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秋支度第二弾。

トロリウスゴールデンクィーン
春から初夏に咲く花のはずがずっと秋まで咲いてくれた。

ミスカンサス
多分‘コスモポリタン’だと思う。去年植えたものがようやく今年ひとつの花をつけた。

ススキじゃん。そうか、ススキだったか(笑)うまく管理しないと荒地風になってしまうな。

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今年は街路樹の紅葉がキレイ。
その分落ち葉がつきもので、落ち葉を掃き窓を洗った。大掃除っていっても年末には寒すぎてやりたくないと思ってるので、秋になったらゴソゴソ始めるのはこの一人暮らしになっても変わらず。
窓を洗い内側から窓拭き。真剣にやったら気温15度でも汗だく(;´∀`)

窓拭きのために裏手に回ったら、ついこないだ母に手伝ってもらって掃除したのに枯葉が山積。見上げれば犯人は裏手の古い家の敷地にある雑木。庭で広葉樹ってのなら愛でているんだろうしと我慢するしかないけれど、この木は住人にさほど愛でられている様子もない。かといって切ってもらえるわけもなく、ただただ恨めしく見やるだけなのですが・・・(´;ω;`)
ともあれ、窓がキレイになるとなんとも清々しい。

喘息。

最近のマイブームが「チェダーチーズを焼くこと」。
今朝はフライパンでベーコンを焼く時に最後の1分くらい前に乗せて蓋をした。
少し柔らかい感じが美味🍴時にはフライパンに焦げついたとこもまた美味😁

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ところで、あれから下痢はだいぶおとなしくなってくれた。でも、喘息の咳が残ってしまった。最後にヒューと苦しさが残る。それにしても「ヒュー」と朝思ってから「ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース」ってワードが脳に残る(笑)どんな歌だっけか。

明日はフードバレーマラソンで交通規制が敷かれる帯広。食料買い込んだし引きこもり準備完了。


鏡の中。

実家から朝戻った後、何にもしないで過ごす。まだ下痢治まらず。

それにしても旅行から帰ってからブス感が鏡の中からあふれ出てて、何がおかしいのかじっくり観察したらね、瞼が下がってるような気がする。若いころは「目が大きい」と人から言われていたのに、鏡の中の今の私は目頭から下がってる。

数年前にあった私より年上の女性がそうなっていて「年取ったなー」って思ったんだった。おんなじだ。うわー、私も年取ったんだ(笑)当たり前のことだけどショック。気づけよって感じ。
ブスだなぁ・・・。(自分で言う分にはいいよね?)

秋支度。

私の庭の紅葉が・・・と言いたいところだけど(笑)お隣さんのキレイな紅葉🍁
実家から母を乗せてきて手伝ってもらい庭を整理して、床下換気口を閉めた。
お礼にお昼ご飯をおごるよと「えび天」に行ったけど結局おごってもらっちゃった(;´∀`)

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まだ花が咲きそうなもの達は第二弾掃除まで放置して楽しもうかな、と。
アイビーとダイコンドラは雪をかぶせての冬越しにチャレンジしてみようかな。
秋支度…ヘロヘロと息上がる。下痢もだいぶ治まってきたと思っていたけど、まだ本調子じゃなかったんだなぁ。また実家に泊まることにしちゃった。ダメダメだー。

相変わらずの。

結局、昨日の病院は何だったのか…夜中の3時からトイレに通ってかなりの寝不足。
最後は6時に布団から起きだした。
朝から雑炊を作って口に入れる。グルグルいってるのはなかなか治まらず。

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夕方になってもう耐えられん、と思って実家へ。
道々、カラスがめっちゃ気持ち悪いくらい居た(;´∀`)

病院へ。

ようやく病院にかかることにした。
咳が気になるので喘息の主治医にかかろうとしたら出てる日じゃなくて別の医師になってしまった。
レントゲンと採血と便の検査。問題は海外から帰国したばかりだということらしく、検査だけでうんざり疲れてしまった。

検査結果はまた後日とのこと。とりあえず下痢止めを出された。
オイオイ、わざわざ呼吸器科にかかったのに…。

かっこいい人。

WOWOWでユーミンの「TIME MACHINE tour」を鑑賞ちぅ。

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これは横浜アリーナらしい。やっぱり帯広のとは規模が違う。歳をとって声量も少なくなってもステージングは先をいっていてカッコイイ。こうやって歳をとってる女性ってなかなかいないよなぁ。

と、鼻水くしゃみと闘いながらソファでダラっと居る自分が情けないわ(笑)

そんな午前中、母が来てくれる。
私は鼻水くしゃみと下痢と咳で酷いので何もする気が起きずに散らかしていたのを少し片付けてくれた。夜は自分でお粥を食べる。治りたいよー。

お目汚し。

お目汚しの写真ですが…。

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ウズベキスタンから帰国し休息の日々を送ってる訳だけど・・・帰国翌日に寄ったお家の飼い猫によるアレルギーが今頃になってせ出たのか、はたまた実家に泊まった時に朝風呂を浴びてから寒い中を自宅に戻ったから湯冷めしたのか。

いずれにしても鼻水くしゃみと闘ってて( ;∀;)
このティッシュは約3分間にゴミ箱を取りにたつのも億劫なママ積み重ねた次第(笑)

熱は無いので風邪よりかアレルギー性鼻炎かなーと思ってんだけどね。しっかし、これきっかけで咳喘息を誘発しちゃってるしサイアク。やんなきゃいけないこといろいろあるのに、なんもしたくなーい!

咳と腹痛。

( ノД`)シクシク…

だんだん喘息のなのか咳が取れなくなってきた。
下痢も治らない。ウズベキスタンでなんかもらっちゃったのかなー…。。

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お腹安静に。

約1週間強家をあけていたもんだから、モンステラ達が見るからに「水くれ状態」だった(;´∀`)

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朝ごはんは和食にした。しばらくはこんなおとなしいものにしよう。

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というのも、私のお腹は相変わらず緩く、どうにもこうにもトイレから離れられない感じ。
ウズベキスタンの油、恐るべし。

東京での後泊そして帰路。

日暮里のホテルサニーは駅のすぐ横にあってとても便利だった。良くも悪くもふつうのビジネスホテル。ごはん付きのプランで、レストランは別のフロアだということだった。そのレストラン「ニュートーキョー」は従業員の方はほぼ外国の方のよう。でも日本の語がとても上手でびっくり。東京に来るとコンビニなどのサービス業に外国の方を多く見かけるけど、みんな語学が堪能なことに驚く。私が海外に行ったってこんなちゃんとしたことできないよなぁ、と感心する。

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ザ!ニッポン!な朝ごはん♪ウズベキスタンの食にどうも馴染まなかったので、恋しかった日本食。固かろうが白いご飯は嬉しい。焼き鮭も、ね。

食事が終わって部屋に戻り荷物を宅配便で送ることにした。今日は夜便で北海道に帰るのでそれまでヒマを持て余す。そんな時に大きな(それも重い)トランクをゴロゴロするのが嫌だった。東京に住む家族に会いに行き、別れたあとに千駄木の行きたかったお店へ。

「いせ辰」が好きなもんで谷中本店。
で、亀の子たわしのお店へ。雑誌で見ていたので来たかったんだ~。

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ちびっ子たわしと手洗い用たわしを購入して大満足( ´艸`)

時間は早かったけどぼちぼち空港に行くことにした。

そして19時半前には帯広空港に到着。

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実家に泊まることにして帰路にスーパーに寄る。たぶん父が冷蔵庫を空っぽにしてしまっただろうと野菜を買い込んだ。旅行中は新鮮な生野菜を食べる機会がなくて(コールドサラダはどれもドレッシングあえ)、たいして野菜が好きな訳でもない私が「野菜が食べたい(;´∀`)」と思うなんて多分身体が欲してるんだよね~。

疲れた。お腹も下り気味。やっぱり実家だとしてもわが家が一番(笑)
海外旅行は大好きだけど毎回思うんだよなぁー。

ウズベキスタン旅行記(6日目仁川乗継で成田へ)

朝になり、8:55に韓国の仁川空港に到着した。
ソウルはスモッグなのかぼんやりとしてみえた。

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乗継のエリアへ。もう慣れた、と言ってもいいかな(笑)5日前だから記憶に新しい。さっそくビジネスクラスのラウンジへ行く。帰国便は夕方なので時間がたっぷりある。でもおなかの調子も良くないのでゆっくりとラウンジで休むことにした。

もともと日本でツアーを申し込むときに「帰国の際には乗継便までにとても時間があります」と聞かされていて、ネットでトランジットツアーを調べてもいた。英語の案内しかないけれど短い時間からツアーが充実していたので、韓国に一度も行ったことが無い私としては、今後も行くチャンスに恵まれるかどうかもわからないしちょっとしたツアーでサクッと見てこようかな、とか。

ところがこの体調であーる。下痢にはまだなっていないけど下痢止めを飲んでちょうどいいくらい。ものすごく悩んだけどツアーはあきらめた。色々調べたんだけどなー。

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10時50分。なんとなくラーメンが食べたくなり(お腹壊しているクセに)、韓国と言えばってことで辛ラーメンのカップ麺をラウンジで食べた(笑)お昼ご飯のつもりだった。

食べ終わってからなんとなく元気が出て暇だしブラブラしてこようかということになった。そうなると荷物が邪魔。トランクは預けていたけど手荷物も少しあったので、カウンターでラウンジで荷物を預かってもらえるか聞いてみた。(エセ英語ね)
するとロッカーがあると言われ、言われた方に行ってみるとパスワードを自分で決められるロッカーがあった。これで気持ちも身軽になった( ´艸`)

ってことでターミナル散策へ。

広いとはいっても中心を起点に左右対称に同じタイプの店が並んでいる。なので片翼に往復したら半分は見る意味もない。わりと時間がかからなかったのでたいして時間つぶしにならなかった。中心部分に戻ってくるとレストランエリアがあった。さっきカップ麺を食べたばかりのような気もするけど、食べたくなってエリアに入ってみた。
エスカレーターを上がっていくとレストランの一覧とメニューがあって、発券レジがある。このエリアの入り口には日本語があったので安心して進んできた。ここのメニューにも日本語があった。中華にすることにした。母と私はこういうとき意見が一致しやすい(笑)ラーメンが食べたいね。チャーハンもいいね。ってことでさっき食べたカップ麺のことは記憶から消して( ´艸`)

レジにも貼りだされてる写真入りメニューと同じものがあり、指差しとエセ英語で注文。まずはクレジットカードが使えるか聞いた。ウォンもドルも持ってないのでカードが使えなければ食べられない。カードが使えるとのことだったので注文。

フードコートのようなところでベルを渡されて、デスクに「振動ベルを入れてください」と日本語で書かれているポケットに置いておく。てっきりブザーが鳴ったら取りに行くと思っていたら運んできてくれたので、席に座っているだけでよかった。

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海老ワンタンの麺とチャーハン。母とシェアして食べた。これが美味しかった。ほんとに。口に合って「さっきのカップ麺食べなきゃよかったね」といいながら満腹。

12時を過ぎてのんびりまた散策に出た。
今後のために広くて便利と言われる乗継ぎのエリアが見たくなった。
ビジネスラウンジに戻りつついってみると確かに広い。ベンチタイプの広いソファもところどころにあり、確かに寝そべって休むことができる。ただ、全部満席。たいした人数はいないんだけど、みんなドーンとゆったり使っているのでね。

どんどん奥に行くと充電ができるエリアやシャワーなども。リラックスして寝られるベッド(簡易なソファタイプ)が並ぶ少し暗くなっている部屋(オープン)があって、そこで横になりたいなーと狙ったもののそこも満席。母が歩き疲れたようなのでラウンジに戻ることにした。

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15時になって搭乗口に向けて出発。20分くらい待って搭乗が始まった。
帰国便ももちろんビジネスで、今回の旅行中のどのタイプとも違う機体だった。一番「ビジネスクラスのイメージ」にぴったりかも。一人一人がボックスっぽくなってる。

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そして今までの中で一番フラットに近くまでシートが寝る。母に写真撮りたいから横になってみて、とお願いしてみた(笑)せっかくだけど2時間程度のフライトなので寝る必要もなく…(;'∀')

日本に帰り着くころに見えた夕焼け。

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あ、もちろんのこと食事も出る。

ほんとアレだね。アシアナ航空ってどうなの?と思って調べてみたらネットの口コミでもやっぱり機内食がどうのシートがどうのっていう良くない口コミがあったわけだけど、結局自分の感想としては「十分アリ」。何の遜色もなかった。もちろんエコノミークラスは経験していないので、あくまでもビジネスクラスの話。食事も美味しいし、シートも満足だし乗務員の方たちも。日本語オンリーの私でもなんとかなった( ´艸`)

さて、成田に着いたのが18:15。
ウズベキスタン旅行はこれにて終了。あとは、すぐには帰れない北海道帯広(笑)後泊がある。

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今夜の宿泊地、日暮里に向かうのである。

ウズベキスタン旅行はどうだったか、と聞かれれば「良かったよ」と答える。ただ、食事はあまり特筆すべき大ヒットはなかったかもしれないな。たった5日間だったからなのか、観光地も「モスク、またモスク」というイメージもある。ディープなウズを味わってないから、表面ツラの旅行だったかもしれない。危険な目にも合わなかったし、旅のエピソードにできそうなことといえばガイドちゃんとのことばかり。
それだってガイドちゃんは一生懸命だったけどやはり初心者ガイドさんに当たったのが残念な話。もっと変なところに気を回さずにどっぷり楽しめたらよかったな、と思う。ともあれガイドとしてじゃないマーちゃんは良い子だった。いいお嬢さんだった(笑)それだけ、かな。

そんな状態なのでリピーターになる可能性を聞かれたらゼロだと答えるだろう。あの国に住んでいた人達には長い歴史があるかもしれないけど、あの国自体がお勧めする観光内容としてはロシアからの独立以降なので歴史は浅いといえる。だから観光の内容もなんとなく薄い。でも一度は行ってみたらいいとは思う。

私がもしウズベキスタンのツアーとしてやってみたいことがあるとするなら、観光としては薄いと思うのでもっと「体験型」を打ち出したらどうだろうと思う。例えばウズベキスタンの有名な焼き物に絵付け体験してそれをどうにか旅行中に持ち帰れるとか、スザニのミニチュアでもいいので手織りするとか、プロフをはじめとした料理をしてみるとか、そういう内容が欲しいな。思い出ももっと深いものになるだろうと思う。

ともかく、無事に行って来られてよかった。
母の脚も私のお腹も決して良い状態ではないけど、なんとかなった。それにはやっぱりビジネスクラスのツアーを選んでよかったんだな。高かったけど頑張ってよかった( ´艸`)

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケントから帰国)

ホテルから20分ほどでタシケントの空港に到着。
今夜は満月らしい。ものすごく月明かりがまぶしく、写真に撮ると街灯とさほど変わらない光量のような気がする。

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駐車場から母と私そしてガイドちゃんの3人で空港へ入る。ウズベキスタン語もロシア語も全くわかんなかったので、チェックインを手伝ってもらおうと思った。

そういえば、5日前にタシケントに到着したときは建物からかなり離れたところで出迎えてくれたっけ。中に入れるのか心配だったけど、パスポートを出して彼女も入ることができた。良かった。

沢山のひとがいて混雑していたけど、そこはビジネスクラスなのでカウンターは空いていてすぐに受け付けてもらえた。けど、ここで問題が起きた。ガイドちゃんが何か説明をされて何かを受け取った。私たちに渡してくれる時に「タシケントの空港にはアシアナ航空のラウンジが無いので、そのお詫びにくれました。空港で何かを買って食べてください」と説明した。彼女の日本語の意味は分かるけど、ちょっと意味が分かんない。30ドルも使って食べる?お詫びって…?
ちょっと食い下がってもっと詳しく聞きたがったら、彼女はあからさまにめんどくさそうな顔をして「だったら自分で聞いてください」という(笑)さてはもう帰りたくなってるな?と想像して彼女に頼むのはやめた。チェックインなら私でもなんとかできただろうに、唯一言葉がわかる人がこの肝心のシステムを通訳してくれないわけか。もういいや、と思ったので帰っていただくことにした。
丁重にお礼を言って( ´艸`)
今までの旅行先のガイドさんは「一応」名残惜しそうにしばらく手を振ってくれたものだ。だけど彼女はもう振り返りもせずにさっさと出口へ向かっていった。なんだか非常に残念な気分のお別れだった(笑)

さて、この券よ。
どうにかして使おうとしたものの、空港のここの待合室にはキオスク程度の店とバーのようなスツールの並んだカウンターカフェが2階にあるだけ。どちらでも「これ使えますか?」と出しても首を振られるだけ。クッソー!イライラするわー。こんな時英語さえ苦手な自分を恨む。

悩んだ。英語ベラベラの家族か友達に連絡しようか。でも日本は深夜の12時近くて、メールをすぐに読んでくれるかわからなかったし、もし読んでくれれるとしてもすでに寝ているところをメールの音で起こしたら迷惑だ…とか。

ハッと思い立った。Google翻訳のアプリがあるじゃん。あのアプリで読ませれば…とやってみたけど、最後の最後にネットに繋がってなくてできない。しばらく格闘してて気づいた。このアプリに画像を翻訳する機能があることを思い出した。写真に撮って翻訳してみたら…できた。
へんちくりんな翻訳ではあったけど、なんとかわかったことがあった。
それは、
「アシアナ航空の管轄内でのみ、運行便航空券(税抜き)、超過手荷物費用、機内販売、韓国内のアシアナラウンジ利用、ノーショーペナルティ、航空券再発行、払い戻しなどに使える。」
というものだった。

つまり、私がこれから使う機会としたら帰国便のアシアナ航空機内販売だけだ。
私と母の名前がそれぞれに記入済みの物なので誰かにあげることもできないし、そうそうアシアナ航空を利用することも考えられない。なんとかそれを翻訳できたので機内で使うことに決定。

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さて、そうなるとだ。ビジネスラウンジでご飯を食べようと夕食は食べなかったのに(笑)

仕方なくCafeに行こうとしたら満席。空港内のベンチも満席に近く、杖をついた母が可哀想だし私も腰が痛いしもう泣きそう( ノД`)シクシク…
ようやく見つけたベンチに母を座らせて残った7,000スムを自販機で使い果たすべく立ち上がった。意気揚々と自販機に向かったら・・・全部ロシア語_| ̄|○ 私はコーヒーすら買えないのか?!

そこでまたまた登場したのがGoogle翻訳アプリ。カメラ読み取りでスキャンしたら何とか「カフェアメリカーノ」を読めた。これで5,000スム。そしてあと2,000スムを隣の自販機でチョコを買って終了。スムは全部使い切った!

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それにしても切ない( ;∀;)
こんな固いベンチでなけなしの現地通貨で1杯のコーヒーとチョコを分け合う母子(笑)
仁川空港のラウンジでこのリベンジはさせてもらうわ!

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1時間前になってようやく出国審査が開始された。いちいち混んでいる。中に入るとブランドものの免税店などが少しあった。さっきまでいたところとは少しは違う。でもやっぱり混んでいるので席が少なくてようやく見つけた席を死守するべく、トイレには一人ずつ行ったりして工夫していた。

案内のアナウンスもウズベク語、ロシア語、韓国語があったかどうか。動き出したっぽかったので私たちも並ぼうかと席を立った。でもすぐさま長蛇の列。さっきのカウンターでチェックインした時の男性係員がいたのでなんとか声をかけてみた。チケットを見せながら日本語で(笑)「あのー、ビジネス、ヒア?」英語とは決して言えない(笑)

すると彼はチラ見してここに居ろと指し示す。エコノミーの長蛇とは別のところだった。やったぜ♪もちろん他にもビジネスクラスのお客さんはいたけどたぶんそういう方々は余裕ぶっこいているんだろうな。私たちみたくセコセコしてないんだわ、たぶん(;´∀`)

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長蛇の方々が見送る中、私たちそしてその時にはすでに後ろに2-3人いて、先んじて階段を降りるときの優越感たら無いわけよ。貧乏くさいけど…。

先に出ると当然バスも座れる。そのバスで飛行機まで運ばれた。
満月が美しくて、写真撮ってる間に続々と人が来たけれども。

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22:20発のアシアナ航空にて、ウズベキスタンを後にしたのだった。

帰りは今までともまた機体が違うものだった。
22:35過ぎに遅れて離陸。

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充電コンセントもちゃんとあったし。
いつの間にか眠って、23:15頃、何ご飯でしょって感じの時間にご飯になった。
食事も美味しかった。帰国してからいろいろまた調べていてアシアナ航空の機内食がひどかったと目にするんだけど、ビジネスだからなのか私は美味しい物ばかりだった気がしてる。

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0:00に食事を終えて、あと4時間半ほぼフラットに近いところまでになるシートも快適で食っちゃ寝。だけどやっぱり下痢っぽいのは続いていて4時ころに薬を飲む。薬のおかげかひどくはならずなんとか日本に着きそうだ。

機内ではあのクーポンを使うべくカタログに向き合った。真剣に( ´艸`)
ぴったり30ドルの物が無くてチョコレートという消えものを注文。24ドルのと28ドル。
母の分もね。CAさんが「お釣り出ないけど良いですか?」と言ってた。
これがラウンジ分かぁー。30ドルが高いのか安いのか…?

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケント午後の市場とデイユース)

次にやってきたのはチョルスー・バザール。



月曜日は建物内の市場はお休み。でも場外市場はやっているようで、15時半ころに着いたときにもたくさんの人が買い物していた。観光客は休みだからとあえて行かないかもしれない。

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晴れていたし整然と通路わきに並んでいるので雑多な感じはなかった。ただ、足もとは一応舗装はされているけど凸凹もあったので、もしかしたら雨あがりだと汚いのかもしれない。…ん?さっき雨降ったよな。とすると水はけはいいってことか。

果物などは買う予定はなくて、目的はようやく旅の最後に「陶器」だった。旅の途中では重くなるので今までも見かけてはいたけど買う機会はなかった。

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どこの国でも市場ではつたない現地語などで価格交渉するのも楽しみだったりする。それが今回は全部ガイドちゃんがやってくれた。私と母が「もう少し負けてほしいな」的なことをやろうとすると「やめてください。私を通してくださいって言ってるでしょ」と割って入る(;´∀`)

いや、それはそれでいいけど…。結局安くなったとしても、私たちにはわからない現地語で会話して「彼女の力量で」やってくれちゃうとこっちの達成感はゼロなんだよなー(笑)

結局直径30cmくらいの大皿2枚を8ドルで、直径10㎝くらいの小皿4枚と焼き物の飾り物を11ドルで。大皿1枚400円程度ならもっと買いたかったけど、荷物が重くなっちゃうのであきらめた。
お店の人は意外にも緩衝材をたっぷり使ってくれたので安心して持って帰ることができた。

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花き市場もあるのでトラックが鉢植えなどを搬入していた。駐車場には鉢植えを買って帰るのか売りに来たのかわからないけど、一台のとっても古い車が止まっていた。日本にいたらオンボロと言われそうだけどココだとなんだか味があるように見えるから不思議( ´艸`)

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駐車場出口にはタクシーの客引きがいた。反対側には巨大なビルがあって、あれは何かとガイドちゃんに尋ねると、現在は廃屋となっているそう。最初は韓国の会社がホテルとして建て始め、途中で理由はわからないけどとん挫してしまったらしい。その後トルクメニスタンの会社が引き継いだものの2年間ほどウズベキスタンとの関係が悪化したために中止。その後関係は改善されたのですが、建設はストップしたままなんだとか。人が入っていなければこのまま廃ビルとなってしまうなんて、なんとも勿体ない…と思うほど巨大な建物だった。

さて、そんな話を聞きながら、デイユースでとってもらったホテルへ向かう。ここからはわりと近いはずだった。5kmくらいで10分か15分くらいのはず。
実はすぐにでも休みたい私はどのくらいで着くのか知りたくてGoogleMapアプリを立ち上げていたの。それが目的地への曲がり角を過ぎてまっすぐ進んでしまった。おかしいなぁ…と思ってドライバーさんを見たら彼は自分のスマホでナビしている。間違うわけないよな。彼は地元民なんだし何か交通制限か何かで回り道が必要なのかな?とか思いながらアプリを見ていた。

しかーし、どんどんホテルはマークが離れていく。どんどんどんどん、だ。何度かガイドちゃんに「離れて行ってない?」というと笑って「あってます。心配しないで」という。また少しして「ねぇねぇ、これみてよ、大丈夫?」と私のスマホを差し出すとドライバーに何か言った後笑いながら「心配しないで、ね?」と。どんどん走る車。しびれを切らして「ねぇ、絶対間違ってると思うんだけど」と言ってスマホを渡した。ここにきて休む時間が無くなっていくじゃんか。

ようやく彼女はドライバーに私のスマホを見せて話し込んだ。返してよこしながら「もう着きます。ほら、着きました」と右のわき道に入った。住宅街の中の行き止まりの小路で一軒のホテルがあってその前に車を止めて彼女はホテルに入っていった。でも英語で書かれた看板は完全に違う名前だった。勘弁してくれよぉー。

戻ってきたガイドちゃんは再度確認して「すみませんでした。違いました」という。ここで責めないのが大人かもしれないがつい口をついて「でしょ、だよね?もどろう、早くー」といった私(笑)
そのあとは私の口頭ナビが始まった。私はスマホのGoogleMapアプリをナビにしてガイドちゃんに通訳させてドライバーが車を動かす、そんな状態になった。

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ただ、その状況はもはや地獄絵巻ではなくて、車内はゲラゲラ笑いながらだった。「次、あの角で左ね。そしてすぐの角を右。」「ハイ、次は川が出てくるからその手前を右!」と変な話「的確」に指示をする私。どんどん通訳するガイドちゃん。
私タシュケント運転できるかもね、とか冗談を言いながら( ´艸`)

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チョルスー市場からまっすぐ来れば16:20にはついているはずが、結局倍近く走って16:50頃にようやくホテルに到着したのだった。笑いはしたけどヘトヘトだった(笑)

Samir Hotel


細い道路に面してホテルは建っていた。
洒落たエントランスとロビー。小さいけど期待ができそうだ。

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フロントも小さい。ポロシャツを着た男性が対応してくれた。

部屋は一階でロビーからすぐ。ガイドちゃんはロビーで時間をつぶすということだった。
Wifiもあったし、部屋は清潔でかなりいい。今まででかなり上位くらい。
最初からこういうとこ選べばいいのに(笑)

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19時まで休むことができた。
でも陶器のパッキングや詰め替えたりいろいろやっていたらあまり寝ることはできなかった。

そして、何よりもデイユースまでして休憩してよかったのはトイレ。時間があるならタシュケントを満喫するべきだったのかもしれないけど、私のお腹はけっこうまずい状態だった。下痢止めを飲んでなんとか日本に帰りつかねば(;´∀`)

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケント昼食と買い物)

さて、11時半にレストランに着いてランチ。
Rayhon というタシケントでは有名なファミレスのようなお店で。


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とっても広い店だった。
タシュケントで有名な料理Norin(ナリン)という料理を食べた。(ノリンと書く人も)
ガイドちゃんはナリンと言っていた。

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動画を撮ってみました。



小麦粉を練ったもの(茹でてはいないみたい)を細くカットしたものと、馬肉を混ぜてクミンと胡椒とたまねぎをあえたもので、ちょっと独特な味。クミンがそうさせるのかなぁ。
塩味のスープが一緒に出てきて、塩味のが美味しかったのに、浸して食べるのも良いと見せてくれた。でも私はちょいと苦手だったかな~(;´∀`)

↓干したようなソーセージのようなこのお肉が馬肉なんだそうだ。この料理はお祝い事にも使われるとか。でもこんなファミレスのようなところで食べられるんだね。

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食後にケーキを食べた。甘すぎなくて意外にも美味しかった。海外で食べると甘すぎたりスポンジが固かったりするけどここのはわりと日本っぽい。

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それでも私の食べたのはコーヒー必須だった(笑)
緑、すごいよね( ´艸`)

ケーキを食べていたころに雨が降り出した。

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一緒に食事をするのはこれが最後だったし、ガイドちゃんにハンカチをプレゼントとしてあげた。実はソレ、私が出発前の成田空港の雑貨屋さんで気に入って買ったもので、和柄なんだけど洋風にも使えそうだった。初日に「14日が誕生日なんです。一緒にお祝いしましょ」と言われていたこともあったし、道中に説教したこともあったし、なんかあげようかとホテルで母と話し合った。「あげるものが何もないわー。道中ずっと一緒だったから買うこともできなかったし」ということで、泣く泣く(?)私の自前の物の中で唯一の新品をあげることにしたわけだった。

ガイドちゃんはとても喜んでくれていたようだった。

食後、ちょうど雨が上がった。次に訪れたのは、Samarqand Darvozaというショッピングモールの中のスーパー「Makro supermarket」。



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正面のいい場所に「メイソウ」があった。
初めて見た。ガイドちゃんによく来るの?と聞くと来るという。少し高いけどやっぱり日本の物ほしいですし、と。・・・ハイ、教えておいたよ。「これは中国企業で日本の物ではないよ」とね。驚いてた。すっかり日本の企業だと思っていたらしい。

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もちろん100均という値段ではなかった。マグカップひとつを円換算したら500~800円くらいのものまであった。これはウズベキスタンでは高価な物なんじゃないのかな?
無印のパッケージにそっくりなものもたくさん。ひどいなぁ。日本国内でやったらすぐ追い出されるけど、海外でならこうやってわからないままに購買客がたくさんいるんだもん、大きな商売が成り立つよなぁ。それでも時折カワイイデザインのものがあったりした。買わなかったけどネ。

さて、スーパーに行った。このころには私のお腹は本当にまずいことになってきた。下痢に違いない、とトイレに行ったら案の定…。落ち着いて買い物してまたトイレ、となんだか全然ダメだ。

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観光はこれでほぼ終わりであとは市場に行くだけだった。母の脚の調子が芳しく無いのと、私のお腹が少し下り気味。夜の22時過ぎのフライトまで時間があり余り過ぎるので、ホテルをデイユースでとってくれないか、とガイドちゃんにお願いした。

「会社に聞いてみます」というので、スーパーを終わらせて私はまたトイレへ。ベンチで待っていてくれる間に連絡してくれたらしい。私は私でエクスペディアアプリで調べ始めた。安くてよさそうなところを見つけたので、ホテルにガイドちゃんが電話してくれた。予約が取れた。

安心して市場に寄っていける。じゃ次に行こうよと促すと、もう少しドライバーが来るまで待ってくれという。しばらく待つ。こんなところじゃなくてコーヒーでも飲みましょうという。なんだか様子がおかしいガイドちゃんに「いやいや、お腹いっぱいだしコーヒーなんて別に今要らないよ」と言いながらも車が来ないならしかたないし待っていた。

電話で話した後、「来ました」と言って玄関に向かう。そしたらね、玄関に旅行社の社長さんが挨拶にまで来てくださった。「何よー、ガイドちゃん、サプライズじゃないのー」(笑)
社長さんは旅行中のいろいろなトラブルを全部ガイドちゃんから報告受けていたそうで、お詫びの品を携えてきてくれたらしく、それのがあまりに沢山で逆に申し訳なくなった。

ホテルに関しては、社長さんのお話によると、ウズベキスタンはだいぶ発展してきているけど、まだまだ途上で、お客さんばかりが増えてちゃんと改善しなくても満室になるので、サービス向上が進まないんだそう。なので、三ツ星や四つ星を冠していてもまだまだ先進国のそのレベルではないんだとか。オマケにウズベキスタンではある程度の客室数を超えると税金が高くなるので、なるべく税金を安くするために部屋数を減らすので、大きな団体を受けるとすぐ満室になってしまうんだとか。「ウズベキスタンはまだまだこれからなんです」と社長さんが言っていたのが印象的だった。

それにしても私がわがままでオーダーしたこれからのデイユースも支払いしてくれたらしい。「いやいや、これは完全にこちらのわがままでとってもらったんですから」と言ったけど「大丈夫です」の一点張りだったのでありがたくお受けすることにした。確かに、このデイユースはひとり2,000円くらいだから大した金額ではないのかもしけないけど…。

社長さんとそこでお別れして私たちは市場へと向かった。

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケント午前観光2)

応用美術館からの移動中、車中でガイドちゃんから「次は広場なんですが、どうですか、広場見たいですか?」と聞かれ、「広場って何があるんだろ」というと「うーん、特に…緑があります」と。
私も母も苦笑。でもまぁこの感じにも慣れた。希望を言おう。
「だいぶ歩く?んーと、だいぶ母も脚が痛いし、私もおなかの調子が悪いのでだいぶ歩くなら、ごめん、パスさせて」すると彼女「あー、わかりました。では地下鉄に乗ります」

んで、安心した状態で地下鉄に乗るために車を降りた。
そこはホテル ウズベキスタンの前。こんなところから地下鉄に乗るのかー、と思いながら降りた。

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地下道を通って道路を渡った。道路を渡る?そして地上に出る?ま・さ・か…?

ドーン。

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母は少し(いやかなり)怒っていた(笑)だまし討ちもいいとこじゃないか。
ここは彼女の言ってた「広場」だ。


アミール・ティムール広場。
広場の入り口までで母は「ここにいるわ」ということになり、私は仕方なくガイドちゃんと像の周りを一周。うーん、広い公園で彼女が「たまに来るんですー」ってのはもう置いといて、アミール・ティムールの像があるだけ。ってか少なくともこの時はこれを見ただけ。

彼がいかにウズベキスタンにとって英雄なのか知らないが(帰国してから調べたけども)、銅像を見るだけのために来るほど、私と母の体調が万全じゃないのはガイドちゃん知らないわけじゃなかろうが…( ;∀;)

ホテルウズベキスタンの前で降りてから公園内を歩いて、それから地下鉄駅まで地下コンコースを歩いて、結局私は7~800mは歩いたわけで。
それも普通の状態じゃないんだよ。お腹下しかけているんだよ(;´∀`)

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我慢、我慢。今日で終わりなんだし。
地下鉄駅「アミールティムールシヨボニ」から地下鉄に乗った。
ガイドちゃんが切符を買ってくれて、スムの小銭を見せてくれた。私たちは旅行中小銭を見たのはこれが最初で最後だった。

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切符はトークンでトルコの電車と同じ。
プラスチックのトークンを機械に入れて一人ずつバーを倒して入る。

当然ながら階段が続く。母が辛そう。
ホームについた。車体はわりと新しめ。
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2駅乗って乗換駅についた。「パクスタコール」だ。
着いたときに止まってた車両はけっこう古そうだったなぁ。

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パクスタコールからコンコースを徒歩で隣駅へ。また階段。もう母がかわいそうで見てらんない。
ただ、今度はラッキーなことに「アリシャー・ナヴォイ」駅にはエスカレーターがついていた。

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しっかしこれが驚きの速さ!うまく伝わるかなぁ。
けっこうドキドキしたよー。杖をついてる母は乗りづらそうだったし。



さて、見せ場はこの「アリシャー・ナヴォイ駅」だ。
旧ソ連時代にはこうした豪華な地下鉄駅が多く作られたらしい。
その中の一つでアクセスのいいところに連れてきてくれたんだろう。

地下鉄駅とは思えない天井装飾。
以前は交通機関での撮影はダメだったらしいけど、最近は何でもないみたい。
それでも警察官がいたのは少しばかり緊張しつつ写真に撮った。

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この駅からは地下鉄に乗らずに地上に出た。
それにしてもエレベーターは無い物かしら。母、こんな調子なのでねぇ…。
それでもようやく11:30。次はお昼なのでゆっくり休めるかな?

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケント市内観光へ)

駅からまず向かったのが
ウズベキスタン国立歴史博物館(State Museum of History of Uzbekistan)

駐車場でチケットを買いに行ったガイドちゃんを待っていると戻ってきて「閉まってました」(笑)
帰国後調べたら月曜日が決まった休館日。前もって確認できそうなもんだけど…(;'∀')

どうしようかなって感じに迷った後、ドライバーさんに行く先を告げたので車に乗り込んで発進。

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次に向かったのがナヴォイ劇(Alisher Navoi Opera and Ballet Theatre)。


この劇場は1947年に完成したという。
入り口には90周年コンサートのポスターが貼られていた。

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側面には大きな舞台装置の搬入口がある。

そしてその反対側の壁には日本語による説明が書かれている。

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ここの仕上げを日本人のシベリア抑留者たちが行ったことは有名な話で、私も今まで何度もテレビでみたことがあった。実際にその建物を見て、重機などが少なかった時代に苦しい捕虜生活を強いられながらこれほどまでに美しく強い建物を作ることができたことに驚くし、日本人としては誇りに思える。

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正面には噴水があって公園になっている。

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次に行ったのはウズベキスタン国立応用美術館(State museum of applied arts of Uzbekistan)。
歴史博物館が休みだったので代わりに行くことになったらしい。


ウズベキスタンの工芸品が展示されている。

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もしかしたら歴史博物館より面白いかもしれない。

陶芸作品やガラス工芸やスザニなどのアンティークが展示されている。

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ウズベキスタンの工芸品を見られるという点では興味深く見ることができた。立派な博物館でも他の国の工芸とか発掘したものとか見せるところはあるけど、そういうのって時間に余裕があるのんびりした旅先ならいいんだけど、ウズベキスタンにたった5日間で来ているんだから、こういう博物館の方がいい。

それに想像だけどね、今日休館日だった「歴史博物館」よりもおそらく私はこっちのほうがよかったんだと思う。旅の最後に来てるからそう思うのかわからないけど、ウズベキスタンの国としての歴史はロシアから独立した1991年からだからまだ浅いのでそう思うのかな。

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とにかくモンゴルやロシアなどのいろんなものが混ざり合った美術工芸品は可愛らしいものだった。最後に物販スペースも。「これは売り物だよね」と聞いたらガイドちゃんが「違いますよ。展示品です」と言ったのは意味不明だった。なぜならVISAの看板があったしー。(帰国後これまた調べてみたらココれっきとしたショップでした)
もうさぁ、ガイドちゃん、この道でやっていきたいというならもうちょっと調べてこようよ(-_-;)

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中庭の木。面白いし立て方だった。

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建物のタイルもなかなか興味深い組み合わせ方だったし。
うん、こっちになってラッキーだったかもー。

それにしても、このあたりから私のお腹はなんか調子悪くてトイレ所望状態だった。

ウズベキスタン旅行記(5日目タシケントに向かう)

またまた早朝。
今日はサマルカンドからタシケントに移動する最終日で、出国の際に必要とされるホテルカードがすべてそろってるかを確認。それぞれのホテルで違って、とあるホテルでは右下のような黄色い「ポストイット」にゴム印をスタンプして宿泊者のパスポート番号などを書いてある。

なんとテキトーな物なんだろうともらった時には思った。けど、この旅の間失くさないようにするためにこの「貼ってはがせる」というのは意外にも役立った( ´艸`)

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ここのホテルはなかなか良かった。一階の部屋も少し腰高なので窓からの防犯面でも安心だった。

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集合時間より少し遅刻してガイドちゃんが登場。
昨日はサマルカンドに住む叔母さんの話をしていて、その叔母さんが何度か仕事中に電話をよこしていた(笑) 誕生日のお祝いをしてくれるとか言っていて、夜景を見た後に叔母さんのとこに行くの?と聞いたらイヤ行きませんと答えていた。でもどうやら行ったようだった。で、車で送ってもらってホテルの場所を間違えてしまった、と言っている。ユルイ…ユルイ…_| ̄|○

誕生日の話も到着した挨拶の時に言われていた。まだはじめましての段階で「14日が誕生日なんです。お祝いしてください」と言われてちょっと引いてしまった(笑)初対面で…?それでもまぁ誕生日なら、と思っていたんだけど。
ちなみに、帰国してから彼女のSNSで誕生日が18日だと知ることになって二重のドン引き。なぜ、なぜにうそを?笑えてくるわー。

話がそれたけど、ホテルから約5Km。車でサマルカンド駅についたのは20分後の5:45頃。


駐車場から駅舎までの間にまた検閲がある。パスポートを見せると言われたので用意しておいた。結局、パスポートをチェックされたのは最初のガイドちゃんだけで私たちはこの時は不要だった。

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ド派手なサマルカンド駅。私たちの疲れがハンパないので、朝ゆっくり休めるように予定していた列車を変更してくれたとのこと。そしたら4時間かかるとこを2時間10分で着くらしい。ん??ちょっと待って。そしたら最初に予定していた列車は鈍行だったの?結局2時間でついても観光に差しさわりが無いなら最初からこの特急でよかったんじゃん?うーんうーん、恩着せがましい言い方だけどなんか違う気がするーっ。

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サマルカンド駅の駅舎に入る段階で手荷物検査がある。それを過ぎたらパスポートコントロールのような机があった。で、欧米人のバックパッカーのような人が二人呼び止められてパスポートチェックを受けてスタンプを押されていた。
ガイドちゃんに「私たちは?受けなくていいの?」と聞いたけど「大丈夫です」と。理由はわからないけど。そのまま待合室のベンチに腰を下ろして時間を待った。

6時25分。案内があって私たちはホームへ向かった。幸いにしてやっぱり出たすぐのホームだった。旅行が決まってから調べたネットの旅行者の数人がホームを渡るために歩道橋の階段で荷物がつらかったと書いていた。トランクはやめたほうが良いよ、とか。それでハードトランクをやめてポリカーボネートのできるだけ軽い物を買ったわけだ。階段にならなくてほんと良かったー。

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やっぱり駅員さんがいてチケットを見て席を案内してくれている。エコノミークラスでも。
この列車はブハラからサマルカンドまで乗った特急と同じものだった。

6:37発。定刻に出発。

出発してすぐにホテルでもらったランチボックスを食べる。
こないだのより食べれる。リンゴは残してしまったけど、ヨーグルトもゆで卵も食べた。

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7:15ころ、ワゴンが回ってきて「朝食」が配られた( ´艸`)
クロワッサンなどのパンが二つとお茶。お茶も温かいもので嬉しかった。これも食べちゃった~。紙の袋がテキトーなミシンがけで作られてた。日本ではちょっと見ないなぁ。珍しい。

車内では、背もたれの起こし方がわからない時に地元の青年が親切に教えてくれたり、私のランチボックスのゆで卵が落ちてコロコロと転がってガイドちゃんの足元までいってしまって、笑いが止まらなかったり、意外と(?)思い出深いものになったかも(笑)
車窓から朝日が昇るのが見えた。とっても感動的で美しい秋の光景だった。

定刻の8:47より10分はやくタシケント駅に到着。


タシケントもいい天気だ。

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ドライバーさんはロシア人男性。さっさとトランクを持って後ろも振り返らずにさっさと歩いて行ってしまう。母はゆっくりでガイドちゃんがついてくれてるので、私は見失わないように必死についていった( ´艸`)

さぁ、最終日。タシケント観光へ。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンド夜の観光)

このウズベキスタンで一番見てみたかったものかもしれなかったのが、サマルカンドのレギスタン広場のライトアップだった。入国してガイドちゃんに会ってすぐにこれだけは見たいと伝えてあった。なので、あの昼食前のゴタゴタの時も「夜見られるからいいや」と思っていたのだ。

レストランからはすぐに到着した。
広場正面の向かい側にある駐車場に車を止めて、レギスタン通りを渡って広場へ。道路は片側2車線だけど、路側帯がけっこう広いので3車線くらいある。けっこうな交通量。歩行者用の信号機がある。

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到着するとすぐに全体が見晴らせる。バッと目に飛び込んできた風景は感動的。
なだらかに階段状になっているので、そこここに座って眺めている人たちもいる。

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切符買ってきます、とガイドちゃんが走って行ったので私と母はしばし二人で眺めていた。ここまではチケットが要るような感じでもない。そのチケットは建物に近づくために必要らしい。ちゃんと柵で区切られていて、警備員が各所に立っていた。

レギスタン広野のこの3つの建物は別の時代に建てられて、そろってこの景色になったのは17世紀のことなんだって。右のが左のを模しているから一対のように美しいんだね。

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はぁぁぁ、感動的。近づいてもそう思う。ほんとに美しい。

↓ウルグベク神学校 Ulugh Beg Madrasah
1400年代に建てられたもの。
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眺めながら奥の建物Tillya-Kori Madrasahへ。日本語のカタカナ表現では読み方、発音でいろいろとあって、「ティラカリ」とか「ティリャー・コリー」とか。こちらも神学校。
中庭があって、とある入り口からモスクを案内された。

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一歩入って「疲れたから休んでる」と中庭のベンチに座っていた母を呼んだ。「ちょっと、これは見ないとだわ!」( ´艸`) もうビックリだよ。キンピカ。

ライトアップのせいもあるけれど、これは金箔を使って装飾されてるんだって。
↓iphoneのパノラマを縦で撮ってみた。

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しばらくただただ眺めてしまった。吸い込まれそうな景色。
1600年代に建てられたもの。

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出口から広場を眺めたら、欧米人がしゃがみこんで写真を撮っていた。同じ方向を見てみたらこんな風景で、美しかったので私も真似しちゃって( ´艸`)
シェルドルマドラサ。1600年代に向かい側のウルグ・ベクマドラサを模してデザインで造られた。

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この画像だけはクリックしたら大きくなります。

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画像を大きくしたところで感動は伝わらないけど少しでもなんとか伝えたい(笑)

もう見終わって大満足。もうウズベキスタンは満足です、というくらいここに来られて嬉しかった。
さて、明日も早い。予定では5時の列車。そう思っていたら、ガイドちゃんが1時間半遅い列車にしましたという。なんでも時間が余りそうな予感なんだそうな。
ゆっくり休めるから何にも異論はない(笑)

19:45にホテルに戻り、明日の準備をして就寝。なんだかお腹がぐずぐずだなぁ。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドの昼食・夕食)

あまりいい気分ではないままにレギスタン広場近くのレストランに到着。
でも!サマルカンド名物の「プロフ」を食べるのだし、気を取り直していこう( ´艸`)

Labi G'or


ここは大観光地でもあるレギスタン広場の目の前。
観光客が絶対に入る店だろうなぁ。私はガイドちゃんに連れて行ってもらったわけだから価格とかわかんないけど、次に自分で行くかと聞かれたら…無いかも(笑)

何しろプロフの油がたまってる。ダジャレをいうなら「たまったもんじゃない」というくらいの炒めた後の鍋底をさらえたのか?というくらいの油。たぶん、帰国後も数日間にわたって起きた下痢に至るまでの腸の不調は、ここに端を発してると思う(;´∀`)絶対。

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味はスパイスが効いていて、なんとなくカレー風味で肉から出ただしも聞いてるし塩気もきつくないから味としては「美味しい」だけど、それを凌駕する油。まったくと言っていいほど箸が進まない。私は旅が始まるまえに見た「世界ふしぎ発見!」の中のプロフはこんな感じじゃなかった…。でもあれだってもしかしたら油まみれだったのかもしれない。やっぱり実際に食べてみないことにはわかんないもんだなぁ。

13時半、食事を終えて駐車場へ。ドライバーさんがダッシュボードからチョコレートを出してきて渡してくれた。ガイドちゃんが「お詫びだそうです」という。ああ、さっきのお詫びかー。気にして買ってきてくれたことにお礼を言って車に乗り込みホテルに向かった。

朝荷物を預かってもらっていたホテルについてようやく部屋に入った。
ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

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13:50頃から部屋でやっくり休む。
スムがいくら残ってるかとかお金のこともね( ´艸`)

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17:30ころに夕食を食べるためにホテルを出発。
2-3分で着いたのは、Restaurant "KARIMBEK"。


ここでの夕食はまぁ…カオスだった(笑)
というのも、地元の方の結婚パーティーがあったらしく、それもお客さんはほぼ女性。どういうことなんだろう。貸し切りの会場の片隅に座らせてもらっているような気分( ´艸`)

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頼まれたジュースは紙パックから直接つがれる。その場で開けているから「変な物じゃありませんよ」的なアピールなのか?
ティアラをした女性がたぶん主役。すごく綺麗。ウズベキスタンの人たちはガイドちゃんのようなモンゴル系の顔もいるし、ロシア人系のタイプもいるし、この主役の女性のように黒髪だけど目鼻立ちもすっきりとした「超絶美人」も多い。

このパーティのゲストたち女性もいろいろに着飾っていて、子供たちもドレスを着てる。爆音がかかればダンス。まっっっっったく落ち着かない。けどまぁ、昼間にちょっと気まずくなったガイドちゃんとシーンとして過ごすのもアレなのでちょうどよかったのかも。

夕食はまたガイドちゃんが適当に注文してくれたんだけど・・・もはやウズベキスタン料理(なのかわかんないけど)に飽き飽きしてしまっててあまり進まなかった(-_-;)

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なんだか落ち着かない夕食で時間も持て余した感じになってしまったけど、地元のパーティを見られたのはよかったのかもしれないね。約1時間後の18:30頃店を後にした。

次はサマルカンド最後の観光レギスタン広場だ。

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光3)

バザールの正門からすぐのところにあるビビハニム・モスク(Bibi-Khanum Mosque)まで歩く。



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まさかこんなにすぐにあるとは。
観光客もたくさんいた。

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また、モスクかぁ、と思ってしまった。このモスクはもともとは1400年くらいに建て始められたものではあるんだけど、地震で崩れたり廃墟になってしまったりと廃れていたものを近代になって再建されたものだというし。現状ドームの上に草が生えていたりとあまり注力されてるような気もしない。

いや、こう考えると京都の清水寺とか建立後の「維持」のされ方はちゃんとしているんだなぁと思える。タイルと同じく瓦とかだって放っておけば草だって生えてくるはずだもんなー。

モスク前では土笛や飾り皿を売っていた。

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入国するのにビザが不要になってからまだ日は浅くて、ウズベキスタンはまだ観光国としては駆け出しなわけだけども、もっとモスク以外にもウリがあるんじゃないかなぁ、とか思った。ツアー中観光時間はほぼモスクで自由時間もなかったので、何があるかはわかんないけど(;´∀`)エヘヘ

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そのくらい「再建されたのが近代」のモスクが多くてそれらはきれいで当たり前だったりして、もっとこう「古いのに保存状態がいい」とか「古いまま」とかでもいいような気さえしてくる。

さて、ここはわりとサックリと観て終わった。短い時間とはいえ、朝からの移動でそろそろ足も疲れてきたのと、私の場合ちょっとお腹が痛くなってきていてトイレに行きたくなっていた。

バザールとモスクの間にカートの乗り場があったことに気づいてた。なんとなく「これがあるってことは歩くとこなのかな」と想像もしていた。でもガイドちゃんはビビハニムモスクを出ても「乗りますか?」と聞いてくれる様子はない。「ということは近いんだろうな」と考えた。

ビビハニムモスクあたりからまっすぐに道路が延びている。「向こうです」と促されて歩き始める。数メートル歩く間にもカートが行ったり来たり。これ以上歩いてくとカート乗り場から遠ざかってしまう、と思ってついに聞いてしまった。「近いの?大丈夫かな。カートに乗るほどじゃなくて?みんな乗ってるようだけど?」と。

ガイドちゃんはここまっすぐですぐですよ。というのでそのままついていった。ここでどのくらいか教えてくれたらアルク城の時のように乗ったのに…。

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15分くらい歩いたころ。私のお腹はほんと怪しくなってきた。トイレに行きたいというと「そこに銀行があるので行きましょう」という。スタートのモスクから500mくらい。たった500mと思われるかもしれないけど、杖をついた母とトイレに行きたい私にとっては暑いしギリギリだったので、喜んで銀行の中へ。

しかーし、警備員にガイドちゃんが話して入ったのは、銀行の中ではなくて別棟のトイレだった。「どうぞ」といわれてドアを開けて驚愕。今の日本には見ることはできなくなったボットントイレ。そして色、臭い、すべてが許容範囲外。開けて瞬間悩んで、でもとてもじゃないけど無理だったので「ごめんね、無理だわ」と断ってしまった。

トイレには入りたいし、探してくれたガイドちゃんに悪いし、だけど…と気持ちがグルグルでいい気持ではなかった(;´∀`) 「この後どうするの?」と聞くと「レギスタン広場の観光がある」という。後で調べたんだけど、ここからあと300mも頑張れば広場の端っこに着いたらしかった。だけどこの時は耐えられなくて母とこっそり話して決めた。

「レギスタン広場は夜も行くでしょ?」「ならさ、お昼ご飯にしよう。夜のライトアップの時に案内してもらえばいいよ」「今レストランに行ったらトイレも行けるしすべてOKなんだよね」

伝えるとガイドちゃんは少し不満げだった。会社に決められたスケジュールを変えられるのは困るってことだったのかもしれない。せいぜい「あそこなんですよ」と広場の端だという方向を指さした。ラスベガスでもそうだけどいろんなものが大きすぎると距離感はおかしくなる(笑) その極みがモスクからここまでの距離だった。この700mの距離はカートに乗りたかったよー( ;∀;)

ドライバーさんを呼んでくれない?どこにいるの?というと駐車場があるからそこに行きますといって向かった。わりと近いところに駐車場があった。もう足がいたーい。おなかもいたーい。


ところがよ。ここからが事件だった。ガイドちゃんが電話してもドライバーさんがつかまらない。10分の待っても電話が通じないという。そのうちに、ガイドちゃんが駐車場にたまっていた複数のドラバーたちとに話し始めた。何をしゃべってるのかわかんないけど談笑している場合じゃないことはわかるだろうに。…イライラしてきた。彼女に言った。「あのさ、こうして10分も暑い中にいるのも疲れるし、ドライバーさんが電話に出ないなら仕方ないからタクシーでレストランに行こうよ。ドライバーさんには連絡し続けて連絡ついたらレストランに迎えに来てもらわない?」

そういうと「そうですね。そうしますか。じゃあタクシー探さないと」とまた男性たちの中に戻る。二人にされた私と母がキョロキョロしている間にも数台のタクシーが流しているのが見えた。なにやってんの?なんであそこに戻るの?なんで笑ってしゃべってんの?

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彼女が戻ってきた。「今、喋っていたうちの一人が乗せていってくれるらしいです」
数分待ってて来た車は普通のセダンだった。タクシーじゃないの?どーゆーこと?もう疑問の嵐。促されて車に乗った。ガイドちゃんが乗れというなら大丈夫なんだろう、と。車に乗り込むと音楽を大きな音量でかけて助手席に乗り込んだガイドちゃんとドライバーが笑ってしゃべる。もう説明が足りなさすぎることにイライラマックスな私。イライラを抑えつつ知り合いなのかと聞くと、「びっくりなんですけど、偶然同郷だったんです。年も近くて」みたいなことを言う。大きな音楽の中で若い二人のドライブデートにつきあってるみたいな状況(笑)

町の中だと聞かされていたレストランになかなか着かない。どんどん車は郊外に走る。「どこいくの?レストランじゃないの?」と聞くと「このドライバーさんに聞いたら予定していた店より美味しいお店を知ってるからと言うので」という。
帰国後なんとかGPS値から調べてみた。店は「Nomdor choyxona」。乗ったところから3kmくらいだった。とっても長く感じたけど。


結局ガイドちゃんはこのドライバーに丸め込まれたわけだ。案の定ドライバーは店の人と握手して喋って帰っていった。ドライバーはこの店の知り合いで「客を運んできた」んだ。私たちを下ろしたら行ってしまった。

いろんなモヤモヤを抱えながらもとりあえずトイレに行くことに。それが肝心。店の人が外を指し出ると離れたところに扉があって、開けると…絶句。さっきの銀行の方がまだマシだった。鼻につく臭いと見た目に茶色い状態。潔癖なわけではないけどどうもこうもないくらい。ガイドちゃんが「どうです?」と聞く。「・・・マーちゃん、悪いけどまじで無理。これはもう…」というと母と二人で私が見ている光景をのぞきこんで、そして理解したようだった。

我慢の限界す。いろんなことに。

だめだ、こりゃ。マーちゃんはガイド初心者と思うしかない。だけど自分と母の旅行をちゃんと満足いく終わらせ方をしたい。と思って気合い入れてマーちゃんに話し始めた。

もともと会社で予定していたレストランがある中心部に戻る努力をすること。その間にもドライバーさんに連絡を取り続けて食後ピックアップしてもらうこと。これを実行して、と。

彼女は「すみません。わかりました」と店の人にタクシーを呼べないか聞きはじめた。店には悪いけどトイレがあーならもはやここで食べる義理が無かった。一刻も早くきれいなトイレに入りたい。

サマルカンド空港と中心部を結ぶ幹線沿いではあるものの流してる車なんてない。なかなかタクシーはいない。ふと見ると食事中の客にタクシーがいた。その人に頼めるかもってことになったころにドライバーさんに電話がつながったので待つことになった。

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彼が来るまでの間にガイドちゃんとサシで話した。

まず説明が足りないこと。客が忖度したり想像したりする前に現状と相談と報告があったほうが良い。私たちは旅の始まりからずっとそれを感じていて、いつも「たぶんマーちゃんはこういう方向で考えてるんだろうね」と想像して行動していた。今まで30回以上海外に行っていて、こんな旅行は初めてだった。これから日本人観光客はますます増える。その過渡期においてこれから旅行業に就きたいと考えるならもっと考え直さないといけないだろうと。マーちゃんは人間としては悪くない。明るいし、フットワークは軽いし。ウズベキスタン人が日本人と違う。それを踏まえたうえでもビジネスとして捉えたら足りなさすぎる。

もはや私は怒ってはいなかった。この子はいい子だけど仕事として考えたらクレームだらけだ。けど、我慢して日本に帰国してから「過ぎたこと」として代理店にクレームを入れるのは違うと思った。現地の問題は現地で解決しないと、現状がわからない日本の代理店から「よろしくない現地オペレーター」というレッテルを貼られる方がよっぽど良くないと思う。現地でしっかりクレームするところをして改善してもらえば日本帰って言うことはないし、実際今回私は帰国してから日本の代理店にこの件に関するクレームはしなかった。ざっと対応してもらったことは伝えたけれど。

彼女はちゃんと聞いていた「風」だった( ´艸`) 若いから「この客サイアク」と思って聞いていたかもしれないけど、それでもちゃんと聞くだけ聞いていたのでもう良しとすることにした。

ダラダラとした結論・判断待ちってのが私はキライなのだ。真剣に考えて出す答えなら待つけど、今回のようにどーしましょーとダラダラするのが嫌(笑) たぶんせっかちと思われただろうなぁ・・・(;´∀`)

ともあれ、待ちに待っていたらドライバーさんが登場した。車に乗り込むと母が置いておいたカーディガンが足元に落ちて、それに泥がついていた。母の顔が歪むのを感じた。ガイドちゃんは車の中で彼に怒ったらしい。ウズベク語が分からないワタシでも、ドライバーさんが「イイワケ」しているのが分かった。ベラベラと喋るドライバーさんに私は日本語で言った。「イイワケなんてどうでもいいけど、母のカーディガンが汚れて落ちていたんだけど」と強めに言った。ようやくドラバーさんが黙った。たぶん「客が怒ってる」ことは伝わったようだった。

その後は助手席のガイドちゃんと何か会話していた。もう私も言うことはなかったので黙って乗っていた。なんか気分が良くないもんだな。ウズベキスタンの民族性が私なりにわかった気がした。けっこう「緩い」のかもしれないな。

なんだかトイレが私の中から遠ざかっていたんだけど、とある場所でトイレに行かせてくれた。それはあの石段にビビッて入らなかったシャーヒ・ズィンダ廟群の駐車場わきにあるトイレだった。
ここもチップが必要なんだけど、なんでかガイドちゃんが払ってくれた。とてもキレイなトイレでほっと一息つくことができた。ようやくお昼ご飯のレストランへ向かう。

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光2)

天文台の次はシャーヒ・ズィンダ廟群(Shohizinda)。


でもね、ここは私だけが入り口からの見学。
なぜならば…山寺のような階段があって、母は遠景を見ただけで「私は無理」という。私も正直言って登りたくなくてゴメンナサイした。でもせめて入り口からだけでも見ようかということで。

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気が萎えるでしょ。これ( ´艸`)
これが見えるとこ以上に続いてるんだって。何しろお墓""だからね。

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ここからは少し渋滞しつつグルグル走ったようだった。
次についたのはシヨブ・バザール(Siyob Bazaar)


車を入れたのはビビハニムモスク裏手にある駐車場。

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私たちが見学したのは、市場の一番南側の建物を西から東に抜けただけ。
だけどとっても広くて北側の建物などを全部見たらものすごく時間がかかりそう。

どこの国に行っても市場に連れて行ってもらう。マルシェ、バザール、メルカートなど呼び名はいろいろあるけれど、たとえ生鮮食料品は買えなくてもなんだかとってもワクワクするもんだ。

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父から頼まれていた物があった。それはレーズン。ウズベキスタンはレーズンが有名なんだって。旅の初めからガイドちゃんにお願いしていたら「レーズンはサマルカンドが一大生産地なのでそこに行ってからにしましょう」と言っていた。

野菜やお米、スパイスと分類わけされた売り場を過ぎたらやっとその「乾物系」がきた。どこの店も価格は大して変わらなかった。この店で買ったのはおばちゃんが呼び込みしてくれたから( ´艸`)

レーズンとアーモンドを買った。私はレーズンが苦手なので買わずに見ていたらアーモンドの試食をくれて食べてみるとカリカリでめっちゃ美味しい!そして殻付き。殻付きのアーモンドなんて初めてだったので、めずらしいなーと友達にお土産にすることにした。
全部で何キロ買ったのかなぁ。ここでも当然日本円もクレジットカードも使えない。35ドルも買ってしまった(笑)安くもないような…?

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上の写真はの黄色いのは砂糖の塊だそうだ。キャンディ売り場に売られていた。
で、出口(といっても入ってきたのが裏手なので正面近く)に近くなってくるとお菓子売り場だった。ヌガーみたいなものやなんだかわかんないけどモフモフした甘いものなどがあって試食させてもらった。そのなかで写真は撮らなかったけど、ヒマワリの種を香ばしくしたものにカラメルのように物でコーティングして固めたお菓子を買った。食べたらおいしいと感じたんだけど、後から思えば日本にも似たようなお菓子があるなー。カラメルナッツのような雷おこしみたいな?それが8粒くらい入って8,000スム。まぁ、これもあまり安くはないかも。

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市場は基本的に安いと思っているんだけど、わりと「土産物系」は高いように感じた。
さぁ、市場を見終わった。なかなか疲れた。それにまだ観光があるというのにキロ単位の買い物をしてしまったのがこの後なかなか負荷になった( ノД`)シクシク…

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見学を30分で終えて正門に出た。
次の観光地はすぐ隣のビビハニム・モスク。
ハイ、またモスクですけど、なにか(笑)

ウズベキスタン旅行記(4日目午前中のサマルカンド観光1)

サマルカンド観光に出発。

まずはグーリ・アミール廟(Go'r Amir Maqbarasi)へ。




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門の彫刻がとっても美しかった。

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朝から母の足の調子が悪くて母はここのベンチで待っていて、私はガイドちゃんと二人で中を見学に行った。

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霊廟なので棺がいくつか置いてある。ここで少し説明を受けていると、対面のベンチに座った男性がコーランを暗唱し始めた。みんな黙ってお祈りに参加。私もガイドちゃんに言われて真似た。郷に入ればかもしれないけど信仰していない人間が真似るってのちょっと抵抗があった。ただ黙って騒がずにいればよくないんだろうか、こういう時。



↑ちょっと長いけど雰囲気は伝わるかな?
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ここの建築物は美しい細工が多かった。ヒバ、ブハラから見ると装飾が多いような気がする。

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移動して次に向かったのはウルグ・ベク天文台(Ulugʻbek rasadxonasi)。


まずは観光の前にガイドちゃんおすすめのパン売りのおばさんのところに行った。サマルカンドのパンは「大きくて有名なんですよ」とのこと。

行ってみると確かに大きい。下の写真左側のボタンのような形のが、いわゆるサマルカンドならではのものらしい。けど、ガイドちゃんはその右側のパンをすすめてる。確かにいいにおいがするし見るからにおいしそう!ひとつだけ買って分けて食べてみた。

できたてをくるんで持ってきてるようで、とっても温かい。パイのようなデニッシュのようなクロワッサンのような…。そうだな、クロワッサンみたい、というのが一番近いかもしれない。塩味もありつつ小麦粉の甘さもある。

ひとつ7,000スム(約80円くらい)

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団体ツアーの人も集合時間に余裕があったら見てみたらどうでしょう。おすすめです。
(荷物にはなりますが)


さて、食べきれないパンを持ったまま天文台観光へ。
Wikipediaによれば↓
ウルグ・ベク天文台 (英語: Ulugh Beg Observatory) はウズベキスタンのサマルカンドにある天文台である。ウルグ・ベク天文台はティムール朝の君主であり、天文学者でもあったウルグ・ベクにより1420年代に建設され、中世イスラム世界において有数の天文台とされている[1]。ウルグ・ベク天文台にはジャムシード・カーシーやアリー・クシュズィー(英語版)、そしてウルグ・ベク本人といった、中世イスラム世界の有名な天文学者が多数勤務していた。ウルグ・ベク天文台はウルグ・ベクの死後1449年に大部分が破壊され、約450年後の1908年に地下部分が発見されることとなった。

ということで、地下部分と道具のいくつかと功績を展示している。
入り口は公園らしく階段がひろーく続いている。もちろん母はグロッキー。

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こちらは博物館。
建物自体は1970年と新しい。それでもやっぱりこのデザインにするんだね。

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説明は読んで理解できないのは英語すら理解できないからだろうけど(;´∀`)でも天文学ってのがそもそもあまり理解できないワタシ。

ただ、とにかくウルグ・ベクという人(同時代に共同研究した天文学者たち)の功績がものすごいということは分かった。近年利用されているデータの基になっているらしい。1年が何時間とかだって。

博物館を出て向かい側にある天文台地下部分の破壊されずに残った部分を見学。
こういう設備を使って天体観測していたんだって。

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館内はとても狭くて観光客がたくさんいたのでちょっと押し合いへし合い写真を撮った。
人ごみにうんざりして外に出た。公園はきれいに整備されていて薔薇が咲いてたりベンチがあったりでまだ気温も上がってないし気持ちよかった。
んで、パンの残りをつまんでベンチで少し休む。

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ここは中心部からかなり離れた場所にある。レギスタン広場から直線距離でも2kmで、車だと5kmくらいある。ツアーでもないと行くの大変かも。

ウズベキスタン旅行記(4日目サマルカンドへ電車移動)

4日目の今日はブハラからサマルカンドに移動。早朝2時に目覚めてしまった。3時まで寝ていても間に合ったらしいけどもそもそと支度し始めた。

ブハラ郊外の鉄道駅から4:55発。まだ月も星も出ている。フリースを着ていても寒い。

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列車は旅行前にネットで調べていたものと同じだった。チケットはエコノミーの指定席。定刻に出発した。むむむ。進行方向に逆向きの座席だ。日本の特急をイメージして向きを回せないか試してみた。近くに座ったおにいさんが「これは変えられないよ」と教えてくれる。どうやら車両半分半分で向かい合わせなのは固定のようだった。残念💧乗り物に弱いので、北海道でも移動は絶対に自分が運転する自動車なワタシ。どうか酔いませんように。シートは硬いけどそれなりに設備は整っている。

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出発前にホテルで貰ったランチボックスをいただく。
ぜいたくは言えないけど・・・もちろん全部冷たくてパンも硬くてほとんど食べられなかった😅

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モニターに移動経路の表示もあった。↑
眠ってしまった。乗務員に声をかけられた。切符を返してくれていた。あれ?どこで渡したっけ…?

6:27 サマルカンド着。朝焼けがきれいなホームが印象的。今日も暑くなるのかな。

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サマルカンド駅。

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ドライバーさんはウズベク人のおじいちゃん。なんとなく頼りない。けど私はもう鍛えられた。この第一印象が外れることなくこのサマルカンドでまたトラブルが起きたのはこのおじいちゃんが原因となるのを、この時の私はまだ知らない( ´艸`)

さて出発。サマルカンドには路面電車が走ってるようだ。


それにしても寒い。砂漠気候とでもいおうか、朝晩はとても冷えて日中暑い。街路樹は紅葉しかけているけど、日中はまだ秋という感じではないかも。私が北海道人だからかな?

6:40頃にホテルに到着。

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ホテル グランド・サマルカンド(Hotel Grand Samarkand)

到着したホテルの外観はネットで調べていた通りだったので到着したことはすぐにわかったんだ。ガイドちゃんが「チェックインしてきまーす」と車を降りていったきりなかなか戻ってこない。挙句にホテルの従業員らしい人が首をかしげながらうろついている。
「また予約されてないなんてことないよね」と車内で母と話す。「やめてよー、冗談にもならない」とか喋っていると戻ってきた。「確認してます。」とガイドちゃん。

少し待ったあと「どうぞー。あー良かった。」と降車を促すので二人で車を降りた。降りてみてやっと気づいた。私は片側しか見てなかったんにだけど、道路を挟んだ反対側に「B棟」があるじゃないの。まるで鏡に映したように同じデザインだった。で、ガイドちゃんが入って行ったA棟には予約が無くて、確認したらB棟で受けていた、とまぁそういう顛末だったらしい。(;´∀`)ハァ・・・


コンパクトなホテルだった。ロビーも何もかもこじんまりと。
でもアットホームな雰囲気はよかった。

とりあえず早朝到着なので荷物を預かってもらい観光に出るまではホテルの朝食コーナーを利用しても良いということだった。フロントのわきにあるかごの中には宿泊者専用のWi-fiのパスワードを書いた小さな紙がたくさん入っていたので、私の分と母の分をもらった。

ガイドちゃんがフロントでいろいろやってる間に、私と母はレストランの向かい合わせになるようにテーブルに座った。てっきり二人だと思っていたから。

私が飲み物を取りに行ってる間にガイドちゃんが私が座るはずだった席に座っている。もう食傷気味になってるガイドちゃんに「またここに居るの?ロビーで待てば?」と秘かに思ってしまった。心が狭いと思われるだろう。そう、もうこの旅行で私は終わりに向けてどんどん心が狭くなっていくのだよ(笑)

戻った私に母が「これくださいって言ったからあげたからね」という。何かと思えばさっきフロントで母の分もと思って持ってきたWi-Fiのパスワードよ。ガイドちゃんはここに泊まらないから本来なら使えないので客からもらってフリーWi-Fiを利用するというわけ。いやいや、まてまて。じゃ、私がまたもうひとつパスワードもらってこなきゃなんないんじゃん。客にそれさせるわけー?とどんどん心が荒んでいく(笑)

彼女はそんな私のモヤモヤも知らず、そのままそこに座って自分のSNSをUPしてる。そして「コレコレ、見てください」とポーズをとった自分の写真を見せてくる。友達じゃねーんだよぉぉぉ

もうブチ切れていいですか_| ̄|○

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ホテルの中庭。素敵です。
ってか、こんな写真でも撮って自分を癒してみますww

ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの午後)

ホテルまで送り届けてもらったのが15時ころ。ロビーまでも送ってくれそうだったけど、「水買ってくるから」と断って周辺をぶらつきに出た。「あの人たち、あんなに足痛いって言ってたのに」とガイドちゃんは思ったかもしれない(笑)

ほんといって痛くないわけじゃなかった。でもさ、入国してからここまでずっとずーーーーっとガイドちゃんが一緒。今までの海外旅行での食事は客とガイドさんは別の席だったことが多い。「ゆっくり食べてくださいねー。困ったことがあったら呼んでくださいねー」という感じ。

ところが、よ。この国ではガイドちゃんは一緒にご飯を食べる。彼女はSNSをやってるんだけど(どの国も同じだね)、私にスマホを渡して撮ってくれとポーズをとるのから始まり、食事中も自身のインスタをのぞいたりしてる。もはやガイドちゃん食傷気味( ´艸`)

この時は夕食までの少ないフリータイムに解放されたかったのよ。ってことで少しホテルから歩くと商店があった。思わず写真撮りました、ハイ。「SEVEN」。色から何からセブンイレブンに…似てない?

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中に入ると雑多に商品が大量に置かれている商店で、キャンディーなどの量り売りがあったり駄菓子屋さんみたいな。冷蔵庫から1リットル(1.5リットルかな?)の水を持ってレジに行って「いくらですか?」と聞くと4,000スムだと答えてくれたので買ってきた。帰り道ふと考えた。「500の缶ビールが一本7,000スムと考えるとちょっと高くないかなぁ?」
けど、比較で考えないとすれば50円弱だから金額としては納得。

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さて、30分くらい休んだころだったか、今朝まで使えていた洗面台の水が壊れてて出ない事件。

うそでしょー。疲れてるのにー。仕方ないので階下に降りてフロントさんに伝えに行った。英語をほとんど話せない私は得意の絵を見せて、ほぼ日本語でこう言った。

「アハァン(意味無し)、バスルーム、シャワー、ウォーター、ザーザー」
「バット、せんめんだい、ピチョンピチョン」

はい、これで通じました(笑)

ったく、私ってば高校出てるよね?(;'∀') フロントマンが部屋に来て水道をチェックすると、「部屋を移って貰えないか」と言うので(ヒアリングはまぁまぁできる)別の部屋を見に行った。いったい何部屋空いてるんだ?結局同じ階の部屋に変わった。少ししてからお詫びにとフルーツの盛り合わせをくれた!食べきれないほどの量!

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結局食べきれないし腐ったらもったいないので、母がフロントマンに渡しに行った。お礼をしっかり言ったら理解してくれたらしい。戻った母、もうほとほと疲れて寝てしまった(笑)

18時。だいぶゆっくりできて夜の中心部へ。夕食だ。

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ブハラの中心にあるDivan-Beghi(ディヴァンバギ)という池を中心とした公園のような場所。
ここで絶対見るべしなのはナディール・ディヴァンバギ・メドレセ(Nadir Divan-Begi Madrasah)。


イスラム教にしては珍しく鳳凰や太陽などが描かれてるの。偶像崇拝はしないのがイスラム教だというくらいはほとんどの人が知ってるよね。でもここには描かれてる。なんでだろう?ガイドちゃんからは説明得られず。後で調べてみよう( ´艸`)

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夕暮れてきて、いい感じの雰囲気。そんな中でウエディングビデオを撮ってる。こないだのイチャンカラでもこういう人たちを見た。流行ってるのかなぁ?

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さぁ、夕食。ここでも予約トラブル。さっきのナディール・ディヴァンバギ・メドレセという神学校は民族舞踊を見ながらの食事があるんだって。それを19時半からで予約しているという。

待ってよー、今18時を過ぎたばかり。19時半ならもっとホテル出発が遅くても良かったわけだし、それよりも翌朝の出発が早いために3時に起きる予定。それはもともと決まったスケジュールだったのにそんな遅い時間に晩御飯・・・。このたった3日間でもう忖度と我慢をしないことに決めたので「遅すぎる。別のところで晩御飯にしませんか?」とガイドちゃんに伝える( ´艸`)

彼女としては会社に「連れていくべき場所」のリストを渡されているんだろう。それはもう汲んだうえで悪いけどわがままを言わせてくれ、と頼んだわけだ。彼女は困っていた。どうしよう、どこがいいでしょうか・・・と悩んでいたのでまたまた疑問が。「なんで?そこにレストランあるじゃん?そこはダメなの?」と聞くと「そこでいいんですか?」という。

どうやら民族衣装のショーも無いわけで「普通の」レストランでいいのか?ってことらしい。
まったく問題ないじゃんねぇ?何が問題なのか私たちにはよくわかんなかったけど。
で、入ったのは公園内の池のほとりにあるチャイハナ。

リャビ・ハウズ RESTAURANT Lyabi Hauz


ほとんどが地元の方で、欧米人の観光客もちらほら、くらい。
正直言うとお腹があまり空いてなかった。さっきのフルーツ盛りのせいもあって(笑)
サラダとメインは羊肉を「茹でたもの」。これはガイドちゃんが言っていた。来てみたら蒸したのかなー?という感じの料理。やわらかかったけど骨付きだったので食べづらかった(;´∀`)

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それでも箸が進まなくて残し気味。料理が出てくるのが遅いこともあってもう入らなくなってきたー。でもここでガイドちゃんがアイスでも食べませんか?という。ちょっと目からうろこ。ここで?この寒い中で?アイス?

ところが待ってる間見ていたらいろんなテーブルで注文されていた。ウズの人は当たり前なのかなぁ?来てみたらビックリ4玉も乗ってきたー。寒い。でも別腹おいしい。寒い(笑)
それにしてもガイドちゃん。なぜ突然アイスをすすめた?たぶん予定していたショーレストランよりはるかに安く上がったんじゃないかな。だからアイスくらい食べてもオツリきまくりなんだろう、なんてね。

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20時半。ホテルに戻ってすぐに寝る支度。3時に起きるとしたら・・・まずーい!

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光4)

次の観光はこの周辺だというので、店を出てからは観光しながら入れそうな店を探しつつ歩くことを提案した。母もその方がいいということで納得して出発。

店から150mくらいのところにあるToqi Zargaronを歩いて抜ける。
ちなみに、すでにピラウのお店などキョロキョロしたら食事の店やカフェが目に入る。
なんでさっきここしかないって言ったんだろう?少しまた不信感(笑)
旅行会社が提携している店じゃないとダメってことでもない様子だったのに。
まぁいいや、とりあえずスルーして歩く(;´∀`)

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昔からある市場だそうで今はお土産店がずらり。

バザールを抜けたところにあった刃物屋さんに入ってみた。
ガイドブックで見ていた「コウノトリのハサミ」を見つけたので買った♪

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店員さんがいろんなサイズを見せてくれたり、薄いステンレスのような金属板を切ったりして説明していた。私も切らせてもらった。すっごくよく切れる。だけどわりと高いので大きいのはやめて、小さい糸切鋏くらいのものに決めた。
15ドルと言われたんだけど、なんとか少しだけ値切って13ドルにしてもらった。
名前を入れてくれるというのでメモに書いて彫ってもらった。
自分土産にいいもの買えてよかったなー。としばし足が痛いのも忘れる( ´艸`)

店を出てすぐに横にMadrasa Mirzo UlughbegというモスクとAbdulaziz Khan Madrassahという神学校があった。「見るべき」なのはわかっていたけれど、同じ感じのモスクと神学校だったので、正面からの外観だけで勘弁してもらって…。

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その広場にカフェを見つけた。もう完全に食事もできるカフェじゃん。
ここでも良い?とガイドちゃんに聞いてOKだったので入ることにした。平屋だし日影もあるしいい感じじゃないのー。なんでさっき「ここしかない」って言ったんだろ、としょうもなくまた考えてしまった(笑)

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もうなんとなくわかってきたぞ。予算がある中でガイドちゃんが食べるものをオーダーしているわけで、好きなものを食べていいわけだ。団体ツアーのようにあてがいっぷちじゃないなら、バカみたいに高いものじゃなければ自分で注文したくなってきた。

このカフェでは「普通の」ものを食べたいと言った。メニューの写真を見たら特にウズベキスタンぽいものといえばケバブ(串焼き)しかない。ならば、ってことでケバブとピザとポテトフライを注文した。このメニューなら彼女が会社から出る「予算」には軽くオツリが出ることだろうし(笑)

私と母の頼んだ飲み物のアイスティーは33,000スム。ひとり200円弱。

お客さんは少なかった。家族経営なのかおじさん一人が調理していて座席数のわりに手が回っていないようだ(´;ω;`) ものすごい時間を待っても出てこなくてフライドポテトをキャンセル。ガイドちゃんが言い出さないので、これも私が言ったんだけどー。…。結局店を出たのは14時30分。ゆっくり時間が取れたのので(ほぼイヤミ)足がだいぶ回復。
ってか、こで回復してもあと少しでホテルに戻るのに(笑)

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ここから土産物店が連なっている通りを歩いてタキ・テルパクフルシャン(Toqi Telpak Furushon)へ。いろんなものが売ってて楽しい。若いころならどんどん買っちゃっていただろうけど、50も過ぎると荷物が重くなるとか、帰っても結局飾るところに困るとかノリで買ったらインテリアに合わないとか・・・いろんなことを思って衝動買いができなくなってきた(;´∀`)

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バザールの中のあるお店で父に「ウズベキスタンTシャツ」を買うことに。
父へのお土産はこれだけかなー(笑)

タキを出た後はホテルアジアブハラの横を通り、駐車場で車の迎えを持つ。あら、ここは昨夜ブーイングのサヴォイホテルがある公園じゃないか。ブハラの観光名所はわりとコンパクトに集結しているようだった。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光3)

アルク城に続いては、カラーン・モスク Kalan Mosque(Poi Kalyan) 。


カートから降り立ったその場所に、それはそれは大きな建物が二つ。そして真ん中にミナレットがひとつ。向かって左側は現在も神学校として使われている建物。そして右がカラーン・モスク。

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それにしてもパノラマで撮ってもやっぱり迫力は伝わらないなぁー。

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広場で説明を受けていた時、2歳くらいの子供が突然近寄ってきて、ひとしきり私たちの周りをウロチョロ。母の杖がどうにも気になったようでつかんで離さず、近くにいた私のお尻にあったかい顔をムギューっと体当たりしてくる。

一緒にいたパパも笑いながら眺めてて、「さすがにそろそろやめようね」って感じに手をつなごうとする。それをふりはらう、の繰り返し(笑)しばしほのぼのタイムだった( ´艸`)

さて、中を見学。
タイル装飾が美しい。

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中には「中庭」(笑)これまたドーンと広い。

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やっぱり青いタイルが目を引く。

↓暑さと歩き疲れた母をまた置いて私とガイドちゃんで奥まで。
戻ったらスマホで写真撮ってた(笑)

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次は広場を渡り、向かい側の美しい神学校へ。
現在も現役の学校として機能しているので網越しでのぞくだけ。

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そういえば、ここで現地の男性と写真を撮った。家族で観光に来ていた現地人のようで、ガイドちゃんに話しかけてきた。「写真を撮ってほしいそうです」とガイドちゃん。いいよ、カメラ貸してと言ったら「いえ一緒に」という。「・・・え?私と?」

わけが分からない(笑)ガイドちゃんによるとウズベキスタンの人は「外国人」が珍しいので一緒に撮りたいんだそうだ。そんなことある?断る理由もないので撮ったけどさ(笑)けど、パリのジプシーの子供たちがスリだったりするので、海外で近づいてくる人にはわりと「警戒心」でかかってるのよ。一緒に写真撮るなんてなんか裏があるんじゃなかろうかと思ってしまうし、隣に来たら思わずバッグを逆サイドに持ってしまうという猜疑心の塊( ´艸`)

結局にっこり笑って写真におさまったわけだけどもw

そんなこんなで母と合流しここの観光も終わり、「お昼にしませんか」という。けど店は決まっていないようだった。なんだか嫌な予感。歩き疲れているし暑すぎるし本来ならもっと早く一服したかった。

ガイドちゃんが「この先にあるらしいです。どうですか」というので「行ってみて決めよう」と提案。んで行ってみたらちゃんとはしていたんだけど、やっぱり1階席が無い。母はもう辛い状態なのでできれば2階は厳しい。それでも「ほかに食べるところが無いんです」というので、うそでしょーと思いながらも仕方なく2階へ。

Chasmai-Mirob Restaurant



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店内がひどく暑い。南向きなので日当たりがいい上に風通しがよくなくて、エアコンが設置されていてもOFF。ガイドちゃんが店の人が来るのを待ってる風なので、私も母も少し苛立ってしまった。ちゃっちゃとエアコンのこと聞いてきてほしい…。こんな暑い中では食事ものどを通らないじゃん。

ようやく店の人が来たので話してみるとエアコンは効かないらしい。で、3階のテラス席なら風が吹いていると。見ると螺旋階段の上にテラスがあるようだ。でもどう考えても母にはこれ以上無理。それはガイドちゃんにもわかるだろうと思っていたけど「上の席がどうですか?」というばかり。

もうパリンッと何かが割れた(笑)「だめだ、このガイドちゃんでは時間が無駄に過ぎるだけで疲れる一方だ。こんだけ判断力がないなら団体ツアーじゃないんだし、こっちから意見しよう。」と決めた。大学生のアルバイトとはいえ将来は観光業に就きたいと言っていた。けど…海外旅行でこんな判断と決断ができないガイドさんは初めて会った。

「この店はやめよう。観光地なんだし別の食事できる店が無いわけないでしょ。もういいよ、次行こう。出ましょ」と彼女を促し店を後にした。

決してこの店が悪いわけではない。私たちの旅には合わなかっただけ。

ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光2)

ブハラ観光、続いてはアルク城。


Bolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)から歩いて5分ほど。整備されて普通に歩けたら3分程度かな?横断歩道を渡りアルク城の正門に到着。
ちなみに、横断歩道にはちゃんと信号がついていて青になって渡りさえすれば何にも怖いことなかった。勝手なイメージで信号なんて有ってないようなものかと。そういう国はたくさんあるので(笑)

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正門を入るまでも坂だけど、この写真で見る程度でまだ緩い。
でも、チケットを買って入ってからも坂で、これがかなり急こう配。おそらく昔の人々も荷車を押したりして通っただろうけどなかなかキツかった。これには母も脚の痛みに顔を曇らせる。

城内には土産物店もあった。買い物する気は無し。
日差しの暑さと坂だ階段だで私の足もくたびれてきた。まだ午前中だというのに(;'∀')

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アルク城の城壁全体をグーグルで見るとけっこう広いんだけど、観光客に公開されているのはほんの一部分で、それも再建されてものが博物館となって公開されているので、はっきり言ってあまり見るところはない。

それでも階段や坂とある程度の広さはあるので母は「ここで待ってるから観てきて」ってことになり、私は一人ガイドちゃんに案内してもらうことに。私も足痛かったけど(;'∀')

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ブハラの街を一望できたり、城壁の上から正門前のレギスタン広場を見下ろしたり、暑いわーといいつつもなんとか頑張った(笑)

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私たちを待って日陰にいる母を激写( ´艸`)

さて、アルク城の見学を終えた私たちはレギスタン広場からカラーンモスクまで行く。疲れている私たちに「ここから5分歩きますが大丈夫ですか?」とガイドちゃんが言う。いや、大丈夫も何も歩かなきゃならないんでしょう?「車は来ないんだ?」と聞くと来ないという。

5分なら頑張るかと思ったそこにカートが何台か並んでいて、観光客を乗せている。どうやらカラーンモスクまでピストン輸送しているようだった。もちろん有料。

母も辛そうだけど私もへとへと。ガイドちゃんに乗りたいと伝える。有料でもいいから交渉してくださいとお願いする。3人で9,000スムだった。3人で100円程度なら「絶対に乗る!」(笑)

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後で測ってみたら650mの距離だった。いやー、この二人じゃ5分で着くわけないわ。ってか、Googleでも9分って出てるじゃん。カートに乗ってでさえ3分くらいかかったんだもん。乗って正解。助かったーっ。

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ウズベキスタン旅行記(3日目午前中のブハラ観光1)

まずはホテルから車で10分くらいのSamonids Recreation Parkへ。なんて読むのかな。「サーモニーズリクリエーション公園」とでもいうのかな?


駐車場から入ると小さな遊園地があって、土曜日だけど遊んでる家族連れはいなかった。ふと目に留まった「アイツ」(笑)まるで某大国のパクリキャラのようなのがお出迎えしていたよ。

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小さな駄菓子屋さんのようなので子供が買っていた。よくある遊園地の構図。
そのまま少し進むと目指すものが見えてきた。

イスマーイール・サーマーニー廟(Ismoil Somoniy maqbarasi)

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ここにはたくさんの観光客がいた。
ガイドちゃんは「最古のモスク」と言っていたけど、正確には「中央アジアでは最古のイスラム建築」ってことらしい。それにしてもとても良い保存状態。

なんでも、発掘されるまでは砂に埋まっていたおかげで、それまでのモンゴルが襲来してきたときなども見つかることが無かったんだって。もちろん修復はされた結果だけども。

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石で造られた外側からも、私は今まで見たモスクの類の中では初めて見たような石の組み方。タイルによる装飾などは何一つなくてもとても美しい。9世紀ごろ建てられたのだから驚き。

中も美しかった。なんだか見上げれば宇宙を感じさせるような。

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土台の部分はしっかり残っていたというけれど、このハニカムの石畳みは修復で造られたものなんだろうか?これも「安定感」みたいなものがあって美しい。

次に向かったのはBolo Hauz Mosque(バラハウズモスク)。


ボロハウズと書かれているものもあるけど、まぁ発音の違いだろうねぇ。
そこにはとっても美しい状態の建物があった。ハーンと称される王族専用のモスクとか。
ウズベキスタンにきて「モスク」の印象が変わる。今までの海外で目にした建物のような玉ねぎのような屋根のドームが見えなくて、どれも「四角い」「木造」だったりする。

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20本の柱もとっても美しいし、天井の細工も色とりどり。

中に入ることにができた。お祈り時間と重ならなかったからか、入り口のじゅうたんで靴を脱いではだしになって入ると外とはまた雰囲気の違う女性っぽい美しさのモスクがあった。

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上の写真は縦にパノラマで撮ってみた。
で、下のは入る限りの画角で。色も違えばまるで印象が違うね。

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やっぱりここも修復されたものなんだろうけど、タイルの抜けはけっこうあった。

さて、モスクを出ると目の前には池がある。ガイドちゃんの話では、昔はここで子供たちも泳いだという。でも今は見る限り泳ぐ気には絶対ならないくらい水が濁ってる。

日本でならたぶん真っ先に柵を作るだろうけど(笑)近くに行ったらおっこちそうだ。

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ゆっくりとモスク見学を終えて、次に向かうアルク城はここから目と鼻の先なので歩いていくという。しっかしその足元は工事中でひどかった(;'∀')今後整備されたらどんなにか歩きやすいだろうか、というくらいガタガタ半端なし。杖をつく母にはかなりキツイ路面だった。

スニーカーだけど、黒い靴だった私にとってもここの砂埃には閉口。

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ウズベキスタン旅行記(3日目ブハラの朝)

朝の4時半くらいからおなかが痛くて目覚める。それほどひどくはないけどちょっと緩んでる。
5時半にシャワーを浴びる。母も目覚めてた。「昨日はちょっときつかったねー」「今日からまた楽しもう」的な会話。気を取り直すしかない(笑)

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7時半になり朝食に降りる。やっぱり母にはきつい階段…。今日はここにもう一泊。でも明日の朝食はお弁当なので、地階まで降りることはもう無いので頑張るしかないや。かわいそう…。

それでも朝食は品揃えよくて満足いくものだった。

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コーヒーや紅茶もそろっていた。それにしてもお客さんが少ない。私たち以外には一組だけ。しーんとして私たちの声と食器の音しかしない(笑)

そう思っていたら、そのうち若い従業員がきて足りない料理の追加などしていて、彼は自分のスマホを店のスピーカーにつないだ。ここ以降は逆に音楽が大音量(;'∀') 彼は好きでもない曲になるとスマホをいじってスキップする。お客さんもいないし好き放題(笑)

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下の写真は2階のロビー。
一階はわりとシンプルだったけど、ここはなかなかのデコラティブな空間(;'∀')

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10時になり観光に出発するために1階に降りる。フロント横には冷蔵庫があってビールなどが入っていた。フロントでお金払って買うのかなぁ?

今日も良い天気。昨夜は夜についたのでわかんなかったけど、大きな通りの向かい側は2階建ての建物が長くつながっていて、一階はすべていろんな店舗が入っているようだった。たくさんお店はあるようだけど、お客さんでにぎわっているよう風では無いかも。

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さて、お腹が緩いのを心配しながらブハラ観光に出発。

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kaduriye

Author:kaduriye
ようこそようこそ!

風花.netの日々logです。「stroll」は「そぞろ歩き」の意味でつけました。日々の雑多なできごとをポツポツと綴っております。旅行好きで写真を撮ること見ることが大好きです。

2009年のクリスマスに急性前骨髄球性白血病(M3)と診断され約半年の入院治療後、退院し自宅療養。
2010年年末に再発が確認され、再度約4ヵ月入院し再寛解に。自家移植のため地元を遠く離れて札幌の大学病院にて入院。
自家移植に成功し、2016年の7月に寛解を迎え血液内科を卒業しました。
2018年の年末、糖尿病と診断。必死のコントロールを始めます。

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