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急性白血病になり、何度も輸血をして、
献血のありがたさを身をもって体感しました。
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残念ながら現在コメントを承認制にさせていただいております。ご了承ください。
2018.12.25

そして始まり。

先週の内科受診から一週間この薬を飲んでみた。

メトアナ。とりあえずは上がりすぎた血糖値をどうにかするらしく、朝夕の食後に飲むことに。

初日はちょっと不整脈が出て心配したけれど、その後大丈夫だった。


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あれから一週間のうち3日間の食事記録をつけるように言われた。管理栄養士さんに見てもらうため。料理は嫌いじゃないし、同じのが続くと飽きやすいのは自覚していたので、ちょっと頑張った。医師に貰った糖尿病に関する冊子を読み込み、何をどうすればいいのか勉強もした。



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幸い、今日の栄養士さんの感想は「よくできている」だった。ただ、ちょっとタンパク質が多くて炭水化物が少なすぎるかも、とのこと。納得の説明にまた気合が入った。もっと勉強、そして慣れかな。


そして医師の診察。緊張していた。今日は膵臓の様子を血液検査で知ることが出来るから。先週看護師さんから糖尿病初心者の私に「怖いこと」が教えられた。「ずっとインシュリンを出し続けて膵臓が疲弊していてもう働けないってことが分かったら、インシュリンの注射と一生の付き合いになるかもしれない」と。そう聞いていたので今日の診察の緊張はひどかった。私は大丈夫、と言い聞かせる方法もあったけど、そんなハードルを下げて厳しい結果ならどん底だからやめといた。


結果、大丈夫だった。医師の雰囲気からも「こんなひどい肥満者の糖尿病患者の膵臓がまだぴんぴんしてらぁ」的なものが感じられた(笑) そして「強い膵臓を持ってて良かったね」と。この時ばかりは強い膵臓に産んでくれた親に感謝だなとすら思った。


私の膵臓はまだ働いてくれてる。ホッとした。


現在、眼科では網膜の出血も、歯科の歯周病も無く、膵臓がまだ生きていた。悪い数値にはなってしまったけど、この段階で気づくことが出来てよかった。いまがリ・スタートだ。ただ、肝臓の数値もわるいので食事だけじゃなく運動も頑張らなくては。


そんな嬉しいような日に、もう一つ。


なんだかメガネが合わないなぁと思って眼鏡屋さんに行ったら、なんと今年の1月から目が良くなってるじゃないか。0.6も近眼が弱くなっていて、下手したら運転にもメガネがいらないかもってくらいまでなっていた。そんなことあるんですか?と聞くと最近何か変わりましたか?と聞かれた。よくよく考えたらメガネが合わなくなった頃は糖尿病発覚したころ。鬱々と不安にさいなまれてテレビもPCもあまり観ず、気持ちも上がらないのでスマホで遊ぶこともしなかった。そのせいで目が休んだのかなぁ?だとしたらこんな悪影響なことはなるべくやめるに限るな(笑)


今日はそんな嬉しい始まりの日。


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2018.12.21

青天の霹靂ではなく。その3

診察が終わり帰宅して、わからないなりになんとか気を付けた食事をして食後にメトアナを飲む。


一時間半ほど経った頃、少しの不整脈とふわっとする感じがあった。でも低血糖症状というほどではない。そして薬を飲んでから二時間後くらいに、なんだか足元もぼわーっとする。副作用だとは思うけどひどくはない。ただもう数年前に治したはずの不整脈が出たことが不安をあおった。


なんとはなしに母に「なんか不安なので早寝します。なんかあったら電話します」と連絡したところ、その1時間後にわざわざ雪道を父に送ってもらって来てくれた(汗) 歳とった親に迷惑かけてしまったと思ったけど、やっぱり居てくれて話を聞いてもらってると少し安心して眠ることが出来た。


翌日は歯科へ。歯周病も虫歯も無かった。そして今日眼科へ。眼底検査をした。網膜の出血が合併症で酷くなると失明するという最も怖いものだと聞いていたので、ずっと緊張していた。結果は今のところ出血の所見は無いとのこと。


でも、医師が厳しい言葉をつづけた。「でも、要注意人物だよ」このままの生活を続けたらいつかはポツポツと出血して失明だよ。それにずっと続けた不摂生による高血糖の期間が長ければ、いま症状が無くても出てくるんだって。絶対嫌だ!


糖尿病の診断には衝撃と不安しかなかったけど、いまさら「青天の霹靂」とは言えない。私はなるべくしてなってしまったのだ。もちろん4,300gで生まれ落ちてからずっと「デブ」の人生だった。母には学生のころから「そんな生活していたら生活習慣病になるよ」と叱咤されてきたのに、来年50歳になるまでの今まで、美味しいものが大好きで食べたいだけ食べて太ったらダイエットして、そしてリバウンドしてを繰り返した。


白血病の治療が終わったころには30kg減っていたのに、それを完全に戻して人生最大にしてしまった。たぶん私も含めてまわりの誰も私が糖尿病になることを驚かない。なるべくしてなったと思うはずだ。


今までのダイエットとは似てるけど全く違うのは「挫折が許されないこと」。失明もしたくないし脚も失いたくない。そんな決意のもとに久しぶりにブログを開いた。本当はこっそり別のブログでも開こうかと思ったけど(笑) 私の第何章目かのスタートになりました。


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2018.12.21

青天の霹靂ではなく。その2

健康診断は悩んだ末1月にかかったかかりつけ医で受けた。4月に診せてと言われたのにスルーしたから合わせる顔が無かったけれど、今までの白血病にも気づいてくださった方で信頼はしていたので恥を忍んで病院に行った。


次の日、私の携帯に病院から受信アリ。もういやな予感しかないまま折り返した。看護師さんが恐ろしい値を告げた。「血糖値が220もあったの」「専門医を紹介するから一旦受診して」

その日のうちに受診。医師は大変だよという表情で「HgA1cが11を超えてる。すぐに専門医に行った方がいい」と言われた。


1月に注意してくれたのに、今まで太っててもなんでもなかったからってだらしない生活を送ってた自分が恥ずかしいのとショックとで穴があったら入りたかった。翌日には先生の書いてくださった手紙を携えて専門医を受診することとなった。


専門医ではあたらめて採血をした。HgA1cが12を超えていた。HgA1cは1~2か月前までの生活が表れるということなので、たった3日で1上がっていたということは、私の今年のに入っての自堕落な生活は明らかだった。


その日はすべての血液結果が出ないので説明に終始した。合併症の恐ろしさも、今ではなくこの先出てくることも聞いて不安しかない。いまから私が頑張っても合併症から絶対に逃れられるわけではないというわけだ。私には頑張る選択肢しか当然無い。


この日は血糖値を下げるための「メトアナ」という薬が処方された。


(また長くなったので…つづく)


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2018.12.21

青天の霹靂ではなく。

約一年半ぶりの投稿。


またこのブログを闘病日記にしたくなかったんだけど、今週、糖尿患者になってしまった。厳密に言えば既にそうだったのが発覚した、というのかな。


今年の1月末に採った血液のHgA1cが最低ラインだけど糖尿だと示した。かかりつけ医は頑張って減量して4月にまた診せてと言ってくれたのに、私は忙しさにかまけて行かず、その後は自分の手の手術や家族手術や術後のヘルプなどが続き疲労困憊。

独り暮らしのキッチンに立つことも面倒で朝食こそちゃんと作っていたけど昼夜は外食やコンビニなど手抜き三昧。当然体重も増えて、7月末には人生最大を記録。


その人生最大におののきスポーツジム再開。2か月を過ぎたころ鮮魚売り場で濡れた床に滑って転び腰痛悪化の上に「すべり症」と言われジムから足が遠のき、挙句に12月にシーズン初のドカ雪の日に除雪中に転倒してひざ負傷。運動不足決定…。


そうこうしているうちにふと気がついた。なんか最近、すごく水分飲んでるしトイレに行く回数も多いし、多尿。12月に思い返したら9月か10月くらいからそうだった気がする。暑いからかなーと思ってた。そして12月。毎日測っている体重がジワリジワリと減っている。人生最大値を記録した日から12月までに6kgくらいも。さすがの私も心がザワつきはじめた。


先延ばしにしていた自治体の特定健診を受けようと思ったのが今週の月曜日。


(長くなったので、つづく)


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