録のために写真を撮っておいた。この薬を使う前の元気なときにネットでいろいろ調べてみた。リップクリームにも含有成分により良くない物もあるらしい。オイリーすぎて洗顔のときに負担をかけてしまうものも。

人によっては「ハチミツパック」や「馬油」「ワセリン」などいろいろなことを勧めている。もちん皮膚科にかかるのがイチバンという意見が大多数。きっとそれがイチバンいいんだろう。

このドルマイシン軟膏、医者に行くのもなぁ・・・というときにちょっとした手助けになってくれるかもしれない。ただし、これは抗生物質なので治ったらリップクリーム代わりに使ってはいけない。即やめることが大切なようだ。

それにしてもこんなことになったのは初めてだ。
身体の変調と何か因果関係があるのだろうか。

理解。

2週間お休みもらった。
会社の人でたいした説明を受けずにいる職員の人たちに、私はどう思われているんだろうか。休むにあたって相談した社員は「腰痛の悪化だと思っている人が多いと思う」と言っていた。

それはそれでよかったような気がする。最初は知られてもいいやとしか思っていなかったけれど。自分の今の状況を他人に理解してもらえるとは思わない。理解されないくらいなら興味本位で受け取られかねないので、心のどこかでは理解して欲しいと思っているのが正直なところだけど。

薬のことだけ言えば、どんだけ副作用がつらくてもだいぶ身体も慣れてきたのか横になっていれば楽に過ごせるようになってきた。じゃあ心はどうなんだ?と思っても「わからない」それだけ。

このままあと10日間こうやってすごせば自分の中のストレスが取り除けるのか?
ときどき泣けてきてしまうような不安定さが見事に消えるのか?

鬱々と考えると悪いことばかり考える。

だけど、数日経ってみて言えるようになってきたことがある。それは「あの仕事が嫌いなわけではないんだよなぁ」ということ。ハケンでやっと見つけた仕事だけれど、始めてみたら意外と面白かった。だから3年続いてきたのだと思う。

もしもサボリ気分で休んでいるんじゃないか、みたいな人がいたらそれはそれで悲しい気がする。わかってもらえなくてもいい、なんて思えなくなってくる。

以前、私は2箇所の職場でうつ病に苦しんでいる2人と働いたことがある。

ひとつはまだ今のように現代病として認識されていないうつ病が、悪い印象だけでとらえられている時代だった。私もほとんど知識が無く、イライラしやすく無口になってしまった嫌な上司だ、くらいに思っていた。結局、その人は休みがちで閑職に追いやられながらも時々会社に出てきた。うつ病が克服できたのか今でもわからないが、彼は癌に侵されて50代で亡くなってしまった。

もう一人は別の会社の26歳くらいの女性だった。とても快活で元気をもらえるような彼女も、だいぶ親しくなってから実は抗うつ剤を処方されているんだと言っていた。会社などでは快活にしていても、家に帰るとものすごく落ち込んだり泣き出したりするらしかった。

ただ、その頃は私も世の中で言われる「うつ」のことを目に耳にし始めていたから、少しか理解できるようにはなっていたかもしれない。

今ではインターネットでうつを調べてみると本人の過ごし方と同時に、うつの人にどう接すればいいかもすぐに調べることが出来る。もちろん調べる気になったときにはひとつのサイトの偏った情報だけでなく、たくさん見ることで情報が淘汰されてくる。

私はうつ病とは診断されなかったけれど、今回ほど近い症状に自分が侵されてみて知らずにいてはいけない病気だと感じた。誰でもなり得るのだ。どんな病気もそうだけど。自分だけがならないということもないし、うつに限って言えば自分のすぐ隣の人もそうなのかもしれない。

他人のことを理解するってほんとむずかしい。良かれと思うことでも相手にとっては苦痛でしかない場合もある。でも、理解をすることで1日に17人程度うつが原因で亡くなっている自殺者をひとりでも減らすことになるのかもしれないんだ。

外に出る。

今夜、話を聞きたいと言った上司と会うために、市内の居酒屋に行った。夜の薬の時間をすこしずらして、月曜日の病院以来5日ぶりの外出だった。

他に話を聞いてくれた同僚の女性が二人。忘年会シーズンの店内はあわただしくて、個室だったけれどあまり落ち着いて話すことが出来なかったかもしれない。でも精一杯、今の思いを話した。

同僚の女性の顔を見たとたん、やっぱり涙が出てしまった。まだダメだなぁ・・・。上司に話しているときもそうだった。上手く端的に伝えようと思っていたのにやっぱりグダグダだった。

だけどね、たぶん上司にもすこしは伝えられたようでほっとした。まだ自分が今後どうしたいかとか、休み明けにはがんばりますとか言える状態ではないことだけはわかるので、今はこれだけで十分かな。

街中がイルミネーションに包まれていた。
今年のイルミネーションをこんな気分で見ようとは・・・。

雪が降った。

どっかり雪が降った。

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なんだかんだで写真を撮る気持ちが残ってる。
・・・大丈夫大丈夫。

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こんなときに父は頼もしい。湿った雪になる前に、と出て行った。

母が庭の木をじっと見ていた。
なに?

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アカゲラだった。何もせずボタボタと降る雪の中でじっとしていた。

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けなげなアカゲラに、すこし気分がUPした日。

喜ぶ。

タイトルに悩む。「喜ぶ」というか「喜ぶべき」ことなのだろうから。

ハケン会社のルールに基づき4日以上の欠勤には医師の診断書が必要とのこと。身体に薬が合わないこともあり受診した。医師は「ウツではないし、一番軽い薬なのでそれで合わなくて辛いのならば投薬をやめてもかまわないですよ」と言う。

そして診断書にも病名は「しいて言うなら」ということで「適応障害」と書いた。なんとなく医師の反応に「突き放された」感を抱いた。私に必要なのはもしかしたら忙しく流れる病院ではなくて長く心を開いて話せるカウンセラーのような人なのかもしれない、と感じていた。

それでもこれは「喜ぶべき」ことなんだろう。

深いウツに苦しむ人がたくさんいる中で、私は軽度のものだった。周りが理解をしてくれようとしている今、改善に向かうのではないかという希望はあるんだし。

止血。

鼻血や、口の中を切った血や、唇の荒れの血が止まりにくい。

薬で肝臓が悲鳴を上げているのかな。

おまけに今日、月イチのものになった。

・・・・そしたら・・・

恐るべき大量出血。ハンパじゃない。

女性ならわかってくれると思うが、

ナイト用の激デカサイズのが日中でも
ほぼ1-2時間おきに取り替えなくてはならない。

痛みは無いがこんなのありえない。

まるで輸血が必要なんじゃないかというほどで

ついに尋常じゃない頭痛が訪れた。

私の身体はどうなっていくんだ?!

聴覚。

まぁまぁ・・・弱り目に祟り目である。
今日、耳鳴りが治らないので耳鼻科に行ってきた。
耳鳴りは今回の精神不安定が起きる数日前から(ほぼ同日頃)で、
途中は「ウツかも」と思っていたのでウツのひとつの症状に
耳鳴りもあるということを知って「このせいだろう」くらいに思っていた。

でも、セディール剤を昨日からやめてみても一向におさまらない。
ちょっと不安に思って耳鼻科にいったのだ。

私が不安になる大きな原因がインターネットにある。
wikiなどでいろいろと調べてしまう。体験者のサイトなり、いろいろ見てしまう。
情報で頭でっかちになる。それで不安になってしまうのだ。

今回も「耳鳴りにはいろいろある」というところから始まった。
最たるものには鼓動と近い耳鳴りは腫瘍の恐れもある、みたいな。
やめてくれ・・・今の私の耳鳴りは脈打つようにダッダッというもの。
その左の耳の耳鳴りの方向(左向き)を向くと音が止まる。
そしてそのまましばらく左向きでいるとまたダッダッと。


そんなんで耳鼻科の医師はこう言った。
鼓膜はとてもきれいだが、聴覚検査で左の耳に聴力の落ちている場所がある。
始まってすでに2週間放置してしまったので聴覚が戻るのに時間がかかるかも。

と、内耳にステロイド剤を処方された。一週間後に必ず来るように、と。
いやんなっちゃうなぁ・・・馬鹿だったなぁ、私。
耳鳴りを勝手に精神的なものと同一化して考えてしまった私の失態だ。


それでも耳鼻科からの帰り道なんとなくすこし気分がUPしていた。
精神的なものじゃない治療のなんと気が楽なことか。
効くか効かないかわからない薬じゃないもの。

すこし前向き、すこしだけ前向きだ。

目指すところ。

なんとなく光がさしてきたような気がしている。

会社に行こう、と思った。

セディールを真面目に服用するために、副作用に耐えるために2週間の休みをもらった。診断書も書いてもらったけれど、10日間で服用を中止。心が戻ってきたのと同時に副作用のダメージが無くなって、身体がとても楽になった。

枕詞に「みんなに迷惑かけているし」と付く状態の「会社に行かなくては」というのでもなく、「行けそうな気持ちになってきた」というのが本当のところだろう。

もともと有給休暇を使おうか迷った挙句、欠勤にすることにした。
それはなんとなく今後もここで働きたいという気持ちもあるからかな。
この先半年以上有給休暇が無かったらなんとなく辛いもんな。

来週の月曜日、とりあえず一週間は身体慣らしで受け入れていただいた。
ほんとうにありがたい。
切られるんじないかとハラハラしていたハケン社員としてはホッとした。

まずは一歩目指すところの「会社復帰」。
うまくいきますように。

一歩を。

月曜日から会社に行こうと決めて気分もUPしていた。耳鳴りのステロイド剤のせいもあってか、ちょっと寝付けず目をつぶったのは午前12時過ぎだった。ようやく入り込んだ夢うつつの中でくしゃみしそうになった。

でも出たのは咳だった。ふと目を覚まして時計を見ると午前3時。また咳き込んで「ああ、夢じゃなかったのか。でもまだ3時間しか寝ていない・・・」と思ってまた目を閉じる。するとなにか喉にターターと流れる。

・・・?

電気をつけてみると鼻血が出ていた。


ハナツッペをかる。(北海道弁かな、、、ティッシュを鼻に詰めること)

横になっているとすぐにスースーする。そう、すぐ真っ赤になるのだ。

なんでー?

それでもウトウトした。5分や10分ウトウトしてはハナツッペ交換、を繰り返した。もう嫌気が差したのが2時間後。午前5時についに身体を起こした。もう起きちゃおう・・・。そしたら6時頃には止まってきた。なんだったんだ?

その時点で自分の気持ちがものすごく落ち込んでいることに気づいた。また泣けてきている。こんなことで?!と自分でも思った。やはりまだ本調子じゃないのかな。月曜日に果たして復活できるんだろうか?時期尚早じゃないか?

どんよりしながらいつもかかっている総合病院が今日は営業していることを調べてかかることにすでに決めていた。もう病院漬けだけど、今しかない。月曜日には出勤したいんだ・・・・。

結局また気持ちが不安定になっている私を見かねて親が送ってくれた。
運転させるのが怖かったからか。



こうやって一歩を進んでまた後退して、また進んで。
・・・なのかなぁ。

検査。

鼻血やちょっとした傷の血が止まりにくいとか、月イチのものが今回どえらい大量出血だったり「血」に関する不安材料が多かったので総合病院で検査してきた。

※この記事は女性以外はスルーしていただきたいので「続き」に記載します。

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緊張。

明日、会社に復帰する。

それにしても緊張がひどい。

もちろんみんなの前で一度きちんと挨拶をすればいいさ。

でもね、挨拶で緊張するのもあるけれど

変なところで緊張している・・・。



化粧の仕方、忘れちゃったかもしれない。

最悪なのは運転の仕方忘れてないだろうか。

この2週間、廃人のよう(というのは大げさだな)・・・
というか脳も身体も完全に店じまいしていた。


だから昨日なんか身体を慣らすために午前中掃除をしたのに
ものの30分くらいで、身体が悲鳴を上げた。
息が上がって筋肉痛みたいにすらなっている。

初めてだった。こんなこと。
脳がついていっていないのか。

でもそれだけポケーっと休養が取れていた、ということなのかな?

明日からまた元の私に戻るのか。

いや、戻るというのは良くないんだ。
前の自分だったからパンクしたんだもんな。


信心深くはないけれど、これは神様の警鐘だったのかもしれない。
「おまえ、このままいったらヤバイよ?ちょっと立ち止まってみな?
ほんとのウツになる前に、ちょっと練習してみるかい?」みたいな。


自分の気持ちの持ち方一つで目の前の景色が変わるんだということは
今までだってわかっていたつもりだった。

でもそれをちゃんと実行できていなかった。

NOと言えない人、時にはやめることも大切なんだよね?

うまく生きられるように、練習だ。

シジュウの手習いってところか。

病み上がり。

なんとも情けない。
今日から午前中のみの復帰だったのだけど、
まったくもって情けない。

あえて死語を使うなら、帰宅後バタンキューである。

耳鼻科で処方されたトリノシンのせいかもしれない。
動悸がしていたからね。

ようやく帰宅してベッドに外套のまま倒れこんだよ。



そう、情けないのはもうひとつ。

まともに挨拶できなかった。

ロッカールームで少しずつ挨拶をしていたけれど、
朝礼でちょっと時間をいただいたのに、

途中で涙がこみ上げてしまった。
でも恥ずかしいからホッペをパンパンとしたけれど
言葉に詰まってしまった。

だってね、ハケンなんか切られたって仕方がないとか
代わりなんかいくらでもいる、なんて思っていても
やっぱり心の中では、嫌な職場じゃないんだし仕事は面白いし
何より「働くこと」を与えられることは幸せなわけで。


・・・わかんないけれど。もしかしたら今は切らなくても
次回の更新がないかもしれない。


それでも今はとても嬉しかったんだよね。
心が弱っている人間にとっては「受け入れてくれる」ということだけ、
それだけでなんとなく嬉しいものなんだ。

頑張りますとはいえないけれど、これからもよろしくお願いしますとだけ
伝えたかったのになぁ・・・泣いてちゃだめじゃんか。

あー情けない!

グーグーだって猫である

WOWOWで見た。漫画家大島弓子さんの実話だそう。原作の漫画はまだ読んでいない。漫画好きの方からすると映画の出来は残念だったようだけど、私にとっては思いのほか良かった。

映画館の公開時にちらりと見たいと思ったけれど、そのときは重い腰は上がらずWOWOWに至ってしまったのだった。

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猫飼いの人間からすると想像ではもっと「猫映画」なのかと思っていたけど、実際はそうでもなかった。淡々とほんと淡々と漫画家さんのある一時期が描かれていて、その助手のコがストーリーテラーのように物語に沿って描かれていく。

私がいまこの映画を見て心に留まったことは、まずはやっぱり飼い猫との別れっていつかはくるんだよなぁ。あのコ(猫)は私をどうみているんだろうか。

それと、猫飼いの永遠のテーマだろうけど「虚勢・避妊」は誰のための何のために行うことなんだろう。それをすることでどこに幸せがあるのか、そしてどこから不幸せがなくなるのか。難しい問題だよなぁと。

それから、自分の幸せってなんなんだろうなぁ、と。
きっと心の持ち方なんだろう。きっと物事の見つめ方なんだろう。
だけどもし見逃して「自分が不幸のかたまり」と思っているとしたら
自分がどんなに幸せであるかに気づけていないとしたら。

ひとりの女性の人生を見ただけ、それだけの映画かもしれない。
でもなんとなく今の私にはいろんなことを考えさせてくれる映画だった。

そうそう、吉祥寺に住んでみたくなるわ。なんかこんな街があるんだね、いいね、って思った。東京は住むところじゃないと北の最果てで思っていたけれど、吉祥寺、いいじゃん、みたいなね。単純。

あー、だけど嫌だったのはグーグーを吉祥寺猫にしたことだろうか。これにも賛否両論はあるだろうけれど個人的には完全室内飼いを推奨するので。特にアメショでしょ。血統書つきのコには病気だけじゃなくて危険がいっぱいだからね。なんてあまりに現実的なことを考えてみてしまった。映画なのにね。

捨て鉢。

なんかもう、弱り目に祟り目というのなんかとうに過ぎている。

お風呂で発見した右足ふくらはぎの内出血。

うんざりだ、もう。

もともと右足は椎間板ヘルニアになって手術をしてから不調が多かった。
先日もひざの後ろが痛くなって正座できなかったのだ。
ひざの後ろとふくらはぎが痛いなんて術後の神経不調で
よくあることだったのでフットマッサージをした。

改善した。それで良し、と思っていたらコレだ。

先日の総合病院では血液検査を「不要」と判断したわけで
それでいいと思っていたけれど。

やっぱり気になるんだけどぉー、みたいな感じである。

おデブだからまさかの動脈瘤?まさかでしょー、他に所見がないし。
内出血したって痛くないし・・・。

でも考えているだけでもう腐ってきそうだし、
医者じゃないから結論も出ない。

せっかく復帰した職場を午前中のみなのに休むなんて考えられない。
ってわけで土曜日に病院に行くことにした。

別に放っておいたって痛くないから出血は減るだけかもしれないけど
変な意味でもう捨て鉢みたいな感じ。

もう何科だろうがかかってきやがれ。ってかかかってやる。みたいな。

もううんざりなんだ!

щ(゚ロ゚щ)うんざりなんだよー!!

他人事。

甘やかして欲しいわけじゃない。
でも、事情を知ってるはずの人の自分本位の態度には
ものすごく心が痛んだ。

私の勤務時間が短いから忙しいだろう、不満もあるだろう。
それでもそれを表に出すべきではない、と私は思う。

私が当の本人だから優しくしてくれ、といっているのではない。


ただの愚痴吐きで済む程度ではなく心を病んでしまった人間にとっては
心穏やかに過ごす時間が必要なのだ。

「だったら会社に出てこなきゃいいじゃん」とあの人は思うのだろうか。


私は違うと思う。
心穏やかに社会復帰できる方法を与えたい、私ならそう思う。


ただ、問題がある。
それは私がそういう考え方をする人間だから心を病んだという事実。

私があの人のように、感情を表に出すことが出来る人間ならば
心を病むことなんかなかったんだ。


いい子でいたいわけじゃない。
ただ「嫌な思いをする人」が少ないならば、自分の感情なんか飲んだっていい。
それだけのことなのだ。自分がされて嫌だからやらない、それだけ。


会社に復帰して体力だけじゃなく人に迷惑かけずに過ごすことに
心が磨り減りそうなのに。

精一杯つつがなく午前中の仕事を終えて帰ることに徹しているだけなのに。



嫌な考えが私の中に頭をもたげる。
所詮他人なんかそれだけのことなのだ。
他人の痛みは絶対にわかることなんかないのだ。



まだ心の病は治っていないようだ。
っていうか治るんだろうか。



所詮、他人事。

ああ、気が滅入る。

オンパレード。

内出血、オンパレード。

土曜日に病院にはかかるけれど、それにしてもひどい。


091224_d001.jpg

まぁ、見たくない人もいるだろうけど
自身の記録だから。


おデブさんのわたし、病んでからというものあまり食べられずに体重が落ちた。


その後なんだか嗜好が変わって量とか質とか考えるようになって
そこからまたすこし落ちた。

人生最悪の体重からすると6.5kgくらい落ちただろうか。




このまま摂生に努めれば健康に戻れるかもね。おデブさん、脱出なるか?!


あ、それと耳鳴りが治らない・・・ステロイド剤の1週間が終わってしまうなぁ・・・。
どうなるんだろう・・・?

めりくり。

なんとも冴えないけれど今年も食べクリスマス終了。

091224_d002.jpg
親が新車を買ってもらった柳月のケーキ。でかい!

みんなどんな豪勢なクリパーやってるんだろう?



ケーキを食べながら泣いた人、どんだけいるかしら。

こんな娘でごめんね、の涙かな。


それとも両親の優しさにありがとう、の涙かな。


たぶん、悲しい涙ではないと思うけれど。

緊急入院

20091226150310
わんわん泣くってほどでもない…。

昨夜、緊急入院をした。

血液に疾患があるので至急治療スタートなんだって。

深夜に医者から言われた。


急性の白血病の疑いがあると。


何も反応できず。

そして深夜から始まる輸血。


理解もなにも…ただまな板の上の鯉。



携帯からなのでコメントを止められず、承認もできません。
つまりは読むことも出来ない一方通行なので悪しからず。


またもや私自身の記録って感じ。

長丁場だろうからそのうちパソコンを買ってきてもらおうかな。

はあ~こんな人生急展開あるんだね。

軽いものならいいなあ!
って…無理かもしれないけど頑張るよ。
親より先に死ぬわけにゃいかんし!


数日前にシジュウの手習いか、と書いた。

神様、すごいの寄越したもんだね!

っていうわけで書けたら書きます。
まるでみんなへの手紙のように。

 携帯からもどうぞ

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kaduriye

Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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